#5 おたくに優しいギャルの存在証明
僕は、扇さんがダンジョン探索に興味を持っているということを聞いて、柄にもなく彼女をファミレスに誘い長話をしました。最後には、今日出された宿題について軽く話して、解散という流れになりました。
他人に共有できない趣味について、彼女に聞いてもらえたことに、疎遠だった友人と再び接点が生まれたことに、僕は上機嫌で帰路につきました。
相変わらずやかましいチアキを横目に、食事と風呂を済ませた僕は、残った宿題を片付けて、ベッドに横になりました。今日は、久々に楽しい一日が過ごせたと思います。
まさか彼女がダンジョン探索に興味を持っているというのは、意外でしたが……
「……あっ」
自分の部屋で天井を眺め、興奮が落ち着いてくると、ふと我に返りました。
「もしかして、これ、扇さんのカラオケの誘いを断ったから……、ぼっちになってそうだからって、気を使われた……?」
……そんな懸念を持った瞬間、得意になって、自分の趣味を早口でまくし立てている自分の姿を想像し、顔が熱くなりました。
あ、ああ……っ!
……考えてみると、カラオケの誘いも然り、今回の呼び出しも、経緯が唐突であまりに不自然……そもそも、僕と彼女は中学の頃からほとんど接点はなかったのですから。
思い返してみると、彼女の表情は、ずっと、強張っていたというか……眼つきは厳しく、口角もへの字にしていたような気がします……。
時折、口元を隠したり、目を逸らされたり、見方によっては気分を害していたようにも感じますし、相槌も義務的なものだったようにも……。
……すると、僕は、高校で孤立してるのを見かねた同級生に、気を遣わせて、個人面談をさせてしまっていた?
それで、自分の趣味に関心を示してくれたからと、浮かれた僕は、長々と興味のないオタク話や、家族の身の上話を、得意になってペラペラと……?
僕は……親切な陽キャの同級生の気遣いに、得意気にオタク知識を披露する、痛い陰キャムーブを……?
う、うわぁ……っ。
キツい……。
すべてが腑に落ちた僕は、先程までの上機嫌が嘘だったように、消え入りたい気持ちに支配されていました……。
僕の知る限りですが、幸いにも彼女は、罰ゲームなどの類で他人に恥をかかせるような、意地悪な子ではない……と思います。けれど、逆に善意で「旧友がぼっちになってるし、どうにかしてやらないと…」と気を遣わせたのであれば……それはそれで、いたたまれない……。
……はぁ。
若者らしい色恋も、友達付き合いも、まったくもって上手くはいかないものです。
……思えば僕は、小学生の無邪気なガキの頃から、ロクに成長していないのかもしれません。中学卒業までは、そのころの人間関係の貯金を切り崩すことで、まあまあ楽しく過ごしていました。
ですが、人間関係がリセットされ、新たな自分を目指して活動を始めるこの季節。高校進学という一大イベントに、惰性で望んだ僕は、上手く居場所を作れなかった……ということです。
思うに、中学で「ダンジョン配信」というアングラ寄りの趣味にハマっていた僕は、自分では気づいていない内に「人と違うこと」にアイデンティティを依存し過ぎていたのかもしれません。……中二病ですね。
知り合いに、「†黒栖†」さんという反面教師がいたのもあり、中学の頃は「僕は大丈夫」などと思っていました。けれど、その斜に構える姿勢は、もっと見えにくいところに、深い根を張っていたのかも……です。
――「人とは違う」斜に構えた視点。
――「人とは違う」アングラ趣味。
――「人とは違う」恋愛指向。
――「人とは違う」孤独。
そう考えると、僕は本質的には、扇さんも含めたクラスメイトを、「自分は違う」などと、無意識に見下していたのではないでしょうか。内面の成長が、周囲にまるで追い着いていない、そんな自分を棚に上げて。
こんなに親切にしてくれる、昔馴染みの友人にまで、そんな失礼な気持ちを持っているとしたら、いくら何でも不誠実ってレベルを通り越しています……。
ああ、恥ずかしい……。
明日、僕は彼女と、どんな顔で会えばいいのでしょう。
今から既に、気まずい気持ちになっています。
……それでも、扇さんと久々に話せたのは、昔を思い出せて素直に楽しかったと思うのですが、いつまでも彼女の厚意に甘えるわけにはいきません。自分の居場所は自分で作らないと。
……ダンジョン探索。願いを叶えるアイテム。それを巡る二度の冒険。
窮地に陥った母を颯爽と救う、煌めく銀髪の魔法使い。
猫のように可愛らしい、やさしくて、強い、理想の恋人。
僕は、スマートフォンの画面を切って充電ケーブルに繋ぎ、部屋の灯りを消しました。ブラックアウトした視界は、徐々に夜闇に馴染み、部屋の輪郭を取り戻していきます。
……高校生にもなって、いつまでも子供っぽい妄想を追うわけにも行きません。
現実に……もっと、堅実な世界で生きないと……。
――――
――それでもやっぱり、
――羨ましいな、カズヒロおじさんが。
* * *
夕食を食べ終えてお風呂から上がった私は、ハル君と一緒にファミレスで少しだけ手を付けていた宿題を終わらせ、ベッドに横になり、今日の出来事を思い出していた。
……ハル君と放課後に遊んだの、本当に久しぶりだ。自然と口元が緩んでしまい、いつもの癖できゅっと結んだが、誰にも見られていないのを思い出し、再び緩めた。……きっと、今の私は、だらしない顔で笑ってるんだと思う。
あの後も私は、ハル君の話を、うんうんと頷きながら聞いていた。実家の親戚のこと、ダンジョン内の部族のこと、攻略に使用するアイテムのこと、ダンジョンや異世界に関わる法整備のこと……。
実のところ、私はファミレスに誘われた時点では浮かれていたけど、そこから先、ハル君と何を話せばいいか、お互いに気まずい気持ちにならないか、そういう不安でいっぱいだった。
実際として、彼には私の知らない一面が沢山あった。それは、いつの間にか私たちが疎遠になってしまってから、今日までの間、お互い知らない人生を歩んできたって証明だと思う。
だから、私は彼が自分の憧れと離れた存在になってしまっていないか、あるいは私よりも先に大人になってしまっていないか、これから歩調を合わせられるのか、不安な気持ちも強かった。
だけど、それは杞憂だった。
趣味としてはちょっと……いや、かなりバイオレンスだとは思うけど……、それでも彼の語る冒険は、家族みんなと挑むダンジョンの話はとても楽しそうに思えた。
「ごめん、僕一人でしゃべっちゃって……、退屈じゃない?」
度々、彼は恥ずかしげに私に問いかけてきたけど、私はその度に首を横に振った。そうやって、話し相手にも気を使ってしまう所もまた、彼らしいと思う。
カラオケに誘って「歌える曲が無いから」と断られた時、もしかしてハル君は冷めた日々を送っている無気力な子になってしまったのかも……と不安になった。けれど、夢中になれる物がちゃんとあって、それに対してまっすぐなだけだったみたい。
その無邪気な姿は、小学生の頃のままのようでいて、同時に大人との繋がりを作って真面目にやりたいことに挑戦していて、あの日のハル君がまっすぐ成長して大人になったような、そんな雰囲気を感じた。
……そんな風に、他人に流されるだけでなく、自分だけの夢中になれるものを持って、大人に混じって活動している彼を、私は羨ましくも感じていた。
……私にも、そういう社会との接点がないと、ハル君にとって「子供っぽい子」と見られてしまうのかもしれない。
そんなことを言う子ではないけど、それでもやっぱり、置いて行かれたみたいな気持ちになって……寂しい。
私は、ベッドにうつ伏せになり、電気を消した。
徐々に目が暗闇に慣れていく。……今日は、興奮して、ちゃんと眠れないかもしれない。
……ダンジョン探索、願いを叶えるアイテム、かぁ。
そう都合のいいものじゃないみたいなけど、それでもやっぱり、そんなものがあるならと、考えずにはいられない。
――――
――これ自体が、子供っぽい願いなのはわかるけど、
――子供の頃みたいに、また、ハル君と、仲良くなりたい、なぁ。




