#最終話 星に願いを
湯上がりの俺たちは、旅館の庭で涼んでいた。風が植木を揺らす音と、まだ出してきたばかりであろう風鈴の音が、清涼感を演出する。
梅雨こそ明けたが、まだ夏は本番ではない。湯上がりの気化熱は肌を冷やし、通気性の良い浴衣を着た俺たちに、心地よい風を感じさせていた。
「いい湯……だった、ね」
「…………そうだな」
………………
……いや、皆まで弁明するまい。
付き合い始めと新婚を控えた恋人同士のやり取りなんて、他人からすればアメリカの砂糖菓子のようなものだ。甘味百パーセントで、胃もたれは避けられないだろう。
……少し前までの俺なら、口の中がジャリジャリして吐き戻していたに違いない。
「……旅館の人に、迷惑かかってないかな?」
「それはまあ、カップル客想定の客室露天風呂だし、一般的な範囲の……」
「あっ、そっちじゃなくて……」
………………
いかんな、脳みそが桃色になってるのは俺の方だ。
……けど、そうなると、レイちゃんの不安はどこにあるのだろうか。
「私の、体毛のこと……」
「……ああ」
……何度も話してきたことだが、日本社会はホモサピエンスに最適化されている。彼女のような獣人系の種族は、往々にして生活にハードルを感じる場面が多いのが現実だ。
顕著な例として、「入浴」「宿泊」は、その一面が大きく現れる。特に季節の変わり目の換毛期などは、体毛が多く抜けるし、湯冷めを避けるために全身のドライヤーも必須だ。
彼女の家族としては、「気にしなくていい」と言ってあげたい気持ちもあるが、反面でその対処に追われるのは旅館の側だ。
サピエンスの人種やハンデキャップにも言われることではあるが、異なる文化圏の人間が交わる際には、往々にして問題が発生する。
「倫理」と「実働コスト」の話は、混ぜて話されがちだが、現実としてサービス業は、社会の価値観の進歩に伴い、新たな客層に向けた人的コストを要するのが現実だ。
それは直接的な収益に繋がるものではないため、得てして従業員の不満や、差別意識を誘発し、ひいては排外的な世論の形成に繋がり得る。日本現住のホモサピエンスとキャシィの架け橋を望む彼女にとって、そのような流れは望むところではないだろう。
そうである以上彼女は「品行方正である異邦人」と「同胞の尊厳を軽視させない擁護者」の、両側面をアピールしなくてはならない。
……その気持ちが、道理として「正しくない」としても、「どっちつかず」に映るとしても、だ。
……本当に、これは難しい問題だ。万人が自分の負担を投じてまで、誰かに優しくする心の余裕を持っているわけではない。それを期待するのも、現実として難しく、強硬に正しさを主張することが、かえって断絶を広げてしまう可能性もある。
道理が「そうあるべき」だとしても、人間はそう理想通りに行動出来るものではないのだ。時代の過渡期に、万人に「完璧」な振る舞いを求めるのは、いささか非現実的だろう。
「助けたくない姿をしている者も助ける」のは福祉であり、「助けたくなる姿を演出する」のはイメージ戦略。このふたつを並行することで、正義と世論の対立を避け、軟着陸を目指していくのが、彼女の基本スタンスだ。
だから、せめて彼女の身内である俺が、彼女がのびのびと生きやすくなるように、他人の憎悪に巻き込まれないように、時に間に立って折り合いをつけ、時に側に寄り添って支えていく。
そして、彼女が他人にどう思われようと、俺だけは彼女の願いと尊厳のために、怒りを律し、彼女の味方であり続ける。それが、俺のこれからやるべきことだ。
「……事前に旅館の人には話を通してある。静音ドライヤーも粘着ローラーも持ち込んでる。チェックアウト前にはしっかり掃除すれば、大丈夫だよ」
「………………」
「大丈夫。俺は何も負担に感じたりしない。なんなら……ちょっと楽しんでるぐらいだよ。レイちゃんとの初めての旅行……これも、いい思い出だよ」
本心だ。……が、言ってから気がついた。
パートナーのドライヤーや体毛掃除を、「素敵な旅の思い出」ってしんみりするのは……ちょっと変態くさいな……。引かれてないだろうか?
「……この旅館の女将さんは、レイちゃんの宿泊にも好意的だったよ。レイちゃんの写真やサインを、フロントに飾りたいって。……俺としては、あまり衆目にレイちゃんを晒したくはないんだけど」
「………………」
「レイちゃんのかわいさが世に知れ渡ると、不埒な男が寄って来ちゃうからな。妬いちゃうぜ」
「……もう」
冗談めかした物言いに、レイちゃんは呆れたように笑った。
これから先を考えると、決して楽な道のりでもないだろう。けれど、それでも彼女はこの世界で、俺と居ることを選んでくれたんだ。だったら、彼女に居心地の悪さを感じさせないのも、俺の責任だ。
……上位存在は、あるいはレイちゃん自身も、彼女の存在に意義というか、「役割」を持たせたいのかもしれない。けれど、その前に彼女は一人の人間で、俺の大切な恋人だ。
――レイちゃんがここにいる理由は、他の誰のためでもない。
君自身が幸せになるためなんだよ。
「あっ!」
レイちゃんが空を見上げて声を上げた。
「どうしたの?」
「あのね……流れ星が……」
「おぉ、いいね。何か願い事した?」
「?」
彼女は不思議そうな顔で俺の方を見た。……流れ星に願い事って、レイちゃんの世界では一般的な文化ではないのかな。
「……私の居た世界だと、『星が落っこちたら国が亡びる』とか、不吉なものだったかも」
「そっか……まぁ、こっちの世界だと縁起ものだしさ。これからは日本基準で考えちゃおうぜ」
「こっちでは、どんな感じなの?」
「んー、流れ落ちるまでに三回願い事を願えば、叶うんだって」
「えぇ……?早過ぎて無理だよ……」
「……だよなぁ。これ出来たヤツ、絶対いないよな」
「でも……、面白そう」
「そうだね」
俺たちは、庭園のベンチに並んで座り、同じ夜空を見上げた。
都会から離れた空に、散りばめられた星屑は、地上に穏やかな光を届ける。
願望機のような実行力こそないけど、それでも、なんだかんだこういう願い事ってのは、ロマンがあって楽しいもんだ。
「あっ」
「あっ」
……都合よく星が流れて、俺たちは声を合わせた。
上位存在が何かやったんじゃないだろうな。
「……カズヒロさん。何か、願いごと、した?」
「うーん、考えてはいたんだけど、流石に間に合わないね。でも、きっとレイちゃんと同じだと思うよ」
「……せーので、言ってみる?」
「うん、いいよ」
――せーのっ
「キャシィ族が日本の人と仲良く……」
「レイちゃんとずっと一緒に居られ……」
「あっ……」
「あっ……」
……いかん、欲に走り過ぎた。レイちゃんの方が、人としてはるかに立派じゃないか。
……はぁーっ。
結局、俺は私欲の人間なんだなぁ……。
「カズヒロさん……私のこと、本当に、大好きなんだね……?」
「………………」
「……ふふっ。すごく、うれしいな」
恥ずかしいから、からかわないで。
………………
「レイちゃんも……立派な願いごとだけど、あまり気負い過ぎないようにな」
俺は、レイちゃんの肩を抱き、語りかける。
「レイちゃんは、レイちゃんとして幸せになっていいんだから、社会のために、同族のためにって……気負い過ぎないように、ね」
「……うん」
「……でも、大丈夫だよ」
「…………?」
彼女は、その柔らかい肉球で、肩に置かれた俺の手を包み込む。
そして、自身の頭を預けるように、俺の方に寄りかかった。
「私よりも、私のこと考えてくれる人が……ずっと、そばに居てくれるから……だから、大丈夫」
「…………ああ」
俺とレイちゃんは、互いの瞳を見つめる。
彼女の綺麗な青い瞳には、満天の星空を背に、俺の影が映る。
「ずっと……一緒に居てくれる、よね?」
「もちろん」
俺とレイちゃんは、笑い合った。
誰もいない夜の庭園。天に連なるように散りばめられた、星の大河の瞬きは、優しく、静かに、俺たちを見守っていた――
――――【了】――――
「あっ……」
「どうしたの?レイちゃん」
「もうひとつ願い事、思いついちゃった」
「はは、いいと思うよ。どんどん欲張っちゃえ。……それで、どんな願い?」
「私とカズヒロさんのことで……その……」
「うん?」
……レイちゃんは、少し悩んだ末に、俺にそっと耳打ちをした。
あ、あぁ~……
「そのためには、安全のために連携できる医療機関を、見つけなきゃだなぁ……」
「そうだね、すぐにってわけには……いかないよね」
「うん……でも、俺も大分歳だし、動くなら早めにしなきゃ、だよな」
「そう、だね……」
「……じゃあ、俺も気合入れて頑張るよ」
「えっ……」
「……あっ、そうじゃなくて、その、制度とか、医療とか、貯蓄とか……いや、まあ、その……」
「………………」
「……がんばるよ」
「がんばろうね……♥」
……はあ。
やっぱ俺みたいな俗なおっさんに、ムードある詩的な幕引きは、荷が重いな。
まあ、これからも、泥臭く、地道に生きていくさ。
俺の大好きな、世界一「やさしくて」「かわいい」……それでいて「いじわる」な一面もある、嫁さんと一緒に、な。
そんなわけで、長く続いた「番外編」はここまでだ。
もし機会があれば……また、どこかのダンジョンで会おうぜ。
――――【今度こそ、了】――――
ふたりの物語は、ここで一区切り。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
ちなみに、次のページはおまけとしてイラスト等の展示を行っています!
今後、随時更新してまいりますので、興味のある方は是非ご覧ください!
最後まで読んでいただけた方は、下にスクロールして☆を入れて頂けますと幸いです。
反響次第では新エピソードも書くかも……?
☆:いま一歩
☆☆:最後まで読んだ
☆☆☆:悪くない
☆☆☆☆:良い
☆☆☆☆☆:最高!




