#38 時間よ、止まれ!
――とんでもねぇ爺さんだ。
俺とMOGURA……働き盛りの二人の男の山刀を、細身の剣で全部さばき切ってやがる。銃弾を落とせるって時点から強さは察してたが、桁外れだ。とんだガチ勢だぜ。
「そこまで鍛えて、あのガキを守りたいかねぇ」
「………………」
「……まあ、皆まで言わねぇよ。家族の事情なんて、まちまちだ」
「………………」
「だが、こっちも大真面目なんでな。おたくの事情が何であれ、願望機は渡さねぇ」
ガラスの足場は魔法の効果で再生しつつあった。もう動けない棺桶だが、それでも願望機回収のために、また破壊するのは骨も折れる。しぶとく抗戦を続ける爺さんに対し、俺達には焦りが産まれつつあった。
俺とMOGURAは、爺さんを山刀で突く。爺さんは、俺の頭狙いの剣をしゃがんで避けつつ、MOGURAの山刀に、レイピアをくるくると捩じるように絡め、力を入れたかと思うと、奴の山刀を上空に弾き飛ばした。
……速い上に器用な爺さんだな、おい。放り投げられた山刀は放物線を描き、重機から少し離れた地面に突き刺さった。
「ここまでだ……配信者!」
……銃弾をも凌ぐ、神速の剣閃。きっと、瞬きをする間に、MOGURAの上半身と下半身は泣き別れだろう。
> えっ、ちょっ、怖い怖いwwwww
> 獅子辻って60超えてるよな?動きヤバすぎんだろ…
> 土 竜 死 亡 確 認
> 処刑用BGM(セルフ)
一人称視点で鬼気迫る執事を見たコメント欄は、とんでもない勢いで流れていた。
まあ、当然のこととして、奴らはMOGURAの味方ってわけでも無い。告発配信をエンタメとして消費してるだけだ。
……それはそれで、やっぱ、なんか、ムカつくな。都合のいい連中め。やっぱコイツら「味方」ではねぇわ。
「配信終了だ……っ!」
爺さんは、袈裟斬りでMOGURAの胴体を、スマホごと両断すべく、レイピアを振りかぶった。
――響き渡る銃声。
爺さんの右腕が、レイピアを握ったままに千切れ飛んだ。
「……よしっ!執事の右腕ゲット!」
「カナコ……」
――カナコさんの狙撃だ。滅茶苦茶スカッとした笑顔でガッツポーズしてる。隣のミツキもちょっと引いてら。今後の円満な夫婦生活のためにも、凱旋後にはフォロー入れてやらんとな。
「――貰ったぜ、爺さん!」
俺の山刀の一閃。……だが、爺さんはまだあきらめていなかった。身をかがめ、回し蹴りで俺の拳を蹴り、山刀を蹴り飛ばしやがった。肉体派が過ぎるだろ。
――俺の武器が飛ばされると同時に、重機の側面にもう一人の人影が上ってきた。こぶしを握り締めたウェーブ髪の女……俺の妹、フタバの乱入だ。爺さんは、殺気に気付いて後ろを振り向いた。
「……フタバさん、ですか」
まるで、爺さんの声が聞こえていないかのように、フタバはよどみなく握った拳を、斜め上から振り下ろした。握られた拳で掌底を打ちこむように――
「蛮勇では、私には勝てぬと、言ったはずですよ――!」
爺さんは、フタバの一撃をガードすべく、左腕で頭を守る――
「――――違ッ?」
爺さんが違和感に気付いた時、既に、爺さんの左腕は斬り落とされ、頸動脈に切れ込みが入っていた。
フタバの握りこぶしは、爺さんに届く距離にはなく、その手のひらには筒状の隙間があった。握りこぶしの重心も、明らかに、徒手空拳のそれとはズレている。
――つまり、フタバは「透明な獲物」を握っている。
そう。フタバは、MOGURAの落とした山刀に、……元々はナツオさんの使っていた「魔導山刀」に、「不可視魔法」をかけて斬りかかっていた。
フタバの剣閃は止まることなく、爺さんの最後の首の皮を、斬り落とした――
「見事――――」
宙を舞う爺さんの首。それは、フタバの太刀筋を見届け、その身体を光の粒子に変えて、地上に飛ばされていった。ナツオさんの仇……ダンジョン最後の強敵、撃破完了だ。
「……悪いわね、ミツキ。カナコちゃんの初めての『同時入刀』、とっちゃったわ」
「そんな悪趣味なケーキ……注文するわけないだろ……っと!」
重機の足元にやってきたミツキは、レイちゃんや黒栖と、手探りでかき集めた、十個ほどの「透明な玉」を、上着で包んで投げて寄越した。俺はそれを空中でキャッチする。
……座席のガラス面はまだ塞がり切っていない。じゃあ、やることはひとつ。この「棺桶」を、内側から火にくべて、中の鼠を燻し出す。俺はミツキの渡した「玉」をゴロゴロと運転席に落とし、手元に残したひとつの「ピン」を、勢いよく引き抜いた。
――俺が運転席に投げ込んだ透明の玉は、ナツオさんの遺した、「倍加魔法」のかかった「魔導手榴弾」だ。
俺たちは、一斉に重機から飛び降りて距離をとった。
やがて、操縦席の中からころん、ころんという音が響き、慌てたボンボンの小僧が横倒しの「棺桶」の中をよじ登り、ドアを開けて飛び出した。
――棺桶は、轟音とともに爆発炎上した。
転がっていく願望機。
死に物狂いで車体から這い出た金髪のガキは、地べたを這うようにそれを追う。
――だが、その白く輝く宝玉は、こつんと音を立てて障害物にあたり、動きを止めた。
ゴブリン鍛冶特注の、頑強な探索用ブーツ。奴の見上げた視線の先。そこには、俺がいた。
「はいはい、お疲れさん。ゲームオーバーだな。七光の小僧」
「!」
俺は、願望機を拾い上げ、小僧にショットガンの銃口を向ける。
「願望機、確かに取り戻したぜ。願いは……俺たちのもんだ」
――決着だ。
「ハイ!タイマーストップ!記録は……四時間五十三分十七秒!宣言通りの五時間切りでフィニッシュ!」
MOGURAがカメラを手に俺に歩み寄る。HUDに映る動画のコメント欄は歓喜の嵐だ。
MOGURAが奴に向けるのは、一台のスマートフォン。告発を心待ちにした、数万のネットの視線だ。
コメントには、横暴で偉そうな七光へのディスりも多く混じる。やらかしがやらかしだ。こりゃ知事のリコール騒ぎでも起こるんじゃねぇか?……もっとも、この動画視聴者の何割が、ここの県民かなんて、知らねぇがな。
七光の小僧は、顔を青くして、モグラの方を見ていた。
……俺だって炎上経験者だ。この悪ガキも自分の蒔いた種とは言え、多少は気の毒な思いも芽生える。
「……願望機を諦めて、そのまま爆死してれば、顔出しせずに地上に戻れたんだ。俺的には温情のつもりだったんだが……ま、サイコロの目が悪かったってこった。俺の立場からすりゃ、家族をいじめてくれたお前さんを、誠心誠意助けてやる義理もない。……恨んでくれるなよ」
……聴衆ってのは無責任なもんだ。手を動かさずに制裁の執行者気取り……これが俺に向いたらと思うと、相変わらず末恐ろしいとしか言えねぇし、家族に向けられたらと思うと反吐も出る。
……だが、「これ」は、個々人の良心とかで制御できるもんじゃねぇんだ。「ネットの炎」は、「集合意識の化け物」は、そこに人間性なんて期待できない。それは、誰の味方にもならないんだよ。
当然、「俺の味方」にもなり得ねぇ。下手に気を許せば、自分の身を焼く。今後も、適度に距離を取っていきたいところだな。
「では、KAZUさん!走り切った感想を……どうぞ!」
はは、他人の心配してる場合でもねぇか。気の利いたことが言えなきゃ、また俺もネットのおもちゃだ。勘弁して欲しい所だ。
「はっ……明日は一日筋肉痛だろうぜ。もう若くもないんでな」
俺は、オーバーリアクションで肩を回して見せた。コメント欄には、中年間近の親父への、嘲笑とも共感とも愛着ともつかない、聴衆の混沌に形作られた、群衆感情の炎が揺らめく。
〆に一発、若造向けのチート小説の長文タイトルみたく、スカッとざまぁ発言でもして欲しいか?
……知ったこっちゃねぇよ。
「二度とやらねぇ」
「ははっ!モグラ殺しさんは、相変わらず手厳しい……っ!今日は、コラボ企画の快諾、どうもありがとうございました~っ!」
MOGURAはカメラを自分に向けてしゃがみ込み、七光の坊主と並んで自撮りをしながら、画面の向こうの視聴者に挨拶を飛ばした。
「それでは、七光知事の御子息が、重機で公共ダンジョンを破壊してる切り抜きは、サブチャンネルをご覧くださ~いっ!おつモグモグ~っ!」
……はっ!アウトロー配信者ってのは、抜け目のねぇ奴らだぜ。……まったく、楽しそうに炎と踊りやがる。俺は、お前ってやつが、恐ろしくて仕方ねぇよ。
配信を止めたMOGURAに、俺は口角を上げて、歯をむき出しに笑って見せた。MOGURAもまた、にやりと性格の悪い笑顔を返す。
てめぇみたいな、おっかねぇ「味方」なんか……もう懲り懲りさ。
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