#21 黄昏マイホーム
「チアキちゃんとレイちゃんと一緒に、縁側で日向ぼっこ……あぁ、幸せだねぇ~♥」
ユキエさんは、私の肩に頭を預けて、右手の肉球をフニフニと揉んでいる。
「ごくらく~♥」
チアキちゃんも、私の太ももに顔を乗せ、左手の肉球をフニフニしている。
この世界のヒトたちは、私の肉球を見ると、モミモミしたい衝動に駆られるらしい。……なんでだろう。
……カズヒロさんは、全然そんなことないんだけれど。やっぱり、男の人だから、気を使ってるのかなぁ。そういえば、ミツキさんやハルトくんからも言われたことないかも。
ずっと一緒にいるんだから、別に、カズヒロさんも、肉球揉んでも、いいんだけどな……。
……今、何してるんだろ。
土曜から、カズヒロさんは出て行ったきり。フタバお姉さんは、金曜の夜にハルトくんとチアキちゃんを預けて、カズヒロさんとどこかに出て行っちゃった。ミツキさんも、「みーてぃんぐ・あぷり」には退席中って、灰色に表示されてる。
三人が集まって……ってなると、やっぱり、一番の心当たりは「ダンジョン」かな。私がこの世界に来た時と同じ、地下深くの、不思議な迷宮。私の世界にもそういうのはあったみたいだけど、実際に見たことはなかった。
私は、いつものように「おしごと」のために朝起きて井戸に向かっていた時、突然光に包まれて、あの場所にいた。仕事を放棄して逃げたと思われたら、屋敷の「だんなさま」に鞭で打たれてしかられるかもしれない。その恐怖で動けなかった私を、三人はそっと介抱して、この家に連れて来てくれた。
それから私は、今日までずっと、幸せに暮らしてる。
それは、明日突然、全部夢だったって、終わっちゃうんじゃないかって、不安になっちゃうぐらいに。
「………………」
「……カズヒロが、気になるかい?」
「!」
ユキエさんは、私の顔を覗き込んでそう言った。優しく笑っているようにも、心配しているようにも見える、そんな顔で。
「まったく、レイちゃんを心配させるなんて、けしからん息子だよ。帰ってきたらたっぷり絞ってやらないとね……」
ユキエさんはぷりぷりと怒っている。ただ、それは何処かお芝居のような雰囲気でもあった。
私が、この家に来て二ヶ月ぐらい。カズヒロさんとユキエさんは、しょっちゅう喧嘩をしている。けど、実は仲が悪いわけじゃないんだって、最近はよくわかってきた。ふたりとも、本当のところはお互い大好きで、きっと、素直に言うのが恥ずかしいから、照れ隠しで言ってるんだと思う。
……ふたりとも、本当は仲良しなんだ。
お互い、心配もしない、気を使わなくていい、そんな関係なんだろうなぁ。……ちょっぴり、羨ましい。
「……心配をかけたり、気を使われることが……申し訳ないかい?」
「っ!!」
私の心を見透かすように、ユキエさんは訪ねてきた。
私は、つい、言葉に詰まってしまった。チアキちゃんは、不思議そうな顔で、私の顔を見上げながら、肉球を揉んでいた。
しばらくの沈黙の後、ユキエさんは、ゆっくりと口を開いた。
「……私も、そうなのよ。私たちはね、レイちゃんが思うほど、『思ったこと』を、そのまま伝えられる親子でもないの」
「えっ……」
「……この楽しい毎日はね、幸せな家族の暮らしはね……、レイちゃんがやってきたから、始められたものなのよ」
――私が?
茫然とする私を見て、ユキエさんは無言でうなずいた。
少し寂しげな表情を浮かべるユキエさんは、私の手を握ったまま、お庭を眺めた。
自然広がる山の奥。穏やかな春の日差し。私の、私たちの、安心できる、大好きなおうち。
なのに、どうしてだろう。ユキエさんの言葉を聞いて、この景色が、なんだか、とても、孤独で、寂しいものに感じてしまった。
「……少し、昔話をしようかね。私と、カズヒロの、ね」
* * *
カズヒロが生まれたのは、平成が二桁になるかならないかの頃。私と亭主の初めての息子だった。あの頃は私たちも若く、何をするにも手探りで、小さな怪獣のようなその子供をどう扱っていいのか、おどおどしながら、手探りで子育てをしていた。
この土地は山神家代々のもので、私はお義父さんとお義母さん、亭主と子供たちで、この家で暮らしていた。亭主の両親は早々に鬼籍に入ってしまったが、彼自身もまた早くに逝ってしまったことを踏まえれば、息子の死に目を見ずに済んだという点で、ある意味では救いだったのかもしれない。
亭主の家族は、現代の価値観で言えば「旧態依然」といった性格であり、亭主が働き、妻が家を取り仕切る、そういった家庭像を理想としていた。当初は私の共働きも反対するほどだったが、亭主の収入もそう多くはなかったので、やむなしという所で、二人が育ってきた時分にパートタイムで働き、家計を助けた。
義両親は私や亭主には堂々としていたが、とはいえ孫にはどうしても甘くなるのが老人という物だ。当初の角の立った振る舞いも、孫の前で見せるのはバツが悪いと、自然と丸くなっていった。反面で、夫は「父として示しをつけねば」と言うかのように、「厳しい父」を演じるようになった。
……私から言わせれば、ヘタクソな三文芝居だ。けれど、それはカズヒロとフタバの反骨心を育てるには十分だった。二人は強い自立心を持つ子に育った。ある意味狙い通りと言うべきか、「父親は嫌われてなんぼ」という旦那の思惑に沿う形で、彼らは成長した。
一方で、年の離れたミツキはマイペースなものだった。旦那も二人の成長で安心して気が緩んだこと、下手に怒ると二人がミツキを庇ったこと。祖父母も引き続き孫を甘やかしたことで、生粋の甘えん坊に育った。逆に私が不安になるほどだった。
……それでも、カナコさんといういい人と出会えたことで、私は安堵した。
フタバに至っては、心配する間もなかった。早々に、ナツオさんという良い旦那さんを見つけて、さっさと自分の家庭を作ってしまった。子供に自立心を持たせるという旦那の思惑が、当人の狙いを通り越して、巨大な実をつけたのだ。
……では、カズヒロは?あいつは「幸せ」になれたのか?
幸せの形は何も結婚だけではない。子供たちが成人するころには、既に多様性の叫ばれる世の中に差し掛かっていた。だから、本来なら「結婚しろ」などと催促すること自体が、「ハラスメント」だったことだろう。
……今はババァの私とて、昭和より平成を生きた期間の方が長いのだ。そんな事はわかっているさ。
だが、私は、カズヒロが幸せだったとは思えない。
それは、あの子が、兄弟の誰より……私すらも越えて……「家」を大切に思う、責任感に縛られた子供だったからだ――
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