#26 三人寄ればバイトの契約
「じゃあ、まずこの書類にサインして」
「……なんですか、これ」
「日雇いアルバイト契約書。時給とか労働条件について記載してる。印鑑は朱肉用意してるから拇印で」
「あっ、はい」
ボールペンを三人に渡す。眼帯マントは、すぐにボタンをノックし名前を書き始める。
「……おいおい、黒栖くん。契約書はしっかり読まなきゃだめだよ。不利な契約内容が書いてあるかもしれないんだから」
「いや、でも、山神の人たちには世話になったんで……」
「それでも、だよ。連帯保証人契約なんかは、身内の関係ですらズタズタになるなんて、珍しい話でもないんだからね」
……MOGURAは慎重というか、流石に社会経験を感じるな。もっとも、こっちとしては特段やばい契約を結ばせて陥れるつもりもないが。……というか、レイちゃんやハル坊に用意したものと同じ契約書面だし、滅茶苦茶な個別契約なんて用意しようもない。
「……レイちゃんはまだ漢字読めないと思うから、俺が簡単に説明してやるな。サインはひらがなでいいよ。……ついでに、眼帯マントの坊主も聞いとけ。社会勉強だ」
* * *
かくして、レイちゃんと眼帯マントの契約書の記入が完了した。……「黒栖」は本名じゃねぇんだな。まあ、そりゃそうか。
一方、MOGURAの署名はまだ未記入だった。先行して目を通したのに、何を躊躇しているんだ、こいつ。ただの日雇いバイト契約だぞ?
「なんか、契約で気になる所でもあるのか?」
「……モグラ殺しさん。本来、僕がこれを言える立場ではないことは重々承知してるんですが、契約前に……あなたの指揮下に入る前に『条件』を飲んでいただけるまで、僕はこの契約書に押印しません」
「?」
MOGURAは神妙な面持ちで、俺の顔を見る。不真面目で軽薄な奴だと思ってたが、案外あれも動画向けの顔ってことか。
「……それは、内容次第だな。で、どういう条件だ?」
「『ダンジョン攻略の動画配信の許可』です」
「!」
「コンプライアンスに問題がある動画制作者が何を、と思うかもしれませんが……それでも僕は、自分のやってきた動画配信については『仕事』として取り組んできました」
「………………」
「なので『ダンジョン攻略』という作業について、事前取材などの明確な目的があるわけでもなく、自分の私的な都合でチャンネルの……僕の『会社』の資産を、他の事業者の『アルバイト作業』に利用するのは、ダンジョン配信を『ロマン』として視聴者に伝えることを使命にしてきた僕の流儀に反しますし、何より『面白い動画』を求めて金銭を投じて頂いた、視聴者に対しても不誠実と考えています」
……そうか。コイツ、動画収録や配信に際して、スタジオを法人化して、スタッフも抱えてるのか。俺たちとは別の方向性で、ダンジョン探索を「ビジネス」にしてる、ってことだ。
「なので、僕のチャンネルにおいて、当該攻略映像の配信を許可すること。これが僕の参戦の最低条件です」
……理屈はわかる。だが、それでも俺から言わせれば「こいつ、何言ってるんだ」って話だ。
そもそもとして、コイツが問題を先んじて起こしている以上、事業体としての健全性に疑問があるし、アウトローの論理と言っても差し支えない。対等な交渉が出来る立場か、と。
……だが、その反面で、コイツに「アウトローだからこそ」の強さがあるのもまた事実。「楽しい企画のため」という大義があるからこそ、視聴者はそれに金を投じ、それで重武装を実現して、俺たちにも挑めたわけだ。
……そして、状況を急ぐ俺にとっては、コイツの助力が欲しいというのは、偽らざる本音でもある。
「……レイちゃんのプライバシーはどうなる?キャシィ族の女の子なんて、てめぇのチャンネルで拡散されたら、好奇の的だろうが」
「プライバシー対策用のアイテムは持ち歩いています。こちらからは、不織布マスクと浮遊サングラスを提供できます。ローブのフードで耳も隠せるでしょうし、彼女の配置も後衛。彼女の素顔が見えそうになったら、僕の方ですぐにカメラを逸らしたり、配信中断も可能です」
MOGURAは、手元からビニール詰めにされた、色とりどりのスポンジ状のマスクを取り出した。
「……耳掛けマスクじゃ、レイチェルさんの顔に固定できないんじゃないすか?」
「ヘアゴムを括りつけて、輪にすれば問題なく固定できると思うよ」
「あっ……、この紫のマスク、肉球のワンポイントかわいい……」
……正直、やっぱり俺は「ふざけんな」と思う。
万一の事故ってのは起こることを考えるべきだ。……っつーか、俺の顔は普通に配信してたし。信用に欠けてんだよ。
「……信用を得るのは難しいとは承知しています。なので、これを飲んでいただけない場合は、別の形での償いをするつもりです。……警察への出頭でも、僕としては構いません」
「………………」
……本気の目だ。こいつ、こんな腹の座った奴だったのか。
だが、レイちゃんの身の安全を考えれば、コイツと組むのは……
「カズヒロさん、私、それで問題ないです」
「レ、レイちゃん!?」
「この人は、ちゃんと対策もしてくれるって言ってくれてますし」
「いや、だが……」
「……それに」
困惑する俺の目をじっと見つめながら、彼女は言った。
「カズヒロさんだけに、私、傷ついて欲しくない」
「……?」
「私だけ安全な所にいるなんて……イヤ。カズヒロさんが、ダンジョンでも『いんたーねっと』でも、危ない目に合ってる時に、私だけ安全に守られてるなんて、カズヒロさんだけが私を守って傷つくなんて、イヤなの」
「!」
レイちゃんは、両手の肉球で、俺の手を包み込んで、言った。
「傷つくときも、一緒にいよ?……私、あなたが一緒なら、こわくないから」
……おふくろかフタバかミツキに、俺の話を聞いたんだろうな。
それでも、彼女はインターネットの悪意を知らない。奴らは、全ての情報を完全に隠し切らない限り、誰であろうと「贄」にしようとする、悪辣な集合意識の化け物だ。
本来、俺は、彼女を身を挺して守るのが役目。そのはずなんだ。
――だが
俺は、彼女の存在を「頼もしい」と、そう感じてしまった。
兄弟と居た時にも感じたことの無い、側で支えてくれる誰かの温かみを、感じてしまった。
彼女と、「一緒に戦いたい」と、そう思ってしまった――
「……モグラ野郎。レイちゃんのプライバシー、絶対守り抜けるんだろうな」
「『最善を尽くします』。顔出しNGと明言したゲストの姿を映してしまうのは、僕のチャンネルの信用にも関わりますから」
「……『絶対できます!』なんて、わかりもしねぇことを安請負するバカじゃなくて良かったぜ」
俺は、手書きの「丘坂市後援ダンジョン探索者」と書かれたプレートを、カバンから取り出した。
「条件は飲む。だが、撮影許可は『願望機』獲得のシーンまでだ。願いは彼女の素性に直接かかわる。放送は絶対禁止だ」
俺の回答を受けて、MOGURAは頷き、カバンに手を入れた。
「承知しました。モグラ殺しさんにも不織布マスクを……」
「いらねぇ」
「?」
「俺はさっきまで顔出ししてただろうが。今更隠しても意味ねェし、同じ格好したらレイちゃんにも注目が集まっちまう。それなら……」
俺は、口角を上げながら奴に言う。こいつにとっては、最高のエサだろう。
「『MOGURA』と『モグラ殺し』。そのコラボRTAの配信。これの方が、てめェのチャンネルの注目にもなるだろうよ」
「!!」
奴の顔色が変わった。そう、それでいい。
「契約成立だな」
「はい……っ!」
奴は、迷うことなく「土御門竜」と署名をして捺印を押した。コトを決めたらスピーディーな野郎だ。
「っしゃっあッ!!モグラ殺しさんとのコラボ……、ついに来たぜ~~ッッッ!!」
奴はガッツポーズをしながら、大声で叫んだ。周囲の探索者も、ぎょっとした顔で俺たちを見る。
……ダンジョン入る前から注目集めてんじゃねぇよ。
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◆本日のパーティーメンバー
・山神カズヒロ(38):長男。正社員。魔導猟銃装備。前衛で全体統括。
・山神レイチェル(26):同居人。アルバイト。魔導杖装備。後衛を担当。補助スクロール多数。
・土御門竜(27):アルバイト。魔導銃火器多数装備。迷惑配信者だが、オールラウンダーで腕は確か。
・黒澤歴史(20):アルバイト。魔導色眼鏡他、攻撃魔法具多数装備。火力とスピード特化。
・谷岡ハルト(13):長女の息子。アルバイト。自宅でオペレーション参加。インターネット、アンダーネット情報を魔導映板に送信。
・谷岡フタバ、谷岡ナツオ、山神ミツキ、川澄カナコら、別動隊は最深部で待機中。
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