#43 Time has gone like a flash.
――ありがとう
彼女の口から発せられた言葉。
それは、叱責でも侮蔑でもなく……「感謝」だった。
「ありがとう。私の健康を考えて、美味しいご飯を作ってくれて」
「ありがとう。フタバお姉さんと、お姫様みたいに綺麗にしてくれて」
「ありがとう。ショッピングモールで、こわい子供たちから、私を助けてくれて」
「ありがとう。毎週、私の延びた爪を、綺麗に整えてくれて」
………………
「ユキエお母さんと、毎日たくさん、楽しいお話をしてくれて」
「毎晩、働き終わってから、私でも働けそうな仕事を調べてくれて」
「ひらがなとカタカナ……最近は、漢字の読み書きも教えてくれて」
「山の中で、春のお花や山菜を、図鑑片手に教えてくれて」
………………
「ありがとう。私に、帰る家を、素敵な家族を与えてくれて」
「ありがとう。私を不幸にしないように、ダンジョンに挑んでくれて」
「……ありがとう。みんなと同じ『一緒に戦う家族』として、頼ってくれて」
「…………ありがとう。つらい始まりを、勇気を出して、私に教えてくれて」
………………
「カズヒロさんが、私をこの世界に呼んだのは……出来心のサイコロ遊びだったのかも、しれない」
………………
「……でも、私知ってる。カズヒロさんは、私の事を助ける時には、一度だってサイコロなんて振らなかった。ずっと、私の事だけを真面目に考えて、その時やらなきゃいけないことを、すぐにやってくれてた」
………………
「最初が間違いから始まってたとしても、世界中がカズヒロさんを許さないとしても、カズヒロさんが自分を許せないとしても……」
………………
「私は……、私が、カズヒロさんのことを、許し続けたいの。ずっと、そばに、居て欲しいの」
………………
「おねがい。願望機の力なんて、私いらない」
「あなたが、私の願いを、叶えてくれるなら――」
「――私と、この世界で、ずっと、一緒にいて」
「私、カズヒロさんと一緒にいたい。そばにいてくれる人は……カズヒロさんじゃなきゃ、イヤなの」
「――私と一緒に、幸せになって」
――何も、言葉が出てこなかった。
俺の行動原理を規定する、絡み合った感情の糸。
欲望。焦燥。羨望。嫉妬。自己嫌悪。罪悪感。使命感。劣等感。
色んな感情がもつれ合って、自分でも収拾のつかなくなっていた俺の心。
それは、彼女の言葉で、ひとつ、ひとつと、ほどけていった。
やがて、全ての感情を解き終わった末。残された感情は、馬鹿馬鹿しいほどに単純な答え。
――彼女の、レイちゃんの、笑顔が見たい。
ずっと、幸せに、笑って過ごしてほしい。
……そう、「それ」は、陳腐で、本当に、呆れてしまう答えだ。
「それ」が、何時からかはわからない。振り返るのも野暮かもしれない。
――俺は、彼女に、恋をしていた。
ただ、それだけの話だった――
* * *
「レイちゃん……」
「………………」
俺は、顔を上げた。
視界すらも暗く感じさせるほどに、俺の心中を覆っていた靄は、気付けばすっかり晴れていた。
目の前に立つレイちゃんは、白い毛並みの下で頬を紅潮させ、青い瞳を潤ませながら、まっすぐに俺の方を見ている。
俺は、ゆっくりと、自分の言葉を、紡いでいった。
「……レイちゃんが望むなら、俺は、いつだって、君のそばにいるよ」
「!」
「……俺はどこにも行かない。君も他の世界には行かせない。君の帰る場所はここで、俺はずっとここに居る」
「カズヒロさん……!」
「あの家で……ずっと一緒に暮らそう。これまでみたいに……いや、毎日がもっと楽しくなるように、一緒に生きていこう」
レイちゃんは、瞳を真ん丸にして、大粒の涙を流しながら、俺の胴に抱きついた。
俺の感じていた「罪悪感」は、あるいは、彼女にとっては「見捨てられる恐怖」に他ならなかったのかもしれない。
なら俺は、それも否定する。彼女のことは、決して見捨てたりしない。
……もちろん、俺は俺の浅はかな行動を、未来永劫許すことはない。二度と同じ過ちはしないし、同じ過ちを犯そうとする者がいれば止める。
それでも、俺の過ちを飲み込んで、なおもそばに居てくれる彼女を拒むなんて、俺はしない。彼女には幸せになって欲しい。……いや。俺の手で、絶対に幸せにする。
「……レイちゃん」
「はい」
「俺からも……、レイちゃんにひとつお願いしたいんだ。これは、断ってもいいし、今すぐ答えを出さず、じっくり考えてもいい」
「………………」
彼女は、俺の背中に回した手を緩め、半歩後ろに下がり、俺の顔を見上げた。
「……なに?カズヒロさん」
「………………」
「俺と、結婚して欲しい」
「!?」
レイちゃんは、目を真ん丸に見開いた。遠くにミツキや黒栖、MOGURAのざわめきも聞こえる。
だが、俺は、レイちゃんから目を逸らさなかった。俺に、もう迷いはなかった。
レイちゃんは、勇気を出して、俺とずっと一緒にいて欲しいと伝えてくれた。
……俺もだ。彼女と、この生涯を通して、ずっと一緒に居たい。死ぬまで仲良く過ごして、同じ墓に入りたい。
「本当に……いいの……?」
「ああ、レイちゃん以外にいない」
負い目だとか、歳の差だとか、猫耳だとか、ケモノだとか……もはや問題じゃない。俺は、レイちゃんが、「レイチェル」という、他でもない一個人が好きなんだ。
……「制度」はまだ追い付いていないから、「今すぐに」とは言えないが……俺の心は、既に、決まった。
「どうか俺と、死ぬまで一緒に生きて欲しい」
「!」
レイちゃんは、その丸っこい手で涙をぬぐいながら、柔らかな笑顔を、俺に向けた。
「……はい。私、あなたの……お嫁さんに、なりたい……です」
「ああ。出会いは最悪だったけど……、俺も、レイちゃんに見合う立派なお婿さんになれるように、頑張るよ」
「…………♥」
……正直、結論を焦って先走ったかと、少し不安になっていたが、彼女の快諾を受け、俺の心は安堵に包まれた。
プロポーズとしては、いささか情けなく、ロマンチックでもないシチュエーションになってしまったかもしれないが、これからはずっと一緒にいるんだ。より納得のいく形で、沢山素敵な思い出を作って、彼女を喜ばせてあげたい。
レイちゃんは、俺の瞳を見つめる。
そして、俺との距離を詰め、少し背伸びをしてゆっくりと目を閉じた。
……いくら俺が朴念仁でも、流石に、これは、何を求められているかわかる。
俺は、彼女に一歩近づき、肩にかかる流れるような銀色の髪を後ろに流し、彼女の後頭部にそっと手を添えた。
彼女の毛並みから、お日様のような、温かく優しい香りが伝わってくる。俺も、そっと目を閉じる。
キャシィ族特有の、ふっくらとした上唇が、俺の口元に近づき、触れた――
* * *
ひゅ~~~~っ……
どおぉ~~~~んっ!!
「……は?なにコレ、花火?」
「ダンジョンで?……ってか、あたりもなんか暗くなってない?」
「ってことは……やってるのは上位存在?」
――――いや~、四十九号の気がかりが消えたわけだしね?
――――すべて丸く収まったってことでさ、私からサービス♪
――――あっ、願いには含めないから、気にしないでいいよ?
「………………」
――――私も、試し行動みたいなことした負い目もあるしね。
――――だったら、二人の門出を祝うくらいはしなきゃでしょ。
――――殺風景なダンジョンじゃ、ロマンチックさに欠けるしね。
「……上位存在さぁ、アンタ、フラッシュモブとかやっちゃうタイプ?」
――――えっ
「俺もどうかと思うなぁ……変な演出なくても、結構良い雰囲気だったでしょ」
「人の心の機微が分かってないわよねぇ……マジックアイテムだからかしら?」
――――そんなぁ……
「まぁまぁ、ミツ君、フタバお義姉さんも。良いじゃないですか、ほら」
「……ん?」
「あー、まあ、そうね……」
「もう、すっかり二人の世界です。周りなんて、見えてませんよ……♪」
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