#46 おつかれナイトメア
ミツキは、車庫に置いていた自動車の助手席にカナコさんを乗せ、運転席に手をかけた。
明日は休みをとったらしく、今日は泊まっていくのかと考えたが、みんな東京に帰るらしい。
黒栖の坊主は、モグラの機材を積んだワゴン車で駅まで送っていくそうだ。……二人とも家の事情にはアウェイな立場だったからか、微妙に意気投合してんな。迷惑配信者にはなってくれるなよ。
「……本当、世話かけたな。カナコさんも、ナツオさんも、ありがとうございました」
「そんなに、気にしないでください。家族の事なんですから……」
「そうは言っても、ミツキとカナコさんは特に結婚前ですし、なんというか、こう、大変なことに巻き込んでしまって……」
「……一大イベント前のミツキ達から、主役を奪った罪悪感?」
フタバがこちらに歩み寄り、声をかけた。
ずいぶんと露悪的な表現だが……まあ、そういう一面は、間違いなくあるな。
「……まあ、俺達もさ、カズ兄に話を通さずに結婚の話を進めてたわけだし、今回ので埋め合わせってことでさ?」
「そうよ。どの道、アンタよりミツキ達の結婚の方が早いんだし、カナコちゃんの晴れ舞台もこれからよ。アンタも、山神の代表としてスピーチでも考えておいたら?」
「あー、そう……なるのか」
俺とレイちゃんは、「婚約」したと言っても、実態としてまだやることは数多くある。公助を受けるための諸々の手続きも然り、結納や式の日取りをどうするか然り……。
彼女はもう既に「山神の人間」と言って差し支えないのだが、その場合結納などの手順がどうなるか、レイちゃんをおふくろと養子縁組をするかなど、一般的な結婚とは別に考えなくてはならないことも多い。
「戸籍や在留資格まわりの話は、入籍である程度解決できそうだけど、相続権も考えるとオカンとの養子縁組は必要よね」
「身ひとつでこっちに来たわけだしね……元々その予定だったし、レイちゃんも母さんとはいい関係だし。遺産問題は、俺もカナコも異論はないよ」
「それに、現実的な話として、カズとレイちゃんが実家で暮らす以上、介護の話も出てくるしね……当事者なのに相続権がないってのも、おかしいでしょ」
フタバとミツキの表情には、若干の申し訳なさが浮かんでいた。……たしかに、この辺りに関しては、何もかも明るい話とは行かないだろう。
……人間は誰しもみんな老いていく。そうである以上、誰かが親族の面倒を見なくてはいけないし、離れて暮らす以上は家にいる人間に頼ることにもなる。
俺も、レイちゃんにそうした現実を押し付けることには、申し訳なさを感じる所は、ある。……もう、無邪気に恋愛だけを楽しめる年齢でもないんだ。俺たちは。
それでも、彼女はこの世界に残ることを選ぶだろう。
俺だけの話ではない。レイちゃんはおふくろの事も、これまで得られなかった「母親」として、愛しているのだから。
なら、俺に出来ることは……これまで以上に、しっかりとおふくろの「老い」にも向き合い、寄り添い支えること。それだけだ。
「……まあ、そうは言っても、まだ先の話よ。ミツキともども、これから新婚なんだから、暗いことばっかり考えてても仕方ないでしょ」
「俺たちの結婚からずらしてってなると、来年ぐらいになるのかな?それまでは、ゆっくり恋人気分を楽しみなよ」
「毎日、あのセクハラババァと顔合わせて、同棲気分になるかぁ?」
「……そこはまあ、母さんも気を遣うでしょ」
ふと、車庫の入り口に人影が見えた。おふくろとハル坊、それにレイちゃんと、彼女に抱きかかえられたチアキちゃんだ。
「オカン……車で玄関先まで向かうから、あっちで待っててよかったのに……」
「……レイちゃんが、ミツキたちが帰る前にも、お礼を言いたいから……ってね」
「あー……確かに、あのまま解散ってのは、ちょっと寂しかったかもね」
レイちゃんは、前に進み出て、フタバとナツオさん、ミツキとカナコさんに、ぺこりとお辞儀をした。
「フタバお義姉さん、ミツキお義兄さん、ナツオお義兄さん、カナコお義姉さん……。二日間……ううん、今日までずっと、私のためにいっぱい頑張ってくれて……ありがとうございました」
彼女に合わせて、俺とおふくろも、改めて兄弟たちに頭を下げた。
「うーん、肩肘張った感謝されちゃうと、ちょっと居心地悪いわねぇ……」
「まあ、さ。これから俺たちも、きっとたくさん頼らせてもらうから……仲良くしようね」
俺たちは頭を上げた。
……手前味噌だが、やっぱり俺は、いい兄弟を持ったと思うよ。
フタバは、レイちゃんが抱えたチアキちゃんを抱き寄せようとしたが、チアキちゃんは目蓋をこすり、目を覚ました。
……あっ。これ、またぐずっちゃうかな?
身体を動かしその場に立ち上がったチアキちゃんを、レイちゃんはぎゅっと抱きしめた。
「チアキちゃん。私、ずっとここにいるから……また、一緒に遊ぼうね?」
「……うん」
寝ぼけ眼のチアキちゃんは、ぼんやりとした返事を返した。ハル坊は「やれやれ」って顔をしてる。……ま、兄妹ってこんなもんだよな。
レイちゃんは、そっと手を放して、チアキちゃんはフタバの元に歩いて行った。
「……あっ、ハルト君」
「……なに?レイチェルさん」
レイちゃんに手招きされ、ハル坊も彼女に近づいていった。そして……彼女にハグされた。
「!」
「カズヒロさんの事、おうちで沢山助けてくれて、ありがとね?チアキちゃんと一緒に、たまには遊びに来てね」
おいおい!それはマズいだろう!ハル坊は中学生だぞ!
俺が何かを言おうとする前に、彼女はハル坊から手を放す。ハル坊は、チアキの車に駆けて行った。
「ちょっ……」
「カズ……ちょっと、表情大変なことになってるわよ?まだハル、中一だからね?」
「……この春から、中二になったよ。母さん」
ぐっ……俺が、勝手に繊細になってるだけか?中坊に大人げないジェラシー感じてるだけなのか?
世間感覚が分からんが……俺の中学生の頃を考えると……いや、やっぱ、駄目じゃねぇかな。
……多分、おふくろとのスキンシップで、レイちゃんのプライベートスペースの感覚がバグってるな。ちゃんと注意しておかないと……。
当のハル坊は……あー、赤面してら。
やっぱり、物理的距離は必要だな。うん。
……やがて、三台の車両は車庫を出て行く。
俺とレイちゃん、おふくろは、東京へと帰っていく家族に手を振って、誰もいない静かな家に戻って行った。
「俺たち三人の暮らす家」へ――
* * *
――居間の片付けも終わり、俺は歯を磨き、自室……仕事部屋に戻っていた。
明日は稼働しないことは、取引先には伝えている。多分、間違いなく筋肉痛で苦しむことになるだろうしな……。獅子辻のジジイめ。
……さて、チャットソフトとメールの簡単なチェックもしたし、明日はゆっくり休むか。これからのことも色々考えなきゃだしな……。
> 1通のメッセージがあります
……ん?タブレットに通知……おふくろなら直に来るだろうし、レイちゃんか?
そういや、ここ数日ダンジョン準備に奔走してたし、爪切りしてなかったな……。まだ自分では難しいだろうし、布団に引っかかって寝付けないのかもしれないな。
俺は、予備に買って自分でも使っていたネイルニッパーを手に取って、彼女の部屋に向かっていった。
* * *
「入るよ」
俺は、ふすまを開けた。レイちゃんは、パジャマを着て、ベッドの上で座っていた。脚は……やはり裸足だ。
「うん、爪切りだね……じゃあティッシュを取るから……」
俺は、本棚の上のティッシュ箱に手をかけた。その横には、いつぞやのモールで買った、くまのぬいぐるみ。
……あれ?こいつ、壁の方向いてる?……流石におっさん顔のくまにベッドを見られるのは、気分が良くなかったんだろうか?
……なんか、ちょっとこう……微妙な気持ちになるな。「俺に似てる」とか言ってくれやがった妹のせいだわ……。
「カズヒロさん」
「……ん?どうした、レイちゃん」
「あのね……、私……」
「またたび饅頭……食べちゃった」
「!」
おいおい!
さっき飯食った後、フタバやミツキに残りは全部渡したはずだろ?くすねてたのか?
……まずい、まずい、早く、水を汲んできて……
レイちゃんが、俺の裾を掴む。
「ちょっと、レイちゃん……」
「カズヒロさん」
そして、彼女は、俺の手首をつかみ、引き倒すようにベッドの上に、倒れ込んだ。
それは、いつぞやの、居間での騒動のように、俺が上に覆いかぶさる姿勢で……
「おい、レイちゃん……とりあえず水でも飲んで……」
「……またたび饅頭の、せいだよ?」
「ああ、だから……」
「………………」
「全部、……またたび饅頭の……せい、だから……」
「……あっ」
目を逸らし、紅潮する、レイちゃんの表情。
いつの間にか閉められていたふすま。
変わらず、視線を壁に向け続ける、おっさんクマのぬいぐるみ。
……察しの悪い俺が、レイちゃんの言葉の真意に気付いた時、俺の唇は、既に彼女に、奪われていた。
* * *
………………
………………………………
……あん?
……「続き」?
あのなぁ……。
……俺たちにもプライバシーはあるの。そんな、何でもかんでも、私生活を覗けると思ってもらっちゃ大間違いだ。
大体、アンタらのお望みの「続き」があったとして、だ。そんなもの、ここに書いてみやがれ。このお話は即日公開停止だろうよ。もっと、プラットフォームの都合ってもんを考えた上で、ものを言えってんだ、この出歯亀め。
………………
………………………………
……まあ、なんだな。
実家ダンジョン攻略のあの日から、こんな長話に付き合ってくれたんだ。そんな読者に何も伝えないってのも、まあ誠意は欠けるだろう。
だから、諸般の事情と読者への誠意を最大限鑑みて、俺からこの夜について言えることは、ただ、一言だけ。
――「ご想像にお任せします」、だ。
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