#13 氷の上のタップダンス
俺たちの持つ課題意識は、先日のマタタビ事件で顕在化された。彼女の安全にも関わる重要な話。レイちゃんは「キャシィ族」。俺たち「ホモサピエンス」とは明確に別種であり、その生物的特性は全く違うということだ。
俺もおふくろも、兄弟たちも、レイちゃんのことは「人間」だと思っている。だが、それは尊厳や気持ちといった「概念」の話であり、明確な身体機能の差異を考慮しないことは、彼女に危険を与えかねない。これは「差別」ではない。彼女の安全のため、医学的、生理的に、配慮が必要な点だ。
尊厳も、健康も、全自動で担保されるわけではない。彼女が安全に、平穏に暮らすためには、俺は彼女のことを知らなくてはならない。これは、彼女をまったく別の世界に呼び寄せた俺の責任であり、同時に「罪業」そのもの……絶対に向き合うべきものだ。
* * *
居間のテーブルを挟み、向かいに座るのは、ミツキと、その婚約者の「カナコさん」。テレビにはフタバと、その旦那である「ナツオさん」が移っている。
「……ミツキから伺いましたが、カナコさんは管理栄養士の資格を持っているということで、御助言を頂けますと幸いです」
今日は、カナコさんが俺も含め、この家の家族に挨拶に伺う日だったが、その後、相談のお時間を頂いた。
「えっと、私の方もしっかりした助言を出来るかはわかりませんが……キャシィ族は異世界の方ですしね……」
「……はい。……ですが、完全な素人の自分たちより、有用な見解を頂けるかと思いまして……何卒、ご教示をお願いします」
俺は、机に手をついて頭を下げる。それを見たレイちゃんとおふくろも、頭を下げる。
……二人が申し訳なく思う必要なんてねぇ。レイちゃんは、俺に勝手にこの世界に連れてこられただけだ。おふくろだって、あの一件で反省して大分大人しくなっちまった。けど、そもそも、俺がちゃんと調べて、止めるべきだったんだ。
すべての元凶は、軽率さの報いを受けるべきは、俺だ。二人とも、もっと堂々としてくれてて……いいんだよ。
「……顔を上げて下さい、お義兄さん。家族のことなんです、助け合って当然ですよ」
カナコさんにも頭が上がらない……が、いつまでも頭を下げるわけにはいくまい。俺は顔を上げ、彼女に現状を伝えた。
「……自分がレイちゃんの話を聞く限り、異世界の植生や食文化は大きく変わらないようです。向こうでも、玉ねぎ料理やチョコレートを食べるキャシィ族は居たということですが、成分に確信はないので、現時点では控えてます」
「ふむ……そうですね……。近年、異世界産の食品が輸入される事例はあるそうですが、基本的に成分はこちらの世界と変わらないということです。食品衛生法に反するものが出回ることは、ないようですね」
「……キャシィ族向けの食品等の輸入は?」
「今の所、そういった事例は把握してませんね……まだ人的交流が活発でないことも大きいのかと思います」
なるほど、そうなると異世界の食品だけで彼女の食生活を構築することは難しい。
「レイチェルさんを見た限り……キャシィ族は、犬歯の発達などといった差異こそありますが、臼歯等はヒトと同じものです。基本的には、これまでも日本食で問題なかったということですし、今日まで食べてきた食事については、アレルギー反応もなかったようなので、問題ないとは思いますが、少しずつ検証していくとよいかと思います。必須栄養素のバランスは……、ホモサピエンスとは異なる可能性もありますね」
「塩分含有量については、どうでしょう?猫については結構問題になりがちですが……」
「それは、猫が小型動物で塩分量の処理能力が低く、腎機能の負荷が蓄積しやすいためですね。レイチェルさんは一般的なヒト女性と同等の体格ですし、環境的にも過熱や調味のある文化で生きてきた種族のため、人間に近いものと仮定できます。過信はできませんが……経過を観察していくことでしょうね」
「………………」
根本的な問題。キャシィ族が持つ生物的な特性の差異……。その多くは、カナコさんにも断言はできないことが多かった。
……当然だ。彼女は医師ではないし、栄養士としての知見はホモサピエンスに最適化されている。なんなら、医師や獣医だって同じだ。彼女にこれから降りかかる「問題」について、国の医療福祉のサポートを受けることは困難なのだ。
……なぜなら、人的移動が限定的である現在、キャシィ族の臨床データが、この現実世界には圧倒的に不足しているからだ。
この「令和ダンジョン時代」とも言うべき時代が始まって数年、異世界や魔法の存在は広く認知された。それでも、まだすべてが明らかになったわけではない。その「謎」のひとつに、ヒューマン系も含む異世界人の生態も含まれている。彼女が現代日本で暮らすには、現時点でもまだハードルが数多く存在する。
そんな中にあって、彼女の幸福とは「どちら」にあるのだろう。栄養状態の悪い前近代の異世界で暮らすことか、科学が発展しつつもホモサピエンスに最適化された現代日本で、手さぐりに生きていくことか。
俺は、自身の認識の甘さを突き付けられていた。それと同時に、ひとつの決意が燃え始めた。
気持ちだけじゃダメだ。彼女が安心して生きていけるようにするために、俺が出来ることは――
「……おふくろ、ちょっと兄弟で話すことがあるから、レイちゃんと席を外してもらえるか?」
「……わかったよ」
おふくろは、レイちゃんの背中に手を当て、ふすまを開けて、彼女の部屋に向かった。
「あの、では私も……」
「……いいえ、カナコさんとナツオさんは、この場に残って、話を聞いて頂けますか?」
「……?」
* * *
「……キャシィ医療の発展や、制度の確立を待ってるんじゃ、遅い。レイちゃんの安全確保は、急ぐ必要がある」
俺は口を開き、フタバ夫婦とミツキたちに向けて、俺の考えを話す。
「そもそも、栄養状態や食品だけの話じゃないんだ。……キャシィ族は医療に際して、健康保険の適用が可能か?結核や肝炎や麻疹、狂犬病の予防接種は?住民票は?銀行口座の開設は?」
現代社会に転移して、彼女は確かに、一緒に過ごせる家族のような存在を得て「幸せ」になった。……そう彼女も実感しているようだし、実際に出会った頃より、よく笑顔を見せてくれるようになった。そこについては、俺も、素直に良かったと思える。
……だが、その幸せが、いつ崩れるかもわからない不安定なものだとしたら?
……これから、重要な人生の選択をするのに不自由となる「欠落」が存在するとしたら?
……彼女は、これからも、これまで通り、安心して、幸せを享受できるか?
……山神家からの巣立ちを決めても、理不尽な罠で、せっかく手にした希望を失うことになっちまうんじゃないか?
――やってやるよ。
俺が、レイちゃんの人生に影を落とす存在を、全て除く。
彼女が、人並みの幸せを逃す可能性を、虱潰しにぶっ潰してやる。
無軌道な欲で、レイちゃんを、この世界に連れて来ちまった、……俺の「責任」を果たす。
「……みんな、協力してくれ」
俺は、頭を下げた。
ここに集まった兄弟と、義兄弟たちに。なんだかんだ、最後には頼りにしてしまう……俺の、最も信頼のおける存在に。
「俺たちで、もう一度、ダンジョンを、攻略する――」
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