#40 くたばれ、カスが
――――長耳エルフの、優しくてかわいい巨乳の子を、侍らせるんだよッッッ!
「うわっ……」
思わず声が出た。俺だけじゃない。山神一家と愉快な仲間たちも、全員似たような苦々しい表情で絶句していた。
……そうか、「あの時」のフタバやミツキって、こんな気持ちだったんだな。……曲がりなりにも自分の兄貴がこんなこと言ったとあっては、もっと最悪な気分かもしれん。
「いや、お前、それはさぁ……いくら何でも……」
「うるせぇな!長耳エルフで現代ハーレム!これが叶わないなら、こんなカビ臭い遺跡来たりしねぇよ!」
「うっ……わぁ……」
ハーレムと来たか……。実家ダンジョン攻略してる時にも、イケメンの若造が女の子連れて攻略してたけど、まああれはモテ男と取り巻きって程度だしな……。ヘッドショットしたけど。
実際言葉にされると「ねぇわ…」って気分にしかならん。
「いや、キミ……配信止まっててよかったねぇ……。これ放送事故というか、炎上に油注ぐところだったよ?」
……モグラ野郎すら、なんかいたたまれない雰囲気だ。この火遊び野郎に気を遣わせるのは、よっぽどだぞ?
「てめェも売れてる配信者なら女遊びぐらいしてるだろ!カマトトぶってんじゃねぇ!」
「うっ……ま、まあ、仮にも芸能人ってことにはなるし、多少は、ね?……いや、そろそろ身を固めようとは思ってるんだよ?本当」
モグラ野郎も、きまりが悪そうに口をもごもごさせていた。……そっちの方でも火遊びしてんのかよ。
人気配信者なんだからさぁ……いつまでもアングラ気分でいると、お前が燃えんぞ?……ラーメン配信者を見習って、真っ当に生きろよな。
「いやさぁ、それにしたって『ハーレム』って……現代日本でそんなの、倫理的にも経済的にも、無理でしょ……」
「てめぇの尺度で測んな、貧乏人がよ!」
なだめるように話しかけたミツキも、七光の坊主の怒声にたじたじしていた。……昇給ペースは結構気にしてるみたいだし、刺さっちまったか。
……隣のカナコさんは、無言でハンドガンのスライドを引いていた。いや、怖いよ。
「七光の資産や土地がいくらあると思ってる!俺なら女の十人や二十人、余裕で養えるんだよ!」
「アンタが働いて養うわけじゃないのね」
「当たり前だろ!こっちは資産持ちの家系なんだよ!労働なんてそこらの連中にやらせとけっ!」
「親の七光りでよくもまあ、ここまで威張れるわねぇ……」
フタバも呆れ顔だ。ここまで居直られるとは思ってなかったのだろう。
「……ってか、知事の息子なら取り巻きとか居て、十分モテてるんじゃないのか?クラスのヒエラルキーも上だったろ」
「はっ……、モテたこともねぇ、中二のオタク野郎にはわかんねぇよ!」
「なっ……」
黒栖の坊主も、痛い所を突かれてばつが悪そうにしている。思ったより、レスバ強えぇなコイツ。
「お前の言う通り、俺は女にもモテたよ!ツラも悪かねぇしな!『知事の息子』で資産持ちって知ったら、金使った遊びに興味津々な女どもなんて、いくらでも選べる!濡れ手に粟さ!」
「……じゃあ、十分だろ」
「はっ、何が楽しい?金と権力に寄ってくる女だぞ?俺自身を好きになる女なんかいねぇ!そんな女を抱いて楽しいか?猿を相手してるようなもんだぜ?」
……女性陣は、ゴミを見る目で七光の坊主を見ている。だが、奴は気にも留めずに続けた。
「……どこまで行っても、『知事の息子』なんだよ、俺はっ!そんな中で、俺を知らない、俺好みの女を求めて、何がおかしい?当然だろうがよ!」
「じゃあ、県外にでも行って、一人で好きに生きればいいじゃん……」
「バカかよ。俺は『知事の息子』だっつってんだろ!ジジイも!親父も!獅子辻も!権力基盤を引き継ぐ相手として、俺を後継者に据える気満々なんだよ!……第一、どうして周りが勝手に張ったレッテルに怯えて、俺が逃げなきゃなんねぇ?逆だろ!逆!周りが俺に合わせるべきなんだよ!」
……まあ、金持ち家系にも、それなりに悩みもあるってこったな。それにしても居直り過ぎだが。
「大体、てめぇらが人のことを言えた筋合いかよ!……そこのケモノ女!」
突如、小僧に指をさされたレイちゃんは、びくりと肩を震わせた。
「異世界の転移事例なんて数えるほどもねぇ!てめェら一家がその女を匿ってるって時点で……願望機で、現世に引っ張ってきたのは明らかだ!俺に人の道がどうこう言えるか?てめェらが、そんな立派な連中かよ!」
………………
「……ああ、今、気まずそうにしたオッサン!アンタだよなぁ!そのケモノ女と一番親しげにしてたのは!アンタだろ?アンタが、『ケモノ女が欲しい』って、願望機に望んだんだろ?違うか?」
………………
「はっ、大した道徳家だよ!アンタは!それとも、中世の異世界で苦しんでる女を救ったヒーロー気取りか?それなら、俺がエルフでハーレム作るのも十分人助けだろ!養える人数が多い分、こっちのがよっぽど世のためになるだろうぜ!」
………………
………………………………
黙り込んじまった俺と、七光の間で、レイちゃんは心配げに視線を移す。家族も……口を閉ざしていた。
……情けねぇが、このクソガキの言う通りだ。
俺は、この子を助けようとしたわけじゃない。「猫耳の、やさしくてかわいいお嫁さん」なんて、舐めた願いを、願望機を使って実現しただけだ。
あの時点で、俺は、呼び出す子の、これまでの人生や、これから先の苦労について、何も考えていなかった。
ただ、閉塞した俺の人生を打ち破ってくれる「誰か」を、求めていただけだった。
――寂しかった。
ミツキやフタバも、あの田舎の実家からいなくなり、おふくろだって俺よりは早く死ぬ。その現実が、あまりにも恐ろしくて、いつだって目を背け、黙々と仕事に向かっていた。
実のところ、俺だって実家に戻ってから、何度か街コンとか結婚相談所に出向いたことはある。おふくろにも急かされたしな。まったく結婚する気がなかったわけじゃねぇ。
……だが、女性と会話をしようとする度に、俺はある不安を感じていた。
――目の前の女性は、俺のことを、高校の炎上騒動で知っているかもしれない。
知っているだけなら、まだいい。この女性が、俺を叩く書き込みに加わってなかった保証が、あるのか?
……三十路過ぎの木偶の坊は、いつだってそれを怖がっていた。情けねぇ。
だが、だからこそ俺は、「俺を知らない相手」以外と関係を築くことが怖かった。俺はいつだって、知り合った女性と密に連絡を取ることもなく、自然と婚活からも距離を置いた。
俺は、おふくろが親父のもとに旅立つまで、この地から出るつもりはない。それゆえに、俺は独り身の人生に孤独を感じながらも、ここで嫁さんを探す気には、なれなかった。
……俺とこの小僧、何が違うんだろうな。
金持ちだとか、道徳観念だとか、表層的な所を取っ払った本質的な部分。
「自分のことを知らない誰かに愛して欲しい」
「その為なら、相手が誰であっても、人さらいも、厭わない」
俺も、コイツも、結局は、そんな、人でなしだ。
レイちゃんに言った言葉は……「神様のサイコロ遊び」だったか?
……ははっ、責任転嫁だな。神サマだって、こんなこと言われたら、怒り心頭だろうよ。
そのサイコロを振ることを選んだのは、レイちゃんの人生を弄んだのは、他ならない、俺自身だろうが――
………………………………
………………
「……わかっただろ?オッサン!てめェに、俺のやることをどうこう言う権利なんてねぇんだよ!」
「………………」
「俺が、願望機を使ってやる!アンタにとっては前と同じ『人助け』さ!わかったら……さっさと寄越せよ!願望機!」
「さあ、俺の……俺だけの……っ!」
――――巨乳エルフの 「奴隷」 ハーレムを作るために――――
「え?」
宝物殿に破裂するような発砲音が広がり、七光のクソガキの下半身が消し飛んだ。
「……っと、照準が少し下にずれたな。やんちゃな御子息が御臨終だ」
「~~~~っ!?」
クソガキは、千切れかけの両足の付け根を、必死に手で押さえる。光の粒子が浮かび、奴の仮想身体の分解が始まりつつあった。
「なっ……なん……でっ!?」
「決まってんだろ」
「……てめェが、俺と『同類』の……人でなしだからだよ」
クソガキは、俺の顔を見て、何か言いかけた言葉を、そのまま失った。
なにか、とてつもなく、恐ろしいものを見たかのような、怯え切った表情で。
……ああ。
レイちゃんが、家族のみんなが立っているのが、俺の後ろで、本当に良かった。
きっと、俺は、今、誰にも見せられない表情をしている。心底から湧き上がる、底なしの憎悪に突き動かされて。
……コイツは俺だ。
俺の、一番醜い所を、全ての偽善を引っぺがして、最高にわかりやすく、叩きつけてくれた。
俺はレイちゃんを、人間として見てなかったんだ。反吐の出る、最低のクソ野郎だ。
もし、レイちゃんを呼び寄せるサイコロを振ったのがこいつだったら?……俺は、許せない。
……そして、現実として、俺はその許せない奴と、同類ってことだ。
――なら、そんな俺に出来ることなんて、これしかねぇだろう。
俺は、ショットガンのフォアエンドを引き、引き金に指をかけ、銃口をクソガキの口元に突き付けた。
「待っ……」
「くたばれ、カスが」
七光のクソガキの上半身は、ショットガンから放たれた魔力の散弾を受け穴だらけとなった。やがて、奴の残骸は光の粒子となり、その場で爆ぜた。
帰還の指輪の効果で、地上に送還される魔力の粒子を眼で追うように、俺は宝物殿の天井を見つめた。
俺は、レイちゃんの隣にいていいような、立派な人間じゃない。安っぽい人道主義で取り繕おうと、俺は人さらいだ。
……だったらせめて、同じような詭弁でその尊厳を弄ばれる子を、これ以上産まれさせちゃならねぇ。
「……てめェみたいな野郎に、サイコロを振らせるかよ」
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