#33 戦場の老執事《バトラー・オブ・バトルフィールド》
――ナツオが、物陰から飛び出した。アサルトライフルを構え、運転席のガラス面を射撃する。……だが、重機には、相変わらず傷ひとつ見ることはできない。
「いやー……権力ってのはやっぱりありがたいもんだねぇ。必死になって無駄な抵抗をされるほど、こっちも『安全』ってもんの素晴らしさが分かるよ♪」
「………………」
――アサルトライフルのボルトが後退した位置で止まった。
ナツオは、かち、かち、とトリガーを引き、慌てたようにマガジンポーチから次弾を取り出す。
「おっ!チャンスじゃん!握りつぶしちゃえよ!」
「………………」
「……おい、獅子辻?」
……まあ、わかりやすい演技ではある。弾切れも、リロードのもたつきも、連中を誘う小芝居だ。けれど、あのボンボンどもからは距離もある。見破られるかどうかは半々と言った所だ。
けれど、連中も持久戦でしびれを切らしているだろう。ましてや、あのボンボンなら「さっさとやっつけちゃってよ~」とでも執事を炊きつけて、大きな行動を起こさせようとする可能性も高い。
万一、これで動きが無ければ、これを何度も繰り返して、運転席の中で不和を起こしてやればそれでいい。
だが、もし、動いたなら――
「!」
重機のアームが降ろされた。そして、その腕を、ナツオの方へとまっすぐに伸ばした。
体格のいいナツオの、頭からつま先まで、すっぽり覆うほど巨大な、互い違いのドリルの「爪」。
握るすべてを引きちぎる悪意の機構は、彼を掴み、捩じ切り、粉砕すべく、履帯の音を響かせながら、迫りくる――!
「倍加魔法――!」
……ナツオが、手持ちのスクロールを起動した。あの重機の持つ、必殺の「爪」を粉砕するために。
倍加魔法は、使用者の魔法や、魔法兵器の威力を任意の倍率増幅する魔法。これを使用した者は、例えば「魔導狙撃銃」を使用した際、そこから射出される魔法弾の弾速や貫通力、衝撃などが倍増する。
ナツオのスクロールの倍数は「3.5倍」。当初はカナコちゃんにこれを持たせることで遠隔狙撃を狙ったが、運転席がスモークでふさがれ中が見えないこと、ガラス面の流線形状や魔力保護により逸らされてしまう懸念が強い事、ライフルの弾の残弾が少なかったことなどから、使用するタイミングを逃してしまっていた。
――では、ナツオは、何の威力を倍加させるのか?
……その答えは、ミツキから受け取った……「手榴弾」だ。
ナツオは、リング状のピンに連なった紐に手をかける。遮蔽魔法で覆い隠され、透明となった大量の手榴弾を、一斉起爆させるために。
「自爆」――
それが、ナツオの出した最適解だった。
* * *
「……すばらしい」
「その男」は、両の腕を失って、その場に立ち尽くしていた。
「闘いの場において、『思いつくこと』と『実行できること』には、大きな隔たりがあります。眼前に広がる崖に際して、臆して走力を抑えた者は、そのまま奈落に落ちていくのが、勝負の世界の運命」
「その男」は、宝物殿を吹き抜ける風に、ボロボロになった服の破片を、花弁のように辺りに散らしていた。
「陳腐な言葉ですが……家族の『絆』が、それを実現したのでしょうな。大切な誰かを傷つけさせたくない。その為なら自分が傷つくことも厭わない。その固い意志が、この決死の攻撃を実現させたのでしょう」
「その男」は、力なく、膝をつきそうになり、後ろにいた男に肩を掴まれて、支えられながら立ち続けた。
――「その男」を支えるのは、片眼鏡の老執事。戦場の老執事、獅子辻 武年。
「その男」……私の夫である「谷岡ナツオ」は、切断された両腕を石畳の上に落とし、老執事の支えで、辛うじてその場に立ち尽くしていた。
その身体に括りつけた、十個あまりの手榴弾を、ひとつも起爆させることなく――
* * *
ナツオが手榴弾のピンを抜くべく紐に手をかけた時。私たちの意識は、迫りくる「爪」の粉砕機に、ナツオの顛末に集中していた。同時に、自爆で粉々に吹き飛ぶ彼の姿から目を逸らしたい気持ちとの葛藤で、ショベル自体への注意は散漫になっていた。
――彼に「爪」が迫ったその瞬間、重機の扉が、勢いよく開閉された。中から飛び出してきた老執事の姿に、私たちは呆気にとられ、銃の照準を合わせることすら念頭の外だった。
老執事は、ナツオに向けてまっすぐに伸びたアームを、さながら一本の橋のように走り渡り、先端の「爪」のアタッチメントを跳躍で飛び越え、そのまま空中で体幹を捻って振り返り、ナツオの背後をとった。
そして老執事は……レイピアでナツオの両の腕を斬り落とし、背中を高速で何度も突き刺した。紐を掴んでいた彼の腕が、音を立てて地に落ちたその後も、手榴弾は……起爆しなかった。
ピンに結びつけられた一本の紐。これは、ナツオの背中越しに貫通したレイピアに、ひとつ残らず斬り落とされていた――
* * *
「……いやはや、私の方も一か八かではありました。一本でも紐が繋がっている手榴弾があれば、誘爆で私も死に、送還は避けられなかったでしょう。左右対称に綺麗に手榴弾を取りつける、貴方の几帳面さに救われた形ですな」
老執事は、朦朧とするナツオの身体を支えながら、語り掛けを続ける。
「あるいは、この手榴弾を渡したであろう青年。彼が、あなたを巻き添えにしてでも、その魔導榴弾砲を打ち込める、非情さや胆力があれば、結果も違っていたかもしれません」
ナツオの目は虚ろだ。意識が残っているのかどうかも、定かではない。
カナちゃんが狙撃銃を構える。しかし、老執事はナツオを盾にするように、カナちゃんの方角に向けた。
カナちゃんは……銃を撃つことはできなかった。
「……あなた方は、家族の絆ゆえに、この非情な作戦を実行した。一方で、家族の絆ゆえにそれを完遂できなかった。強さと弱さは表裏一体、ということです。私にとっても、良き学びとなりました」
老執事は、ナツオを掴む位置を、肩から首元の襟に変えた。そして、一歩、また一歩と。近づいていく。重機の腕の先端へ。アタッチメントの「爪」へ。「粉砕機」へ――
「!」
「……『ナツオさん』でしたね?私は、愛する者のためにここまでのことが出来る、あなたという個人を、人として、探索者として、深く尊敬します。ゆえに、同じダンジョン探索者としての敬意を持って……あなたを、私の『力』の極致たるこの粉砕機をもってして、地上に送還させていただきます」
「……な、ナツ――――」
「お疲れ様でした、ナツオさん。いつかまた、お会いすることもあるやもしれませんが……その時は敵ではないことを、切に願っています」
老執事は、ナツオの身体を、粉砕機の中に突き飛ばした。彼の身体は、一片のかけらを残すこともなく、粉微塵に粉砕され、光の粒子となって、地上に送還された――
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