#44 Mt.GOD -凱旋-
「ただいま-っ」
玄関の引き戸を開けて、俺たちは実家へ凱旋した。奥からどたどたと足音が聞こえる。おふくろだろう。
「……おかえりなさ~い♥レイちゃん♥」
俺は帰宅早々抱きつこうとするおふくろの頭を押さえ、動きを止めた。
「……そこまでだ、セクハラババァ。レイちゃんは疲れてんだよ。まずは靴を脱がせて、家に上がらせてやれ」
「まったく無粋な……でも、まあその通りさね。フタバやミツキ達も……って、ずいぶん大所帯ねぇ?」
俺達三兄弟とレイちゃんの後ろには、ナツオさん、カナコさん、そして黒栖の坊主にモグラも着いてきている。
「漬物好きのクロちゃんと……いつだったか、カズが正座させてお説教してた子?」
「あの節はどうも……」
黒栖が頭を下げるのに合わせ、モグラ野郎もへらへらとお辞儀をした。
……こいつが、お説教でキッチリ反省するような殊勝なタマとも思えんが、体裁は繕うようだ。……いや、寿司にありつくのが目当てじゃねぇか?
「……まあ、大丈夫よ。寿司なら多めにとってあるし、足りなかったら残り物で、カズがなんか作りなさい」
「俺かよ。……そもそも家族の打ち上げだってのに、こいつらにも寿司出すのは、なんかなぁ」
「ケチ臭いこと言うんじゃないの、手伝ってもらったんでしょ?家長らしく寛大さを見せなさいな」
「家長……家を相続したのも、世帯主もアンタじゃなかったっけ?」
「口が減らないね……みんなは荷物置いたら居間でくつろいでて。カズは食器だすの手伝いな」
「へいへい……」
俺たちは、靴を脱いで木造りの廊下を軋ませながら各々の目的地に向かう。
……老朽化も怖いし、そろそろ廊下もリフォーム業者呼ぶかなぁ。
* * *
「……ってわけで、レイちゃんの感染症は心配しないでいいし、医療についてももうじき何とかなるそうだわ」
「そう、よかった……」
おふくろは、フタバの言葉を聞いて、ほっと胸を撫でおろしていた。
……普段はあんなんだが、発端がマタタビの一件だったこともあり、やっぱりレイちゃんの健康については相当心配していたようだ。心労がかさむ前に解決の糸口が見えて、本当に良かったよ。
「在留資格とかについては、法務局とか市役所に相談かなぁ……まあ、国も異世界転移の事例に関しては認識してるみたいだし、基本的には在留外国人とかのケースと同じになるんじゃないかな」
「その筋に強い行政書士とかを当たってみる必要がありそうですね……」
ミツキとナツオさんも話に加わる。
……そう、医療問題の解決は、レイちゃんの生活基盤を整えるための第一歩に過ぎない。
彼女が日本で不自由なく暮らしていくには、まだまだ超えるべきハードルが多い。制度的なものに関しては、流石の願望機と言えども、解決できるようなものでもない。地道にひとつずつ、調べながら進めていかなくてはなるまい。
「……あっ、自分ストリーマーの知り合いが国際結婚とかして日本住んでるんですけど、そのケースについてちょっと聞いてみましょうか?」
「……もしかしてTONGARIさん?最近結構ニュースにもなってたよね」
「うん、俺も武器のカスタムについては、銃の本場出身の彼の奥さんに教わっててね。……って、これオフレコね。一応未発表だし」
「もう、クラスの配信好きは、みんな知ってるけどね……」
……ハル坊と一緒に脱線してるが、案外モグラ野郎からも、レイちゃんの件に関して役に立つ話が聞けるかもしれん。ダンジョン配信者同士の人脈は広いだろうし、隣接分野の異世界事情に詳しい人間にもつながるかもしれん。不本意だがもう少し付き合いも継続しておくか。
……あっ、コイツ、大トロ食いやがった。
「ひとまず、病院については近くの大きなところを通じて、対応可能な病院を紹介していただく形になりますかね。異世界人に関わるところは、政府から各医療機関への通達もあるでしょうし」
「あっ。俺、親が内科医なんで、帰ったらちょっと、父さんに確認取ってみますよ」
……マジか。黒栖の坊主も、結構いい所の出なんだな。この間の一件以来、大分素直で義理深い感じになったし、元々の育ちの良さは言われてみればって感じかも。
ただ、コイツの中二センス見るに、教育方針は自由にのびのびというか……。まあ、エリート意識こじらせて七光みたいなのになってないし、ちゃんと向き合ってはいたんだろう。
ふと、レイちゃんに視線を移すと、チアキちゃんが横に座り、肉球をフニフニしていた。
……本当おふくろみたいに育たないでくれよ。
「かかりつけの医療機関が決まったら、ひとまずアレルギーのパッチテストとかはやっておいても良さそうですね」
「ふーむ……それまでは、基本今日までの食事から食べれるものを確認してく感じかぁ……もうちょっと我慢してな、レイちゃん」
「レイチェルさん……いえ、レイちゃん。食べ物の件について、一通り落ち着いたら、スイーツショップ行く?私のおすすめの甘いお菓子、レイちゃんにも食べて欲しいな」
カナコさんの言葉に、レイちゃんは目を輝かせて頷いていた。……やっぱり女の子だし、甘くて可愛いお菓子は憧れなんだろうな。
おふくろの買ってきた和菓子については問題なく食えることを確認してるけど、それでもキラキラした洋菓子に憧れるのは、若い子の特権だろう。カナコさんと仲良くなるためにも、パーラー巡りとかは良いんじゃないだろうか。
……俺はもう、年齢的にクリームより和菓子の方に嗜好が寄って来たんだよな。消化能力的に……。
「……そうだな。レイちゃんも大人だし、パッチテスト済んだら一緒にお酒飲もうか。あんまり強すぎない、飲みやすいの探しておくよ」
「……うん♥」
……正直、酒の消化能力も落ちてるが、逆に言えば、今が消化能力の最盛期だ。
これ以上、年を重ねていったら、一緒に飲める機会自体、無くなりかねん……。
「あらやぁね、女に酒を飲ませて……下世話な企みかしら?」
おふくろがこっちを見てニヤニヤしている。
……それはてめェだろうが。マタタビ事件の意趣返しのつもりかよ。あと一ヶ月はしおらしくしてるかなと思ったが、すぐ調子に乗りやがるな、このババァ。
まったく……
……ん?みんなの空気が、変わったな。
おふくろも、その辺を察して困惑している。
……あっ。
あー……、そうか。そうだった、
みんなは既に、俺がレイちゃんに、あの場でプロポーズしたこと知ってるけど、おふくろは知らねぇんだ。
俺はハル坊の方に視線を送った……が、すぐ目を逸らしてしまった。
……まあ、そりゃそうだ。「叔父さんとレイチェルさん、結婚するってさー」なんて、俺たちが帰るまでにおふくろに言うかって、そんな気まずいこと任せらんないよな……悪い悪い。
……グラボの恩で、伝えてくれてるかなとも思ったけど。
――――――よし。
「おふくろ」
「何だい?みんなして、静まり返って……」
俺と、レイちゃんは、おふくろに向き合うように、二人で並ぶ。
……レイちゃんは、緊張しているのか、少し不安げだ。
……大丈夫。
俺は、レイちゃんの肩を軽くぽんぽんと叩き、眼を見合わせた。
やがて、彼女は青い瞳に勇気を宿し、顔を上げ、おふくろを見た。
俺は、口を開いた。
「大事な、話がある――」
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