#1 突撃!となりの女子通話
「ねぇ、レイちゃん」
「なんですか?フタバお義姉さん?」
「今さらだけど……本当にアイツでいいの?正直アイツ、かなり乱暴者よ?」
所用を済ませて帰宅したところ、居間でレイちゃんとフタバが通話をしていた。
話題が話題。「余計なことを……」と乱入して遮っていきたい所もあるが……つい息をひそめてしまった。
正直なところとして、俺自身気になっているところだ。いや、配信者は煮え湯を飲まされたし、今でも連中にヘッドショットすることに抵抗はない。
……その暴力性をレイちゃんに向けることはあり得ないが、それでも何か彼女を怖がらせることをしてしまっているのではないか、とは不安になってしまう。人間の根っこってのは、なかなか変わらないものだ。
「……DVとかされたら、迷わず私に相談してね?」
……しねぇっての。絶対しねぇ。なんだって、こんなかわいい子を、好き好んでいじめなきゃならんのだ。純愛派舐めんなよ。
「しませんよ、カズヒロさんはそんなこと……。むしろ、いつもお義母さんに『働け』って、蹴られてるぐらいですよ」
「……それはそれで情けないわねぇ。ちゃんと家事してないの、アイツ?」
「してるんですけど……わたしが立ち仕事してると、『レイちゃんはそんなことしなくていいのよ♥』って、お義母さんが……」
「……笑えるわね。オカンを上手く使って、尻に敷いてやるのよ?」
「もう……」
男の沽券が失われていく。……いや、盗み聞きなんかしてる時点で、プライドもへったくれもないかもしれない。これ以上恥をかかせられる前に、やはり乱入すべきか。
「……っていうか、そもそもレイちゃんをこっちに呼び出したのだって、アイツの勝手な都合なんだから……もし、アイツに失望することがあったら、その時は気なんて遣わず、自由に生きていいんだからね」
「………………」
……足が止まる。
そう、レイちゃんを呼び出したのは、俺が「猫耳のお嫁さん」なんてふざけたことを望んだからだ。
ひと仕事を終えた達成感、今後配信者どもに迷惑をかけられずに済む解放感、親にせかされる結婚、先に結婚していく弟妹、閉塞的な……孤独感。
色々折り重なった感情の上に、「なんでも願いの叶う財宝」なんて餌がたらされた結果、俺のテンションはおかしくなっていた。その結果行き着いたのは……あの「異世界拉致」だ。
レイちゃんは、向こうでも大変な目にあっていたらしい。結果的にそれを助けたとはいえ、だからって、俺が彼女を好き勝手していいわけじゃない。当たり前の話だ。
レイちゃんは、ここまでの経緯を、俺の行いを、既に知っている。それでもなお、「俺のそばに居たい」と言ってくれた。俺も、ずっと彼女のそばに居たいと、そう思っている。
……だが、レイちゃんは奴隷じゃない。一人の大人の女性として、自分の人生は自由に選べるべきだ。
恋は「結ばれたら終わり」ではない。一緒に居る中で、俺が彼女に相応しくないというのなら、その選択は、人として尊重しなくてはならないだろう。
仮に激しく燃え上がった恋であれ、誠実さに欠いた関係を続けていれば、いずれ終わりは来るものだ。……考えたくもない話だが。
――果たして、今の俺は……レイちゃんに相応しい男に、なれているのか?
「……本当に、アイツでいいの?」
「はいっ♥」
「うわ、即答?……あの乱暴者の甲斐性無しの、どこがいいの?」
フタバへの反感より、レイちゃんの即答に拍子抜けした。
……そして、気になる。本当に俺でいいのか?俺の……どこがいいんだろう?
「やさしくて……かわいいところ……♥」
「全然似合わないわねぇ。……あっ、説明しなくていいわよ。兄貴のそんな一面知りたくないし」
いいところで話を打ち切るんじゃねぇよ。最後まで聞かせろよ、おい。
思わず身を乗り出しそうになったその瞬間、築年数の長い実家の縁側がきしみをあげた。あぁ……。
「た、ただいま……」
「あ、おかえりなさい♥」
「……女の話を盗み聞きとか、サイテーね。やっぱ別の男の方が良いわよ」
呆れ顔のフタバに向かって、レイちゃんは顔をぶんぶんと横に振った。
「わたし……カズヒロさんがいいです♥」
彼女は、俺の瞳をじっと見つめる。俺は、年甲斐もなく、顔が赤くなっていくのを感じた。
「……なんで私、中年のラブコメ見せられてんの?」
お前が始めた通話だろうが。
* * *
――時は遡ること三か月前。ダンジョン攻略を完了させた、正にあの日。
……なんで振り返るのかって?そりゃ決まってる。
「やさしいところ」も、「かわいいところ」も、全然思い当たらなかったからだ。……いや、そう言ってもらえたことは確かにうれしいよ。でも、言われた俺自身「やさしい」は全く心当たりがない。
「かわいい」は言わずもがなだが……まあ、このあたりは恋人ののろけとしてスルーするのが無難だろう。俺自身、自分の「かわいい所」なんて、見たくも知りたくもない。
もし、仮にだ。ダンジョンで、猫耳を生やしたおっさんにエンカウントしてだ。
「わたし、山神カズヒロ(38)だニャン★」とか言われみろ。
俺ならノータイムでショットガンの引き金を引く。中年オヤジがかわい子ぶってんじゃねえ。猫耳への冒涜だ。
……そんなわけで、三か月前だ。レイちゃんとの出会いから、俺たちの日々を、順々に振り返って行こう。
――――――【番外編/序】――――――
実家住みおじさん、
ダンジョンで保護したネコケモ娘の
信頼をかけて母や妹とにらみ合う
―――――――――――――――――――
召喚された猫のような女の子は、キョロキョロと辺りを見渡す。その姿は、何かに怯えているようでもあった。
俺はというと「念願の猫耳嫁だ!」なんて下卑た感情よりも「やっちまった…」という罪悪感に支配されるばかりだった。
ボロボロになった麻布のワンピース。ノースリーブから覗く腕の毛並みや、サラサラの銀のロングヘアは、櫛を通しているわけでも無いようで、ぐしゃぐしゃと無作為な流れを形作っていた。……彼女の異世界での境遇が伺い知れる。
……上位存在曰く「保護の必要な子」ということだが、それはつまり「かわいそうな目に合ってる子を現実世界に拉致した」ってことだ。異世界要素で誤魔化されてるが、これ普通に誘拐だぞ。上位存在も、そこは倫理のブレーキかからなかったのか?
俺は腰が引けて後ずさる。探索用の重いブーツは、ダンジョンの石畳を引きずり、ざりっと音を立てる。彼女は肩をびくりと震わせた。大きなブルーの瞳は、涙でウルウルと揺れる。「ひどいことをされたくない」と訴えかけるように。
「……フタバ、上着持って来てるか?」
「ん。ひとつ前の部屋に魔導金庫設置してそこに置いてきてる。全身覆えるローブでいい?」
「ああ、モンスターが残ってるかもしれないし、属性防御エンチャントされた奴な。ミツキは湯を沸かしてやってくれ」
「……飲む用の白湯?」
「ああ、まだ寒いしな。飲み水を少し温めたぐらいでいいぞ」
「オッケー、猫舌だったら水で適温にすればいいね」
「ハル坊は、タブレットで通話しておふくろに部屋ひとつ開けてもらうように頼んでくれ。親父かミツキのいた部屋なら、物も少ないし布団も敷けるだろ」
「了解」
山神パーティーはそれぞれのタスクを開始した。一人、ゴブリンだけを残して。
「……ゴブ?」
「あ……、女将さんに頼んで、パンと豆料理もらって来てくれる?えっと……『〇△ゴブ』と『◇◇×▽ゴブ』ね。はい、保存パック」
「ゴブ!」
「えっ……、おじさん翻訳無しでもいけるの?」
「単語レベルならな。文法はわからんけど、店でさんざん頼んだし」
「語学留学みたいだね……」
「……あ、カズ兄。お湯湧いたら、俺が帰還の絵巻で、先に地上に戻って母さん手伝ってくるよ。眼帯マントの子も心配だし」
「あー……頼むわミツキ。ついでに、詫びとして部屋の掃除も手伝わせてやれ。見張りも兼ねてな」
「はは、人使い荒過ぎない?」
「テロ未遂を警察沙汰にしないんだから、温情だよ」
俺は、ショットガンを両手で抱え、猫の女の子に背を向ける形で、大広間の入り口を向いた。事実上、報酬も獲得して完全攻略が完了したとはいえ、有害モンスターが入ってくる可能性はある。……厄介配信者が追加でやってくる可能性もな。
「あ、あの……」
彼女は、戸惑ったような声で俺に声をかけた。どうやら、この子は日本語を喋れるようだ。……上位存在の配慮だろうか?
……正直、罪悪感もあって彼女の顔を見るのが気まずかったのもある。だが、俺が自分の欲でこの子を呼び出した以上、保護を放っぽり出すわけにはいかないだろ。
「……何もわからないのに、連れて来てごめんな。ここに怖い人はいないよ」
「………………」
……この子は「報酬」じゃねぇ。そこは履き違えない。
ひとまず、おふくろにも協力してもらって、まずは山神家にこの子の生活空間を確保する。健康と安全が確保されたら、彼女がどうしたいかを聞いて、今後を考えよう。
――俺の蒔いた種だが……これから忙しくなりそうだ。
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