#1 谷岡ハルト、高校生になる
初めまして。……では、ないかもしれませんね。
山神カズヒロの甥、谷岡フタバの息子……「谷岡ハルト」と申します。
山神家の実家ダンジョンの探索の際には随伴での荷物持ち、運動公園ダンジョンでは実家から遠隔で、周辺状況を伝達するオペレーティングなどを行っていました。
あれから二年、賑やか盛りだった妹のチアキは、今なお変わらず生意気ではありますが、僕の受験期に母さんに叱られた辺りで、多少は落ち着きも出てきて、最近はそこまで険悪という感じでもありません。
あれだけハマっていた「ピュアまじょ」も、どうやら最近は卒業しかかっているようで、最近では動画配信をよく見ているとか。
……流石に、ショッキングな映像の多いダンジョン配信は、ペアレンタルコントロールで制限しているようですが。
さて、僕は無事に志望校に合格し、高校生活を送っています。
受験も終わったことで、のびのび楽しい高校生活……と行きたいところではありますが、読者の皆様もお察しかもしれませんが、僕はハッキリ言って陽キャの類ではありません。
オタク趣味にどっぷりというわけでもありませんが、それでも中学の頃から、暇さえあればダンジョン配信を眺めているタイプでしたし、世間的に見ればやっぱりオタクではあると思います。アウトドアの要素も大きいとはいえ、ゲーム配信から派生した配信者が多いこともあり、傾向的に見ればやっぱり、ダンジョン配信って「陰」の趣味なんですよね。
……とはいえ、都心のベッドタウンに近い進学校というのもあってか、クラスではあまりダンジョン配信の視聴は流行っていません。いささか、暴力的なコンテンツではありますしね……。
それでも各クラスに二、三人の愛好家はいるようなのですが、運悪く僕のクラスにはゼロ……同好の士は居ません。学校としても、暴力的な趣味とされるダンジョン配信の部活の承認には及び腰なようで、高校に入ってからは帰宅部で、早くもぼっちになりがちです。
……ただ、そもそもとして高校生になったあたりで、同級生の関心ごとは、配信などのサブカルより「恋愛」に移っていったというのが、本当のところのようにも思います。実際として、入学から二ヶ月、同じクラスで付き合い始めた子もいるという噂話は聞きますし。
……まあ、僕も、年頃の男子ですし、本心を言うならば、恋愛への憧れは、あります。可愛い彼女と帰りにファーストフード店でおしゃべりしたり、週末に映画を見に行ったり、普段と違う私服姿にドキドキしたり、同級生の語っているような、そういったシチュエーションに憧れる所もあります。
…………
…………でも、
…………ちょっと、僕には厳しいんです。
……僕のスマホには、一枚の画像が保存されています。
月刊ホビーダンジョンWEBのインタビュー記事。カズヒロおじさんと一緒に映る、一人の女性。
キャシィ族と呼ばれる、全身が体毛に覆われた猫のような容貌の、異世界系人種の女性。
彼女の名は「山神レイチェル」。
カズヒロおじさんの奥さん……つまり僕の叔母であり……僕の、初恋の女性です。
気持ち悪いことを言っているのは重々承知ですが、僕は、彼女に抱きしめられたあの日から、現世のホモサピエンスに、恋愛的関心を持てなくなってしまったのです……。
* * *
当時の思春期の只中にあった僕にとって、身近な大人と攻略したあの二つのダンジョンは、ちょっとした冒険の思い出であると同時に、二人の「反面教師」の振る舞いが、深く記憶に刻まれました。
ひとりは、他ならぬ「カズヒロおじさん」……。
そして、もう一人は当時大学生だったダンジョン攻略者、「七光タカシさん」です。
……母さんも、自宅でため息交じりに話していたことではありますが、やはりカズヒロおじさんがダンジョン攻略をした時に「猫耳のお嫁さん」を召還したことは、ヤバいです。当時でも引いた部分はありましたが、成長に伴い「これは、まずいでしょ…」という気持ちを新たにしました。
とはいえ、その後のおじさんはレイチェルさんと堅実に信頼関係を築き、彼女の現世滞在のための手続きに奔走し、結果的にレイチェルさんはとても幸せそうに暮らしています。
そういえば、先月二人目のお子さんを妊娠されたそうで……、ちょっと……、脳が破壊されそうです……。
そしてもう一人、七光タカシさんは、願望機を使って現世にエルフを召喚し、親の金に物を言わせてハーレムを作ろうとした人です。
正直、おじさんとは比較にならないレベルのヤバい人というか……率直に言ってド級のクズだと思います。
もしかして、自分が知らないだけで、現代日本って、こういうヤバい権力者が他にもいるんですかね……。考えたくないな……。
……ともあれ、この二人の行動を見て学んだことは「異世界から、人さらいをするような真似はやめよう」という所に尽きます。
こんなのは至極当たり前の話で、運動公園ダンジョンを攻略してる頃までは、「馬鹿じゃないのか」と鼻で笑ってる所があったのですが、自分の恋愛的関心がキャシィ族に引き寄せられてしまった今、その気持ちがグラグラと揺らぐところを感じています。
おじさんの場合は結果オーライでしたが、それは発端が出来心を真に受けた上位存在による事故のような物であったこと、恋愛を主目的にせず誠実に保護をしていたこと、経済的にレイチェルさんを養うことが十分可能な収入や、彼女の法的保護を求める行動に時間を割ける自営業だったことなど、数々の巡り会わせと努力によるものです。
……はっきり言って、人道を横に置いたとしても、キャシィ族の彼女を作ろうというのは、高校に上がったばかりの僕には荷が重いとしか言えません。
クラスメイトは、新生活にも馴染んできて、クラス内、部活動、バイト先などで恋人を探そうと張り切っています。
……それを見て、自分は羨望を感じるばかりです。
僕も「普通の」恋愛がしたかった……というのは、レイチェルさんに失礼だとは思います。
ですが、あの時の彼女のフカフカとした肌ざわりが、その内に秘めた筋量の多い四肢の感触が、毛並みから漂う微香料のシャンプーの香りが、伝わってくる高めの体温が……、「猫を抱っこした時のような愛おしさ」を持つ女性という存在が、脳裏に深く刻まれ、離れません……。
……恋とは、呪いだと思います。
いつか、これも過去の記憶となって、忘れられる日が来るのでしょうか……。
* * *
「……ねぇ、ハルト」
……気が付くと、物思いにふけっていた僕の机の横に一人の女子生徒が立っていました。
僕は慌ててスマホをロックし、画面を隠しました。それを見て、彼女は怪訝そうな顔を見せています。
ライトブラウンに染めたパーマ髪、ライトイエローのゆとりあるカーディガン、開襟したシャツに緩んだリボン、明らかに改造の加えられたミニスカート……。どう見ても「ギャル」と言った出で立ちの女性が、腕を組み、不機嫌そうな顔で立っていました。
……一瞬、誰かと思って肩をびくりとさせました。
つい最近まで中学生で、どちらかというと陰キャだった僕にとって、ギャルという存在は陽の極致という印象で、本能的に「イジメられるのでは…?」と、恐怖を掻き立てます。
……ですが、スマホをロックし動揺が落ち着くとともに、その心配はないと分かりました。
横に立っている彼女が、僕の子供の頃からの知り合いだと気付いたためです。
「扇さんかぁ……ボーっとしてる時に話しかけられたから、びっくりしたよ」
「…………」
彼女の名前は「扇 優香」。
小学校に通う前からのご近所さんで、僕と同じ高校に進学した同級生です。
――――――――【番外編2】――――――――
実家住みおじさんの甥、
幼馴染ギャルとダンジョンに潜り、
こじれたケモノ性癖の矯正を目指す
―――――――――――――――――――――――
春休み明け、久々に会った彼女は、高校デビューで「ギャル」になっていました。
入学から数か月たった今でも、まったく慣れません……。




