#42 願いの器
しばしの沈黙の後、俺は、口を開いた。
「……俺たちが、最初に会ったのも、ダンジョンの宝物殿だったな」
彼女は、俺の目を見ながら、無言でこくりと頷いた。
「あの日、俺達は……俺たち三兄弟とハル坊は、君を、山神の実家に連れ帰って……『保護』した。それから今日まで、色々あったよな」
「はい」
彼女は、そのまま言葉を続けた。
「……とっても、楽しい、毎日でした」
「……そっか」
……胸が苦しい。彼女の青い瞳が、俺を真っ直ぐに見つめる視線が、さながら俺の心臓に絡みつき、締め上げているかのように、俺の呼吸を、浅く、荒くする。
――言いたくない。
――失いたくない。
――彼女に、嫌われたくない。
……だが。
言わなくてはならない。
俺が、彼女を前に、はぐらかしてきた、全てを。
「……みんなを送った日の夜、君に言ったよな。俺たちが出会ったのは、『神さまのサイコロ遊び』だって。たまたま、同じ目を出しただけだって」
「………………」
「……違うんだよ」
「さっき七光の小僧が言った通りなんだよ。俺は、願望機に、願ったんだ。……人として、見下げ果てた願い事を」
――「猫みたいに、可愛くて優しい嫁さんが欲しい」って。
俺の吐露を受けてなお、彼女は、何も喋らない。俺は、耐えきれずに、俯いて、彼女から視線をそらしてしまった。
彼女の、失望の表情を見るのが、怖くて仕方なかった。
「………………」
「……俺は、君の境遇を知ってたわけじゃない。助ける必要があったから助けたわけじゃない」
「………………」
「無私のヒーローなんかじゃ、決してない。つまらない欲で、サイコロを振って、君の人生を弄んだ……人さらいの悪党なんだよ」
「………………」
「それなのに、今日まで、まるで君の兄貴を気取って……はは、本当、最悪だな……」
言葉に出すと、はっきりわかる。これは……鬼畜の所業だ。
人生に選択肢の無い境遇の子を、自分好みの容貌の子を、見知らぬ土地にさらって、恩を着せて、聖者を気取る。
これが、七光の小僧の……そして、俺の……本質。醜悪極まる。
……こんな奴、誰が「兄さん」なんて呼ぶかよ。
………………
「俺は……、そんな最低なやつなんだ。けど……ひとつだけ、信じて欲しい」
「………………」
「フタバやミツキは……おふくろは……ハル坊やチアキちゃんは、違うんだ」
「みんな、俺の不始末で不幸になる君を、見過ごせなかっただけなんだ。見ず知らずの世界にさらわれて来た君が心配で、幸せに生きて欲しいって、純粋にそれだけなんだ。なんの下心もないんだよ」
「だから、君から責められるべきは、俺ひとりだけ、なんだよ」
俺が、どれだけクズで見下げ果てた人間であったとしても、純粋な気持ちでレイちゃんに寄り添ってきた山神家の面々に罪はない。
そのことは、そのことだけは、レイちゃんにも分かってもらわなきゃいけない。
俺なんかのせいで、レイちゃんがせっかく手に入れられた、温かい家族を失うことになるなんて……そんなことは絶対にダメだ。
俺とは関係ない。山神は、レイちゃんの家族なんだ。
「………………」
「………………」
俺たち二人は、それを見守る山神の家族たちは、ただ沈黙していた。
俺の背後には、白く巨大な人影が、願いを催促するかのように、ゆらゆらと揺れていた。
「……願望機の願いは、まだ、残ってる」
俺は、顔を上げた。逃げ出したい気持ちをねじ伏せて、彼女の目をじっと見つめ、言葉を続けた。
「……君が望むなら、元の世界とは別に、君の同族……キャシィの子たちがたくさん暮らす、日本と同じ文明水準の世界に、君を送ることもできる」
「あるいは、この世界に残って暮らすのも、君の自由だ。山神の人間は、誰も君を嫌がったりはしないよ。……俺は、おふくろのいる実家を出ることはできないけど、君の衣食住や自立支援は続ける。……視界にも入れたくないかも知れないけど……何の義理もない召使いだと思ってくれれば、それでいい」
「……今すぐ決めるのが難しいなら、道を選ぶときに俺に声をかけてくれればいい。その時、また俺は願望機を君に渡す」
「………………」
「すまなかったな、君の人生を振り回して」
「………………」
「……けど、信じてもらえないかもしれないけど……」
「………………」
「……レイちゃんには、本当に、幸せに生きて欲しいんだ。これからも、ずっと」
「………………」
「だから……、何に遠慮する必要もない。俺は、願望機と同じ『道具』でいい。俺にできることは何でもするから……君の自由に使って、幸せを、掴んでくれ」
「カズヒロさん」
レイちゃんが、ゆっくりと口を開いた。
「……覚えてる?私が、最初にあなたに会った時のこと」
……ああ。
「あなたは、フタバお姉さんや、ミツキさん、ハルト君と……ゴブリンの人に指示を出して、私が体を冷やさないように、暖をとって、豆のスープを渡してくれた」
……まだ、寒さの残る時期だったからな。体を壊させるわけにはいかなかった。
「すぐに村で『帰還の首飾り』を手配して、私の安全を確保して、皆を先導してダンジョンを抜けた」
……それがないと、君の命が脅かされるから。
「ユキエお母さんと一緒に、居場所を、ご飯を、着る物を、整えてくれた」
……最低限の責任だよ。何も与えず、放っぽりだすわけにはいかないだろう。
「………………」
彼女は、しばし沈黙する。
そして、俺の目をまっすぐに見て、ただ一言のシンプルな言葉を、投げかけた。
「ありがとう」
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