#3 扇ユウカの憂鬱
「あぁ~~っ!また失敗したぁ~~っ!」
カラオケボックスの一室、私は友達に手渡されたマイクを握り、無念の慟哭を漏らしていた。
結局、「ハル君」を誘うことの叶わなかった週末。私の目論見は空回りし、カラオケは虚しい残念会と化した。
カラオケに誘った同級生、「ホノカ」と「ナギサ」……そしてその彼氏たちは、私の嗚咽に合わせて、気だるげにタンバリンを叩く。
……叩かないで欲しい。
「いや、アレじゃ無理だって……殆ど言葉出さずに仏頂面で詰め寄られたら、威圧されたって思うよ……」
「……っていうか、見たところ谷岡君って陰キャでしょ?もっと別のアプローチの方が……」
「ハル君は、陰キャじゃないっ!」
私の大声でマイクがハウリングし、皆は耳を押さえた。
「……別にバカにしてるわけじゃないって。趣味の傾向の話だよ」
「ご、ごめん……」
* * *
私、扇ユウカは、ハル君……「谷岡ハルト」の幼馴染だ。
幼稚園で同じ組になった時から、小学校、中学校と、なにかと同じクラスになることも多かった。
多分、ここまでの経緯で察してる読者の人が大半だと思うけれど、私は長年彼に恋をしている。今回のカラオケは、彼との距離を近づけよう、恋愛的に意識させようと目論んで、私の友達に彼氏を連れて来てもらい、遊びに行く算段だった。ダブルデート、的な……。
……ところが、そもそもハル君はカラオケの誘い自体に乗ってこなかった。
歌える歌がないから、ということだったけど……もしかしたら他に用事があったからかもしれない。友達と遊びに行くとか、アルバイトとか……他の子とのデート……は、無いとは思う。多分。
恋のきっかけは些細なもの。
小学校の頃、友達と集まって公園でドロケイをした時の話。私は他の子に見つからないように茂みの中に隠れ、無事に最後まで逃げ切った。
けれど、その時に、どこに行くにも持ち歩いていたマスコットのキーホルダーをなくしてしまった。おばあちゃんにおねだりして買ってもらった、かわいい猫のぬいぐるみ。
……私は、翌日の帰りに友達に指摘されてそれに気づき、慌てて公園に向かった。そして、結局日が暮れるまで見つからず、わんわん泣いた。当時の私は泣き虫だった。
マスコットをなくしてから二日後だったと思う。ハル君がウチを訪ねて来た。そして、私の無くしたマスコットを手渡した。なんでも、落ち葉の下に埋もれていたとのこと。
公園の清掃業者が、ウィンドブロワーで葉っぱを吹き飛ばしてるのを見て、「もしかして」と思ったということだ。
彼のセーターには茂みの葉がくっついていて、ジーンズの膝は土で汚れていた。
もう帰ってこないと思ってたマスコットが帰ってきて、涙ぐんでいた私に、彼は「泣かないで」とハンカチを渡した。
彼から、困ったような、はにかんだような、そんな笑顔を向けられた私は、ぐずるのをやめ、こくりと頷いた。
この日から、私は人前で泣くことが無くなった。本当に些細なことだけど、彼は間違いなく、私のありようを変えたヒーローだった。
子供とは単純なもので、雰囲気ですぐ恋に落ちるし、同時にその恋もすぐ色褪せる、移り気なものだと思う。
クラスのみんなに合わせるように「足の速い子」に憧れていた私だったけれど、気が付けばそんなことはすっかり忘れて、ハル君に夢中になっていた。短い人生の中で、彼以上に「かっこいい」と感じた男子と出会ったことはない。
……正直なところ、彼は、運動神経とかルックスが、ずば抜けて良いというわけではない。背もあまり高くなく、今でもブーツをはいた私と同じぐらいの身長だと思う。……それがまた、可愛くて好きな所でもあるんだけど……まあ「あばたもえくぼ」だとは自覚してる。
けれど、私が好きな彼の長所は、もっと内面的な所。
彼は悲しい顔をしてる人を放っておけず、自分が損をしても手を差し伸べる……そんなやさしい性格の子だった。
それは私だけではなく、勉強のことで相談を受けたり、係の仕事が終わらない子を手伝ったり、そういう時に発揮される魅力だった。中学生の頃は、友達の兄弟がいじめで不登校になっているという話を聞いて、親身になって相談窓口を探しているところを見たことがある。
……「周囲に面倒ごとを押し付けられたり、いいように利用される」、難儀な性格とも言えるかもしれない。今思うと、そのあたりはもっと心配するべきだったと思うし、もし私の恋が叶うなら、彼が無理をしないように支えてあげられればと思う。
人間性への信頼は深く根を張る。自分でも意外なことに、彼への想いは五年以上たって成長期を越えた今も、なお色褪せてはいない。
……だけど、私はとにかく奥手だった。マスコットを見つけて貰った年、一度だけバレンタインにチョコを渡したけど、次の年からは「変に思われるかも…」と二の足を踏んでしまい、継続することは叶わなかった。
……きっと、彼は「お礼」としてしか受け取っていないだろう。自分の臆病さが恨めしい。
そんなわけで、何も形に出来ず、高校進学を前に恋も終わりを告げるかと思いきや、彼の偏差値帯が、進学先が、私の志望校に近く、地域名門の公立高校であることを知った。……いや、ほんのちょっと、私より上のランクだったけど、頑張れば無理ではないかもと思ったので、その日から受験勉強を頑張った。
かくして、私は彼と同じ高校に通い、同じクラスになった。
……腐れ縁だって、ここまでくれば、運命でしょ?
* * *
「……いや、怖いよ。半ばストーカー入ってるじゃん」
「す……ストーカーじゃないよっ!好きな子と同じ学校に進みたいってぐらい、普通じゃん!」
「むしろ、そこで『がんばって一緒の学校に行こうね♥』とか言って、お近づきになればよかったでしょ……。何も言わずに同じ学校に入ってたら、気まずいだけじゃん……」
「だって、真面目に勉強してるの邪魔しちゃうかもだし……、私も浮かれて落ちちゃうかもだったし……」
ホノカとナギサは腕を組み、呆れたようなため息をつく。
「っていうかさ、谷岡君ってさっきも言った通り、どっちかっていうと、その……『内気な子』じゃん?……ギャルって相性悪くない?」
「話しかけられた時、一瞬びくって委縮してたよね。……怖がられてるんじゃない?」
「こ……怖がられてないよ……通学路で会ったら、いつも笑顔で挨拶してくれるし……」
「……なのに、一緒に登校はしないの?」
「あっ……」
……もしかして、本当に、避けられてる?
「ユウカの卒アル見たけど、前までは大人しめの格好だったんだよね?それがいきなりギャルになって、向こうも戸惑ってるんじゃないの……?」
「眼鏡外したせいで、今は普段からしかめっ面になってるしね。早くコンタクト作りなよ」
「……むしろ、卒アルの頃みたいな、大人しげなメガネっ子に戻った方が良いんじゃない?」
「これまでは向こうからアプローチなかったんでしょ?それならコンタクトの方でいいと思うけど?」
……コンタクトにするかどうかはともかく、ハル君がメガネっ子好きなんて聞いたことはないし、嫌いとも聞いたことない。多分、そこはあんまり関心が無いんだと思う。
ただ……
「ハル君、かわいくて活動的な女の子が好きだって、中学の修学旅行で言ってたって噂は聞いたことあるから……」
「……本人に確認したの?」
……私は、黙って顔を横に振った。
「で、でも……おばさんや妹のチアキちゃんも、快活でハッキリした子だから……家庭環境からも納得というか……」
「いや、親兄弟と近いタイプって、逆に地雷じゃない?」
「…………」
「完全に空回りしてる感じだよねぇ……」
ホノカがため息をつく。
私は、これまでの努力が完全に方向性を見誤っていたと思えて、消え入りたい気持ちになっていた。
* * *
「ほら、これがMOGURAの配信でさ……」
「へー、ショットガンとかガトリング持ち込んでるんだな。ダンジョンって剣と魔法のイメージあったけど……」
「そっち系でもすげぇ配信者はいるよ。一時期話題になった人だと、ゲストで呼ばれたLEAって銀髪美人がめっちゃ動いて……」
気付けば、ホノカとナギサの彼氏は、女子のコイバナには参加せず、スマートフォンで動画を見て仲良くなっていた。
「ちょっと、アンタら、私の友達が悩んでるのに……」
ナギサは、詰め寄るように男子の方に近寄る。
……私のことで険悪にはなって欲しくないなぁ。
「いや、悪りぃ……。でも、俺らそいつと学校違うから、アドバイスできることないしなぁ……」
「せめて、趣味とかの情報ないの?」
私は、しばらくハル君の素行を思い出してみた。
彼の趣味……インドアだけどアニメや漫画とかよりも、動画サイトの配信とかが好きだったはず……。
そう、ちょうど、今彼らが見てるような……。
「たしか、ダンジョン配信……」
『いやぁ~、カメラマンのHAL君は、同級生の女の子の遊びのお誘いを蹴って、こっち来たらしいんですよ?信じられないですよねぇ?』
『ちょっと……撮影中までイジるのはやめて下さいよ……』
『ほら、コメント欄もリア充への呪詛が一杯……でもね、若い子は穴倉になんて潜らずに、日の光を浴びるべきなんですよ!』
『……若者への説教マウントとか、言動から加齢臭してますよ。そんなんだから、婚活失敗してるんですよ』
『お……おいっ!それは……っ!』
> 草
> 婚 活 は い ぼ く 土 竜 無 双
> 取り消せよ……!
> MOGURAさん じゅっさい
> ご職業は? ストリーマー? あっ…(察し)
ナギサの彼氏のスマホに移る配信映像。
私にとって聞き馴染みのある声で、刺々しい言葉をぼやく、カメラマンの声。
演者が慌ててカメラに詰め寄った時、視界がギュンギュンと回り、一瞬だけ、配信者とは別の顔が映った。
男子たちはカメラマンの辛辣なツッコミに苦笑いを浮かべる。ナギサとホノカも「気付いて」いない。
そんな中で、私はただひとり真顔になって、はっきりとした確信を持っていた。
この映像を映しているのは、ハル君だ――




