#6 すれ違いロンリネス
「おはよう、扇さん」
「あっ……」
教室に入ってきたハル君は、私に声をかけた。
学校で、彼から私に声をかけてくることは少ない。それを考えると、昨日の寄り道が私たちの距離感を縮めたんだと実感し、嬉しい気持ちになった。
……教室でだらしない笑いを漏らしそうになった私は、思わずきゅっと口を結ぶ。……平常心、平常心。
「お、おはよう……ハルト」
「昨日は、話を聞いてくれてありがとね。あんまり人に話すこともなかったし、扇さんに聞いてもらえて嬉しかったよ」
「ん……」
「……実のところ、中学の頃からあんまりにも雰囲気が変わってたから、話しかけるのに躊躇してたんだけど……ごめんね。扇さんは昔と変わらず、親切でやさしい人だよ」
「…………」
私は、口元を手で隠して、視線を逸らして、窓の外を見る。
……こんなにストレートに褒められるなんて思ってもいなかったから、私の顔は見る見るうちに赤面していた。
こんな顔、ハル君はもちろん、クラスメイトにも見られるわけにはいかないし……。
「でもさ、昔馴染みだからって、あんまり扇さんに甘えるわけにもいかないよ」
……ん?
「僕もちゃんと、自分の行動で友達作らなきゃって思ったよ……。だから、僕に気を使って、友達との時間まで割くことは無いから……ね?」
……あれ?何か流れが……。
「沢山、話を聞いてくれてありがとう。でも、心配しないで大丈夫。ちゃんと自分で頑張るから……無理はしないでね」
ハル君は寂しそうに笑いを零し、自分の席に戻って行った。
……弁明も、呼び止める間もなく、朝の予鈴が響く。
憂いを感じさせる表情で教科書を開く彼に、私は内心で地団太を踏んだ。
仲良くなれたと思ったのに……、また話す機会も出来ると思ったのに……。
なんで……、なんでそうなるの……っ!!
* * *
「……えっ、ユウカ。あれって、気分よく話聞いてる態度だったの?」
「喧嘩して……謝られてたとかじゃなくて?」
放課後、学校最寄りのファーストフードにて。
ナギサとホノカは、私に対して呆れたような視線を送っていた。
「……喧嘩なんてしてないよっ!恥ずかしくて目を逸らしてただけっ!」
「えぇ……」
周りからは喧嘩に見えてたの?むしろ、仲良くし過ぎて周囲にからかわれてないかみたいな不安もあったぐらいなのに!
圧なんてかけてたつもりもないし……昨日の楽しい話を振り返ってただけなのに……っ!
「……やっぱりユウカ、早めにメガネかコンタクトしなよ。多分それで眼つき怖くなってるよ」
「口をへの字にしてるのも、口元隠すのだってそうだし……話聞くときに腕組んでるのも含めて、大分不機嫌に見えるよ?」
……えっ?腕……組んでる?
「私たちと話す時はそうでもないけどさ、谷岡君と話す時、胸元で軽く腕組んでるでしょ?あれ、怒ってるように見えるよ?」
「うん、谷岡君が腰低いのも合わせて、『昨日はすみませんでした…』って頭下げに来てるような絵面だったね」
…………
自分にそんな癖があったなんて、気付いてなかった。というか、ハル君に対して、だけ?
腕組みってたしか、心臓を守るポーズとかで、相手への警戒心とか、不安を紛らわせるためのものって聞いたことはある。
だとすると、ハル君の前でだけ緊張して腕組みするのは納得だけど……それ、相当態度悪い感じになっちゃってるんじゃ……。
じゃあ、私は一人で勝手に舞い上がってただけで、威圧感を感じさせる顔つきや身振りで、ハル君を怖がらせてただけ……?
あ、ああ……っ!
「……まあ、谷岡君も長い付き合いらしいし、拒絶はしてない雰囲気だったけど。それでもユウカが上機嫌だった、とは伝わってないだろうね」
「すれ違いコント見てるみたいだね」
フォローともからかいともつかない二人の言葉を聞きながら、私は一人、悶絶していた。
* * *
「そもそもさ、二人とも共通の話題少ないんじゃないの?」
ナギサは、スマホをいじりながらそう言った。
……私とハル君の共通の話題、かぁ。
「授業のわかんない所の相談とか、その日あった面白いこととか、クラスメイトなんだからそういう話題でもいいんじゃないの?」
「でも谷岡君もユウカも、勉強で引っかかってるところなさそうだし、あんまり他人イジったりもしないから、そういう話題はすぐ尽きそうだよね」
「勉強はともかく、いない所でからかわれるのっていい気分はしないだろうし、あんまり楽しく話せる気はしないかなぁ……」
「いい子か」
……いい子かはともかく、泣き虫だった頃のことを思うと、軽いノリで他人を笑いの種にするのは、ちょっと合わないし、何よりハル君に「そういう子」って思われたくないし、ちょっと、ね。
「そうなると、やっぱり谷岡君の趣味に歩み寄る……っていうのが一番手っ取り早いんじゃない?」
「……『ダンジョン配信』?」
「うん、カラオケの時もそうだったけど、私らの彼氏も時間があれば見てるみたいだし」
「最近は結構女子でも見てる子や、帰宅部の中で潜ってる子は多いみたいだよね」
「エスケープリング……?だったかな。ダンジョンに潜るのに必要になる、指輪みたいなアイテムが、ここ一年で安く供給されるようになったとかで、配信やる人が増えたんだよね」
……あんなバイオレンスな世界が、世間的な流行になってるのかぁ。
イメージとしては、銃を持って森に入って鹿や熊を撃つみたいな……なんか、世界が違い過ぎて、上手く踏み込めないんだよね……。
私は、ハル君のことを知りたいってだけだったし、私はそれを聞いてるだけでも十分な感じだったんだけど、それで私が不機嫌そうに……興味なさそうに映ってるんだったら、全然歩み寄れてないってことだしなぁ……。
「そっか。女性人口も増えてるってことはさ、谷岡君がダンジョン内で気の合う女の子と出会う確率は、高くなるよね」
「……っ!」
私がびくりとしたのを見て、二人はにやにやとした視線を送る。……からかわれたのか。
……でも、それは……本当にイヤ。
私が知らない間に、ハル君が、他の誰かと仲良くなって、その子と付き合い始めるなんてなったら……。
そりゃ、ハル君は、私のものではないけれど……それでも、何もできない無力さの中で、思いを終わらせるのは、気持ちとして納得できないと思う……。
彼に、置いて行かれて、ひとりになるのは……たまらなく、寂しい。
「まあ、趣味の一致って強いよね。私も『レン』と付き合い始めたのって、漫画の趣味が合って貸し借りしたのがきっかけだったし……」
「私と『ショウ』は、塾が同じで一緒に勉強する機会もあってって感じだったかな……一緒に受験頑張ろう、って感じで」
「ん、一緒にいる時間を増やすって意味でも、同じ趣味を持ってるのは大きいよね」
……そっか。
今まで私は、「付き合う」ってことを、恋愛の「ゴール」って考えてたけど、それは違ってて。
実際は、それを境に一緒にいる時間が増えてく「スタート」なんだ。
それを考えると、共通の話題がないっていうのは、仮に付き合うことが出来たとしても、その先のハンデというか、「スタート」で躓いてしまう可能性に繋がるのかも。
だとすれば、私が考える以上にもっと、「ダンジョン配信」ってものに、歩み寄りが必要ってことなのかな……。
うーん……。
「……ってわけでさ」
「?」
ナギサが口を開き、私とホノカは顔を見合わせ、彼女を見た。
「この間、ショウ君と配信見た『レン』が、ダンジョン探索に興味持ってね……『帰還の指輪』買って、人集めてダンジョン潜ってみたいって言ってたんだ」
「えっ……」
――だから、今度の連休にさ、私たちでもやってみない?
――『ダンジョン探索』を、さ。




