#34 蛮勇デスゾーン
……死んでいない。
ナツオは死んだわけじゃない。魔力で構築された仮想身体を失い、帰還の指輪でダンジョンの外へ、地上の救護スペースへ、送還されただけに過ぎない。彼の体力を考えれば、おそらく、すぐにでも目を覚まし、今日の内にはもう変わらぬ日常を送れるだろう。
私だって、ここまで他の探索者を、銃で撃ち、鉈で切り、何人も地上に送還してきた。それは安全が保障されたからこそのことであり、こちらが気にも留めないように、身内が送還されても、まあ割り切れるものだろうと、そう思っていた。
……だが。
やっぱり、それでも、気持ちの問題ではあるんだ。
身内が殺される場面を見るのは、割り切れるもんでもないんだな、と、ようやく私は実感を持った。
「ふざけるな」「許せない」「ぶっ殺してやる」
出てくる言葉はこんなものばかり。もはや、指揮官などとても務まらないほどに、私の内面はぐちゃぐちゃだった。
自分の夫が、大量の爆弾を抱えて特攻し、腕を剣で斬り落とされ、背中から何度も突き刺され、しまいには粉砕機で肉片も残さず粉砕される。その光景をみて冷静でいられる人間なんているか?
いくら死ぬことはないなんて言ったって、それでケロリとしてる方が、私は人間性を疑う。
気が付けば私は、ナツオのドロップした「魔導山刀」を拾い上げ、執事のジジイに斬りかかっていた。
「……それは、蛮勇ですな」
「うるせぇんだよ、ジジイが」
老執事は、私山刀の剣閃を、時に受け、時にかわし、時に流し……有効打を与えさせることなく、正面からさばき切った。
私の荒々しい太刀筋は、力任せで技術も何もあったものではない。それでも。私は、このジジイに、一太刀入れてやらないと、気が済まなかった。ナツオが形にしようとした努力の結果すら意識の中に置けないほどに、私は怒りに支配されていた。
私は、山刀で執事の顔面を突く。それを紙一重で回避した執事は、時計回りに回転しながら、伸ばした腕で私の右上腕を貫く。そして、剣を引き抜くに合わせて私を足蹴にし、転倒させた。
老執事は、私を見下ろして口を開いた。
「淑女に剣を向けたり足蹴にするのは……、私の流儀ではないのですが」
「……価値観昭和で止まってんのか?時勢についてけねぇジイさんは、とっとと隠居して、ボンボンにミルクティーでも淹れてろよ」
「腰を落ち付けたいのはやまやまですが……これも仕事ですので。どうか……ご容赦ください」
執事のジジイは、私の背中を斬りつけた。底の抜けたバックパックから、レイちゃんの希望が、願望機が、零れ落ちる。
「!」
ここに来て、ようやく、私は、感情的になった自分の過ちを突きつけられた。
私たちが、このダンジョンにやってきた目的は――
「それでは、願望機は、我々が貰い受けます」
「か、返――――」
「……お断りいたします」
執事を掴もうと伸ばした私の掌は、宙を掴む。
執事は、再び飛び乗った重機のアームの上を走り抜け、元居た運転席へと戻っていった。
――何をやってるんだ、私は。
レイちゃんを、日本で、幸せに暮らせるようにしてやるために、ここまで来たんだろ?
オカンが、兄貴が、大事に思ってるあの子の笑顔が続くことを望んで、慣れない銃を持ってここに来たんだろ?
それが……どうだ。いくら旦那が粉微塵になったからって、取り返しがつく状況にもかかわらず、感情に振り回されて、全て台無しにして。
兄貴たちとの合流まで持ちこたえれば、まだ勝ちの目だってあったのに。一時の感情で、積み上げたものを、すべて失ってしまった。
結局のところ、私は、リーダーになれる器じゃなかった。オカンのことも、長男である兄貴に寄っかかって任せきりにしてた私には、別動隊でも荷が重かったんだ。
レイちゃんのことを大事に思ってるって言っても、所詮私は離れて暮らす家族でしかなく、当事者意識がまるで甘かった。
いつ、レイちゃんが重い病気にかかるのかもわからないのに、それをわかっていながら、私は――
目の前に、重機の粉砕機が迫る。
遠くで、ミツキと、カナちゃんの、声が、聞こえる。
それでも、私は、立ち上がれなかった。悔しい。不甲斐ない。……もう、自分が嫌になる。
ごめん、レイちゃん。兄貴。――ナツオ。
あなたの、勇気を振り絞った頑張りを引き継げなかった事、地上に戻ったら、謝らせて、ね……。
「障壁魔法――」
聞き覚えのある声と同時に、私の眼前に半球状の魔力の壁が現れた。凝固した魔力は、粉砕機のかみ合わせに挟まり、ガリガリという音を立てる。そして、煌めく粉塵を散らしながら、その動きを鈍らせた。
「加速魔法――っ!」
瞬間、眼前にサングラスと不織布マスクの人影が現れ、私はぎょっとした。そして、私の腰に触れた柔らかい感触が、私の身体を持ち上げ、全身が浮遊感に包まれた。
私は、ローブを着た小柄な「誰か」に腰を抱えられ、急加速しながら粉砕機の前を横切り、粉砕機の攻撃を逃れた。
私を抱えた「誰か」は、柱を蹴り、壁を走り、お姫様を抱えるように、私の体を持ち替える。そして、さながらフィギュアスケートの選手のように、空中で体幹をぐねりとひねって、横に回転しながら着地し、重機と距離を置いて向かい合った。
風圧でめくれ上がったフードからは、サラサラの銀の長髪が靡く。
髪と全身からふわりと漂う微香料シャンプーの香り。かわいらしいフサフサの耳。そして、背中に当たっている掌には、柔らかい「肉球」の感触――
「フタバお姉さん。もう、大丈夫だから、ね――」
ここまでくれば、流石に私も、誰かわかる。
……ああ。助けてあげるつもりだったのが……助られちゃったんだね。
「おいおい、それは、ちょっとカッコよすぎるぜ、レイちゃん――」
遅れるように入口に現れた大柄な男は、ショットガンを肩に担ぎ、私たちの方に向かって声を張り上げた。
私は、その時、悔しいけれど、心の底から安堵した。……なんだかんだ、私は、コイツを頼りにしてた、ってことなんだな。
私の表情は、自然と笑顔を作り、いつものように、特に意味もない悪態を漏らしていた。
「……遅せぇよ、兄貴」
「おう、ギリギリまで粘ってくれて、ありがとな、フタバ。あとは……兄ちゃんに任せて休んでろ」
……はっ、誰が呼ぶかよ。「兄ちゃん」なんてさ。
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