#25 リスタート・ダッシュ!
「――というわけで、これからレイちゃんには、俺と一緒にこのダンジョンに入ってもらうよ」
「………………」
「こわいモンスターやトラップも現れるかもしれないが、俺が責任をもって、レイちゃんを奥まで届けるよ」
「………………」
「……レイちゃん?」
レイちゃんは口を開かず、俯いている。やっぱり、得体のしれないダンジョンは、恐ろしいのだろうか……。
「この『指輪』……は?」
「ああ、『帰還の指輪』って言ってな。ダンジョンに入るための鍵で、大怪我をした時にも無事に地上に返すための、脱出装置さ」
「………………」
「……ダンジョンにいる間は外れることもない。これさえつけていれば、どんな怪我をしても大丈夫。心配はいらないよ」
「………………」
「ああ、ダンジョンから出たら、すぐ外していいからな。しばらくは、我慢してくれよ」
「~~~~~~っ!」
――猫パンチが、俺の左ひじに飛んだ。
――痛ッ?えっ?レイちゃん、なんで?
ちょっ……猫パンチやめて!痛い!結構痛いから!
白い体毛に覆われたレイちゃんの顔は、ほんのり赤く色づき、その瞳は涙ぐんでいるように潤んでいる。
……まずい、何か、レイちゃんを傷つけること言ったか?……考えろ、一体、なんだ?
……レイちゃんにやったこと……ダンジョンの説明、車の運転、チアキちゃんの引きはがし、帰還の指輪――
――指輪?
彼女の左手を見る。指輪のはめられているのは、彼女の、左手の、薬指――
俺は、血の気が引いた。
やばい。これは怒る。女の子なら、怒って当然だ。なんてこった……レイちゃんに、とんだ恥をかかせてしまった。
『そうじゃないんだ!気が付かなくて!』
『レイちゃんと、結婚とか婚約したいわけじゃなくて!』
『右手は不便だから左手にしただけで、どの指でも良かったんだ!』
『そんなことより、今はやることがあるから…!』
……浮かんでくる言葉が、どれもこれも、最低過ぎる。
俺は、何も言い訳を口に出来ず、ただ「ごめん、ごめんよ…」と、彼女に恥をかかせたことを謝り続けていた……。
* * *
「……ごめんなさい」
「いや、俺こそごめんな……女の子に、恥かかせちゃって……」
レイちゃんは、一通り怒って俺に猫パンチをした後、我に返ったように普段の表情に戻った。……申し訳なく思う必要はないよ、これは、間違いなく、俺が悪い。
……いっぺん死んだ方が良いな、俺。
「……カズヒロさんが、私の身体のために、頑張ってくれたの、わかってます。感情的になって、ごめんなさい……」
「いや、そんなこと考えなくていいんだよ。俺は、俺たちは、レイちゃんに元気で過ごしてほしい、それだけなんだ。だから……その、な?」
「……はい。私、ダンジョンに……行きます」
「良かった……、じゃあ、さっそく装備を渡すから……着替えが終わったらドアを開けて、俺に声をかけてな」
俺は、レイちゃんをワゴン車の後部座席に誘導する。装備の入った魔導金庫のロックを外し、ドアを閉めた。
……俺の女心への無神経さから、要らん失敗をしてしまったが、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。ここからは侵攻計画の整理だ。
まず、現状を整理すると、このダンジョンはゴブリンの村落を結ぶポータルが開通している。昨日丸一日をかけて繋いだ、安全な移動網だ。
基本的にはこれを使ってワープを繰り返して最深部に向かうわけだが、その道中にはいくつか徒歩経路もある。ワープの有効射程内に村がなかった場合は、セーフティーゾーンの間をある程度の移動時間と、モンスターや探索者襲撃リスクを負って移動する必要がある。
魔導地雷の敷設により、一定の安全性は確保できているところもある。だが、反面でコイツのせいで困ったこともある。
……第一階層は、直近のゴブリンの村まで地雷が埋め尽くされているのだ。俺が、後発探索者を寄せ付けないために埋めた、厄介トラップが……。
あの時点では、最深部に到達すればよかっただけなので、再走など念頭になかった。クリア後に一斉起爆での撤去を想定していたのだ。
しかし、俺は一人スクロールで脱出した。その結果、もう一度、俺は同じ経路を走ることになる。地雷まみれの地獄を……レイちゃんも引き連れて、だ。
……うむ、これに対してやるべき対処はひとつだな。悩むまでもない。これはまあ、どうにかなる。
問題はもうひとつある。
……レイちゃんの護衛が、俺一人では心もとないことだ。
人員の配置は最深部、宝物殿に集中すべきというのは変わらない。だが、これからの再走でも、まったく会敵しないわけではないだろう。……レイちゃんは非戦闘要員だ。銃の操作もできない。いくつかスクロールと、魔力増幅用の魔導杖を持たせているが、彼女を戦力としてカウントするつもりはない。
実家ダンジョンの時は、基本的に俺一人の戦闘で、誰かを率先して守る必要もなかったので(ハル坊はフタバに任せていた)、今回とはわけが違う。せめてあと一人……理想的には二人、追加人員が居れば……。
――ええっ?県外からの来場者は、事前予約が必要だとっ!?
ふと、名簿登録テントのそばから声が聞こえた。「規則ですので」と、受付の塩対応にあたふたするその男。
聞き覚えのある声のその男。黒いマントと眼帯をした、髪にメッシュを入れた中坊ぐらいの美的センスの大学生。
――俺の実家ダンジョンにおける山菜泥棒。†漆黒葬刃†の異名を持つ(自称)、黒栖の坊主だった。
* * *
「……というわけで、レイちゃん。俺たちのパーティーに加わる、眼帯黒マントだ」
着替えを終えたレイちゃんの前に、俺は眼帯マントを連れて来て挨拶させた。二人は、奇妙な空気感で互いにお辞儀をした。
一応面識あるんだよな、この二人。最初に実家で飯を食った時、コイツも隅っこで飯食ってたんだよ。おかわりもしてやがった。……思い返しても、ふてぶてしいヤローだな。
「いや……助かりました、カズさん。あのままじゃ俺、無駄骨でしたよ」
「おう、お前も入場する手筈整えてやるから、ちょっと待ってろな」
今回のこいつは、別に願望機テロとかを目的にしてるわけじゃなく、単純にスポーツ探索としてやってきただけらしい。ミツキたちのフォローのおかげで無事に更生の道を歩み始めてるようだ。……まあ、いい事だよ。本当にな。
そして俺は、二人を連れて救護テントの下に向かっていた。
眼帯マントの戦力に不安はないが、護衛と考えるともう一人いた方が安心だ。そして、俺にはその「もう一人」に心当たりがあった。
……不本意な野郎だが、な。
* * *
――俺が目を覚ました時、そこには逆光で暗くなったテントの影、底抜けに青い空が広がっていた。
ああ、そっか。俺……負けたんだったな、あの人に。「モグラ殺し」に。
……気分は清々しい。やるだけやって負けたんだ。特に悔いも残ってない。そして、雪辱戦のモチベも十分だ。
……けど、今は休みたいな。帰ったら、一週間ほど休みの告知でも入れるか。装備のビルドも再考したいし。
そのまま、流れで引退しようなんて気はない。結局のところ、俺は、MOGURAは、土御門竜は、ダンジョンが好きで、それに魅入られた、社会不適合の若造なんだ。俺からダンジョン探索を除いたら、何も残りはしない。
けど……大学で配信を始めて、もう、八年ぐらいかな?今日までずっと、走り続けてきた。毎日更新を休んだ日はない。
なら、いい加減、少し、休んでもいい頃合いかもしれないな、うん。スタッフの子たちにも連絡入れるか。休みの間は有給扱いにしてあげよう。
俺は、このあたりで旅館の部屋でも取って、ゆっくり休んで帰るとしよう。天然の温泉でも入って、名産のうまい飯食って、畳に敷いた布団に包まれて、窓際の狭いスペースで瓶ビールとつまみ買って、それから――
「……おい、起きろモグラ野郎」
――目を瞑って物思いにふける俺を叩き起こしたのは、容赦のないビンタと、聞き馴染みのある低い声だった。
……えっ?いや、なんで?
なんでこの人が……ここに?
「……てめぇも、眼帯マントも、ウチの敷地で散々迷惑かけたんだ。タダで許してやる謂れなんてねぇな」
「……その節はすみませんでした、カズさん」
目の前には、完膚なきまでに俺を打ちのめした男。彼は、しゃがみ込んで俺の顔を覗き込んでいた。
後ろに控えるのは二人。気恥ずかしげな表情の思春期ファッション青年と、かわいらしい猫の獣人の女性。
……なんだ?一体。
俺は……何をさせられるんだ?
「手伝え、小僧ども。運動公園ダンジョン……再走だ」
――――――――【番外編/急】――――――――
実家住みおじさん、
大好きなネコケモ娘とお供の坊主を引き連れて
運動公園ダンジョンRTAを再走する
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