#2 レッツゴー!陰と陽
「ところで、なにか用事?」
僕は扇さんに尋ねました。
……正直、幼馴染って言っても、僕と彼女は大分疎遠です。
家が近所なので、偶然会ったら挨拶もしますが、中学の頃にはお互い部活も違ったので、特に話す機会も無くなっていました。あの年頃だと、男子と女子ってお互い距離を置くものですしね……。
「来週末なんだけど……、ヒマ?」
「えっ……」
「私入れて三人でカラオケ行こうって話で、良かったらハルトも誘おうかなって……」
「…………」
……どういう風の吹き回しでしょうか。
正直、流行りのアーティストとか詳しくないですし、アニメとかもあまり見ない、人前で歌うのも苦手なので、カラオケって怖いんですよね……。
一回だけ、家族旅行で行ったスキーで、寂れたカラオケボックスに入ったこともあるんですが、父さんや母さんが平成初期の懐メロやアニソン、チアキが「ピュアまじょ」のテーマを歌う中、僕は手拍子をしながらジュースを飲んでいるばかりでした。
時々マイクが回ってきた時は、配信動画でよく聞くフリー音源が登録されてるのを確認して、それを歌ったり。
レトロ感あふれる場末のカラオケでも、有名フリーBGMサイトの歌が入ってるのは、ちょっと驚きました。
「……いや、やめとくよ。歌える歌もないし、僕の方から誘える友達もいないから、場違いになっちゃう」
「…………」
最近は、結構陽キャの人もアニメを見てて、カラオケではタイアップのアニソンを歌ってるとは聞くんですが……正直、アニソンも詳しくないですしね。チアキがいつも歌ってた「ピュアまじょ」のオープニングぐらいしか知りません。
キャッチーで耳に残るから、僕も歌えるようになっちゃったわけですが、女児向けアニソンを、陽のカラオケで歌おうものなら、速攻お通夜のムードになることでしょう……。
「……誘ってくれてありがとね、扇さん」
「……ん」
扇さんは、後ろを振り返り、他の女子の待つ自席に戻って行きました。
……やっぱり、昔馴染みということもあり、孤立しがちな僕に気を使ってくれたんでしょうね。申し訳ないです。
彼女と最後に遊んだりしたのは、小学校四、五年生の頃ぐらいでしょうか……?
当時は、男女の垣根もなく、みんなで公園に集まってドロケイとかしていたものです。
あの頃は、男も女も、恥も外聞もなく、身体を動かして騒ぎまわる、それだけで日が暮れるまで楽しめたわけで……なんと言いますか、成長するってやれることも増えるけど、同時になんだか寂しいことでもあるんだなと感じます。
僕としては、彼女のことを特に嫌いというわけでもありませんし、こうした気遣いを嬉しくも思うのですが、「友達」かというと……微妙な所でしょう。
共通の趣味があるわけでも無く、ただ住んでいる家が近く、昔からの知り合いというだけ。
僕は、彼女がどうして高校デビューでギャル系ファッションを始めたのか、その心境をまったく知りません。
勝手な推測ではありますが、自分を変えたかったか、明るい恋愛に憧れていたか、そういった所だと思ってます。
同時に彼女も、僕が実家の家族とダンジョン探索の冒険をしていたことも、レイチェルさんをきっかけにキャシィ族に心を奪われてしまったことも、何も知りません。
お互い、相手のことを何も知らないので、気を遣おうとしても空回ってしまうようで、そうした居心地の悪さから、僕も彼女も、お互いに距離を置いたんだと思っています。
……いささか寂しい気持ちはありますが、旧知の間柄とは言え、価値観の遠い者同士はこんなものでしょう。
陰にも陽にも振り切れていない僕は、もっと他人に歩み寄るべきなんでしょうね。
流石に、もう誘われないかもですが、ヒットチャートでも調べて、歌える曲のレパートリーを増やすべきかもしれませんね……。
「……ん?」
慌ててポケットに突っ込んだ、スマホのバイブレーションが鳴りました。
通知が一件。ツブヤイターのDMのようです。
指紋認証を通すと、馴染み深いモグライラストのアイコンと、文面が表示されました。
> @MOGURA_DRStreamer より メッセージ
> 来週末、カメラ撮影のバイト頼める?
僕は、一瞬だけ扇さんの方に視線を向けました。
遊びのお誘いを断っておいて、他の人との予定を入れるのは、いささか罪悪感が湧くものです……。
* * *
「……はぁ?それでキミ、幼馴染のギャルのお誘いを断って、こっち来たわけ?」
土御門さん……もとい、MOGURAさんは、呆れたようにため息をつきながら、僕に視線を送りました。
「……あなたが頼んだんでしょ」
「そうだけどさぁ……優先順位ってもんがあるでしょうよ……。青春まっさかりの男子高校生を、ダンジョンなんて陰気な世界で引っ張りまわしてるなんて知れたら、フタバさんにもカズさんにも、どやされるよ……」
「…………」
……それはもう仕方ないでしょ。
僕自身が陰気な日陰者なんだから……。
「初めて会った時は、もっとこう、大人を舐めてるんじゃないかってぐらい、ズケズケものを言うマセた子だったから、心配とかしてなかったけどさ……完全に悪い方に向かってるじゃないか……。バイトなんて金稼ぎの手段にとどめて、もっと同級生と遊べよなぁ……」
「……それ、視聴者のキッズにも同じこと言えます?」
「知り合いの子と、金ヅルの子とは、別なの」
……相変わらず、ロクでもない人だなぁ、この人。
カズヒロおじさんが「あんまり信用すんな」って言ってた理由もよくわかる……。
「……まあ、君の性癖を想うと、仕方ないことなのかもだけどさぁ。親族から責任もって預かってる身としてねぇ……」
「……っ!」
僕は、彼の言葉にドキリとして、カメラを落としそうになりました。
「おいおい、カメラもスタピライザーも安くはないんだから、壊さないでくれよ……」
「……知ってたんですか?」
「バレてないと思ってたんだ。……まあ、僕もたいがい遊び人だったからね。挙動不審の男子高生が何を考えてるかなんて……、ねぇ?」
「…………」
「山神ダンジョンスイーパーズじゃなくて、僕の手伝いに来てるのだって、それでしょ。……まあ君もわかりやすいけど、カズさんが露骨に警戒してるのの方が、確信に至る決め手だったけどね」
……ああ、やっぱりカズヒロおじさん、僕のこと警戒してたんだなぁ。
事実だから仕方ないとはいえ、いざ言われてみると、ちょっとショックかもしれない。
「……直せるものなら、直したいんですけどね」
僕は、深いため息をつきました。
……正直、自分でもこれは、思春期特有の気の迷いかと思っていました。
高校生になれば、きっと「普通」に戻るのだろうと、そう信じて、無心に受験勉強に邁進していました。
……けれど高校に入って、クラスで男子が回し読みしている青年誌のグラビアや、掲載漫画のエッチなシーンを見ても、僕の心は驚くほどに無風でした。
中学生の頃は、そういうものに「いけない物」という感覚を持ち、ドキドキしていたのだけれど、今はそう言った感覚もありません。
反面で、レイチェルさんがメディア取材を受けている写真や映像を見ると、あの日のことを思い出して、今でも胸が高鳴ってしまいます。
カズヒロおじさんが、僕を奥さんから遠ざけようとするのは、あまりにも当然と言えます。
彼らの一人目のお子さんが男子であり……ホモサピエンス寄りの猫耳の子であったことは、僕にとっては「助かった…」という気持ちでした。
……無論、これは僕がロリコンだとかいう話ではないです。
これまで、それなりに仲良くやって来た親族であるカズヒロおじさんに、「娘に近づくんじゃねぇぞ」とか真顔で言われてガチ凹みしたくないって話です。……レイチェルさんにフォローされて惨めな気持ちになる光景も、容易に想像つきますし。
……現に、おじさんは息子さんを若干過保護気味に溺愛しているようですし、的外れな予想ではないと思います。
僕にとって、これまで出会った中で「最も魅力的な女性」は、今なおレイチェルさんであり、同時に「決して敵に回してはいけない恐ろしい人間」が、カズヒロおじさんです。
そうである以上、当面の間は伯父さん夫婦には近づくべきではないと、自分から距離を取っている。それが現状です。
「……まあ、年喰えばストライクゾーンも広がっていくものさ。いいかい?女の子の魅力ってのはね……」
「その先は、コンプラに抵触しそうなんで、ちょっと聞きたくないです」




