#9 月極駐車場ダンジョン
私の住む新雨宮の隣駅である東川郷町から徒歩五分の距離にある、住宅街の一角。
そこには、周辺住民の契約する、砂利の敷き詰められた広めの月極駐車場がある。
普段だったら、気にも留めない、なんてことはない街角の一角。
しかし、現在その駐車場には、一台の車も止まっていない。
代わりにあるのは、簡単な立て看板とテント、そして現代日本には不似合いな石造りの祠だ。
二名の警備員と、首からネームプレートを下げた市役所職員の待機するテント。
私たちは、長机に置かれた名簿に、氏名と緊急連絡先を記入した。
名簿には『現地住民に危害を加えたり、川郷市のダンジョンの資産の盗難や破壊をしないことに同意する』という記述がある。
調べたところ、最近は地権者と探索者のトラブルを避けるために、市役所に入場者の管理を委託する事例が増えたらしい。
北関東のダンジョンで試験的に運用したのがうまくいったので、他の自治体でも同じような形で誓約書を兼ねた名簿を書かせるケースが増えたんだって。
とはいえ、夜間にこっそり忍び込む探索者もいるみたいで、そういう人は監視カメラの映像から不法侵入者として通報されるんだとか。ここはまだ駐車場だからいいけど、自分の家の敷地にダンジョンが湧いたらって思うと、確かに怖いよね……。
……というわけで、準備を終えた私たちはダンジョンの前に集合していた。
今回潜るダンジョンは、二階層の小規模なダンジョン。既に探索済みではあるけど、ここまで小さいものは珍しいみたいで、ダンジョン考古学を研究する大学が地権者に交渉して、地中に沈めるのは先送りしてもらったんだとか。
それでは、今回ダンジョン探索に挑むメンバーを、軽く紹介しておきたいと思う。
・小畑ナギサ(15):友達。剣道部。魔導長剣装備。彼氏より強いらしい。
・園崎レン(15):ナギサの彼氏。剣道部。今回の発案者。魔導長剣装備。
・田宮ホノカ(16):友達。陸上部。魔導杖装備。中距離走者で持久力もある。
・真辺ショウ(15):ホノカの彼氏。帰宅部バイトの配信好き。魔導杖装備。
・扇ユウカ(15):私。吹奏楽部。園崎君の頼みでスマホで撮影を担当。一応武器としては魔導短剣を装備。
今回は探索というより見学に近い。ネットの書き込みとかを見ると、特に危険なモンスターも場所もない、起伏のあるウォーキングコースみたいなものだったらしく、正直武器も必要ないのかもと思ったぐらい。
私たちみたいに、探索に興味を持ち始めた若者の、ちょっとした観光名所になってるのが現状、って感じだった。
……とはいえ、男の子は剣や魔法に憧れるもの。
あるいは、ナギサやホノカだって、非日常のシチュエーションにワクワクしているみたいで、言ってしまえばテーマパークでコスプレをするようなノリに近いんだと思う。
……ハル君を誘うことが出来ればとやっぱり考えてしまうけど、発案が二人の彼氏ということを考えると、むしろ私の方がタダ乗りをしてるようなものだ。なら、ナギサやホノカのデートの邪魔になるような興醒めな不平不満は言わない。
……うん、そうだ。
むしろ、今回の探索の話をハル君に話して、話題のとっかかりにすればいいんだ。
ハル君は、私が「気を使って話しかけた」と思ってるんだから、「自分でダンジョンに潜った」って話をしたら、ちゃんと興味を持ってると思って、遠慮気味な態度も変えてくれるかもしれない。
そこから先は、ハル君を誘ってこのダンジョンで起こったことを話したりみたいな流れで、自然に放課後の遊びに誘いやすくなるかもしれない。そういう意味でも、しっかり経験を積むことは、決して悪いことじゃないはず。
私は、右手の中指に帰還の指輪をはめ、意を決して祠の中央にある魔法陣に足を踏み出した。
初めてのダンジョン探索……頑張るぞ!
* * *
「うわっ……!」
「マジかよ……本当に『無くなってる』じゃん……!」
私の転移が完了した時、男子たちはなにやら浮足立っており、ナギサとホノカが彼らの頭を叩いていた。
「……下品なこと言ってんじゃないわよ、ユウカも来るわよ」
「いや、だって、なぁ……」
「これ、ダンジョン出たらちゃんと直る……んだよな?」
四人は私の姿を認めると、軽くしゃんとした立ち姿になった。……心なしか、男子たちの立ち姿が内股に感じる。
……おおよその状況は察したが、見なかったことにすることに決めた。
あの映像の時のハル君も「無くなってた」のかとか、いらないことを考えないように……。
* * *
ダンジョン内部には露天商が並ぶ。それはカーペットや御座であったり、ブルーのビニールシートであったり。
物を売ってるのは全身に体毛の豊かな、犬のような耳をはやした小さなヒト。きっと、この人たちが哺乳妖魔という種族なのだろう。
東川郷町のダンジョンの主たる種族はコボルトらしく、彼らは各々で古木の杖や絵巻、土産物の木彫り人形などを売買いしている。購入者側の差し出しているのは、日本円の硬貨ではなく、かすかに発光する石の塊だ。
多分、あれが「魔石」だろう。マジックアイテムの動力であり、地下生活の上で多様な用途で用いられる地下資源。
基本的にダンジョン種族は外に出ずに暮らしているので、こうした物々交換が主らしく、地上から持ち込んだ物品と比べて相場も安定しているので、支払いによく使われるんだとか。
「なんか、祭りの屋台みたいな雰囲気だなぁ……」
「奥まで灯りは続いてるし、モンスターの出る気配もない……コボルトは盗賊とかいうより、本当現地民って感じなんだな」
「RPGだと、モンスター側の分類になってること多いから、事前に聞いてはいたけど意外な感じだなぁ……」
実際、ゴブリンやコボルトの存在は、ゲームのイメージもあり、その認知が進むまで市民探索者との衝突が多かったらしい。
昨今は、有名配信者による集落インタビュー動画がアップロードされたり、テレビ取材が報道されたりで、そのイメージも変わってきているとか。
……いきなり外からやって来た二倍近い体格の種族に、剣とか銃向けられてたのかと思うと、確かに気の毒だ。
ただ、ここに並ぶ露店を見る限り、そうした衝突も過去のものになりつつあるのかもしれない。
やがて、看板の指示に従い、私たちは巨大な石造りの螺旋階段を下りていく。
私たちの他にも七、八組の軽装探索者パーティーが、階段を歩いて降りる。
階段の下の広間には、さながらカフェテリアのように机と椅子が置かれ、探索者と休憩中のコボルトが混じり、出店で販売されている軽食をつまんでいる。
そこには、ソフトクリームの置物や、お茶のメーカーの広告の書かれたベンチも置かれてて、異国情緒と日本の原風景が混ざった、ヘンテコな折衷感がある。
「……本当、冒険っていうか観光地って感じだなぁ」
「モンスターも出る気配ないしね」
肩透かしを食らったような四人とは裏腹に、私は少し安心もしていた。
事前の勉強として、戦闘を伴うダンジョン配信はいくつか見たけど、やっぱり物騒というか、バイオレンスだし……怖い目には会わない方が、嬉しい。
……ただ、それだとハル君の趣味に歩み寄れてるのかというと、やっぱり微妙かも。
少なからずハル君も、そういう血湧き肉躍るバイオレンスな闘いに、興奮を感じてるみたいだし……。
ままならないなぁ……。




