#39 ノーラブ・ノーライフ
日の傾いた空の下、私は目を覚ました――
「うわっ!びっくりしたぁ……」
目の前には、大柄な男性が座って、水筒のお茶を飲んでいた。私が、「キルショベル」の粉砕機に突き飛ばして、ここに、ダンジョン前救護スペースに送還した者だ。
「ナツオさん……ですか」
「その、お疲れ様です、獅子辻さん。目を覚ますの、滅茶苦茶早いですね……」
私は、周囲を見渡した。他に目を覚ました者は、彼の他には誰もいないようだ。
「どうぞ」
「……?」
彼は、紙コップを差し出した。中には、並々の麦茶が注がれている。
「……これは?」
「いえ、家族が何人かは送還されてくるかと思って、お茶を車から出してきたのですが……無駄になってしまったようなので、よろしければ」
「……先程、殺し合いを演じた関係ですよ?」
「戦い終わってノーサイド、というやつですかね。……まあ単純に、家族が戻るまでヒマなので、不愉快でなかったらお話でも、と」
「………………」
私は、麦茶を受け取り、口をつけた。まったく、マイペースというべきか、のんきな人だ。
「……まさか、あなた一人の犠牲で切り抜けられてしまうとは、私もまだまだ未熟ですな」
「いやいや、一人で一家全員と助っ人相手に大立ち回りとか、成果として十分でしょ」
「……ですが、私の戦略目標はひとつも達成できず、ですよ。ご覧ください」
私は、スマートフォンの配信アプリを開く。そこでは、MOGURAの生配信は未だ続いていた。
ヨロヨロと運転席から這い出したタカシお坊ちゃまに、カメラは近づいていきその顔を映し出す。コメント欄はその横暴な探索者の正体を暴こうと、熱狂の渦に包まれていた。
「それでは、七光知事の御子息が、重機で公共ダンジョンを破壊してる切り抜きは、サブチャンネルをご覧くださ~いっ!おつモグモグ~っ!」
「うっわぁ……容赦ない……」
「……身から出た錆とは言え、私は七光家から解雇されるでしょうし、父君は公共物の破壊について責任問題を追及されるでしょう。そして……タカシさまの将来にも、暗雲が満ちることでしょうな」
「………………」
「赦しを求めるつもりはありません。我々が、市井からこのような怒りを買うほどの横暴をしていたことに、自覚もあります。無論、あなた方を責める気もありません」
私は、ため息をつき、空を見上げた。日の傾きは、空の色を徐々に変えつつあった。
「……ですが、タカシお坊ちゃまとて、幼い頃からその人格が破綻していたわけでもありません。そばに仕えていた私しか、それを知る者はありませんが」
「そうなんですか」
「『役割』が人格に与える影響は大きいものです。長男はしっかり者、末弟は甘えん坊……と言ったように、彼は『権力者の息子』という、与えられた役割の外に出る発想そのものを、持つことができませんでした」
「………………」
「『他人の尊厳など重く見るな』『欲しいものは手段を択ばず手に入れろ』……そんな時代遅れの『帝王学』で育った人間が、世間と摩擦を起こさないはずもなし。民主主義の支配者が『民』であることを軽んじる、時代遅れの名士気取りは、この情報化社会において、しっぺ返しを食らうのが……必定だったのでしょう」
私は、ナツオさんから渡された麦茶に口をつけた。魔法瓶で保温された麦茶は、氷水のような冷たさを保っていた。
「……私はタカシさまに、致命傷にならない程度に、人として身の程を弁えて欲しかった。願望機は……上位存在は、その『教育』に都合の良い『教材』となる装置でした」
「御存じなんですか?」
「攻略ダンジョンの中で、何度か手にしましたな。人の身に余る願いを拒絶する、『人々の幸福のための願望機』……でしょう?」
「おお……」
ナツオさんは素直に感心する。私などを相手に、裏表のない人だ。
「だから、私欲に塗れ、人の尊厳を軽視するタカシさまの願いなど、最初から叶いはしなかった。……彼に、その勉強をさせるために、私は彼をここに連れてきたのです」
「なるほど……」
「あなた方に願望機を奪取され『思い通りにならないこともある』と悟らせる、でも良かったのですが、タカシさまの意固地さを甘く見ておりましたね。……私自身、状況を切り抜けられると、己の力を過信していたのも一因ですが、ね」
………………
「七光青年の願いって……何だったんですか?」
「………………」
「くだらない、男の欲望の帰結ですよ――」
* * *
「おーっし、みんなーっ!お疲れ様ーっ!」
俺の声かけに合わせて、一家はぞろぞろと集まってきた。俺とレイちゃん、フタバ、ミツキにカナコさん……おまけに、黒栖と、モグラ野郎だ。
……趣味が悪いだけで素直な黒栖の坊主はともかく、モグラ野郎は家族枠に入れたくねぇなぁ。
「んーと、じゃあ今回の目標は、達成!ナツオさんに関しては、気の毒だったが……」
「……ちょっと、死んだわけじゃないのよ」
『父さんは、救護スペースで獅子辻さんと、お茶飲んでるみたいだよ』
「……ええ?何やってんの、アイツ?」
フタバは呆れ顔だ。……まあ、こういうこだわりの無さというか、天然さがあの人なんだろうな。気性の荒いフタバとの相性がいいのも、彼のこの温厚さによる所だろう。
「……まあ、地上で喧嘩続行するよりは良いだろ。警察の厄介になっちまうしさ」
「それもそうね……何か、ブチ切れたのがアホらしくなるわ」
「……レイちゃんも、フタバや俺を助けてくれてありがとな。すげぇ、頼もしかったよ」
レイちゃんは恥ずかしげに俺を見上げて微笑んだ。俺は願望機を彼女に預け、フードをとった彼女の銀色の頭を、わしわしと撫でた。
この子のことは、「守らなきゃいけない子」だと思ってたし、今でもそう感じてはいる。現代日本で長く暮らしてきた俺たちにしかわからない、社会の機微ってのは間違いなく存在しているのだから。
……だが、同時に彼女は一人の人間だ。これから自立して、自分の意思で未来を選び進んでいくべき、一人の大人の女性なんだ。
その一歩として、俺の背中を守るように、一緒に戦ってくれたこと。その成長が、俺にとっては何よりうれしかった。彼女は、俺を見上げて照れくさそうに微笑んでいた。
「……ほれ、フタバとミツキも、頑張ってくれたしな。撫でてやろうか?」
「……要らないわよ」
「そっか、じゃナツオさんにでも撫でてもらえな」
「死ねっ」
……まあ、中年間近の兄妹がキャッキャと慣れ合いする光景を見せられても、カナコさんも、黒栖の坊主も、モグラ野郎だって困るだろ。そういう気持ち悪いのはナシだ。
「……ま、ありがとね。アンタが渡した不可視魔法のスクロールが無きゃ、あの執事はぶった斬れなかったわ」
「ああ、お疲れさん。ナツオさんも、嫁に仇を討ってもらえて本望だろうぜ」
「だから、死んでないって」
フタバと軽口をかわした後、俺はレイちゃんから願望機を受け取った。
「じゃ、再使用と行きますか――」
「――待てよッッッ!!!」
宝物殿に怒声が響いた。七光の小僧だ。……そういや、コイツの処遇のこと忘れてた。
俺はレイちゃんに再び願望機を預け、ショットガンを両手に持って、奴の方に向かった。
「なんなんだよっ……さっきから、お前ら……ベタベタと……っ!」
「あー、ホームドラマは興味ねぇか。じゃあ、お前さんもさっさと地上に送還して……」
「楽しそうに見せつけてんじゃねぇよっ!イヤミか?えぇっ!?」
……思った以上にキレてるな。ビビッて尻尾撒くかと思ってたけど、虚勢か、腹が座ってるのか、あるいは敗北の現実を直視できてないのか。
「願望機は俺のもんだ!俺が……使うんだよっ!」
「おいおい、負けはしっかり認めろよ……ガキじゃないんだからさぁ」
「イヤだっ……!俺は負けてないっ!願いは俺のものなんだよっ!」
「お前なぁ、いい加減に……」
「俺は……俺はッ!!!」
――――長耳エルフの、優しくてかわいい巨乳の子を、侍らせるんだよッッッ!
俺は、その余りに最低な願いに、どこかで聞いたような憐れな叫びに、引き金に伸ばした指を止めてしまった。
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