#12 マタタビ度々大惨事
ある晩の食後、おふくろはテレビを眺めるレイちゃんに話しかけた。
「レイちゃんの住んでた世界には、マタタビってあったの?」
……このババァ、また良からぬこと企んでやがるな。猫好きの考える事なんて単純だ。
おふくろは、視線をテレビに送る。ご当地ダンジョンと名産品を紹介する地域紹介番組だ。
「いやね、この間国内の地方名産品でね、マタタビ茶とか、お菓子とか、漬物があるって見かけたのよ。もしかしたら、レイちゃんにとっても、楽しい嗜好品になるんじゃないかなぁ、って」
「……どうせ、自分で検索して調べたんだろうが。相変わらず、猫に関わることだけはITスキル上がりやがるな。もっと有益なことに活かせよ」
「アンタには話してないから黙ってな」
レイちゃんは、俺たちがいがみ合うのはどこ吹く風で、昔を思い出しているようだ。そうそう、うちの雰囲気にも慣れてきてくれたみたいでよかった。こういうやり取りに一々取り合ってたら、無駄に気疲れしちゃうからな。程よくスルーしてくれて構わないよ。
「キャシィ族の男性は、紙に巻いて火をつけて、煙にして吸ってるって聞きました。女性は……ちょっとわからないですけど、市場でスパイスとして積んで売ってるのも見ました。マタタビ料理もあったと思います……」
ふむ。煙草と同じ嗜好品か。そうなると、異世界のキャシィ族においても嗜好品の一種みたいな扱いになるんだろうな。……彼女は「人間」だが、それでも、身体機能の面では「猫」に近い所はある。そのあたり、種族の特性として辺に忌避せず、折り合いをつけて付き合っていくのも大事なのかもしれないな。
「よかったぁ……レイちゃんが喜ぶかと思って、取り寄せたのよぉ♥……お茶沸かすから、デザートにしましょ?」
「あ、ありがとうございます……!」
おふくろは、るんるんと部屋に戻っていった。居間には俺とレイちゃんが残る。……言外で俺に茶を沸かせって言ってるな。レイちゃんが飲みやすいように、濃い目に入れて、水で冷ましてやろうか。
………………
「……レイちゃん」
「なんですか?カズヒロさん」
「マタタビでヘロヘロになって、おふくろに変なことされそうになったら、俺の方に逃げてくるんだよ。……あのババァの目は、レイちゃんに不埒なことしようとする、ロクデナシの目だ」
女を酔わせて不埒な真似をする、妖怪ババァの魔の手から、レイちゃんは必ず守らねばならない。
「そんな、ユキエさんは、そんなこと……」
「する奴なんだよ。これでも、息子経験は長いからね……」
俺は、深くため息をついた。
* * *
「ふにゃあ……」
レイちゃんは、腰砕けになっていた。おふくろが、おいしい、おいしいと、次々勧めていく饅頭を食べるうちに、レイちゃんは酔ったように、ポーっとした顔になっていった。
「……おいババァ。このままレイちゃんを『お持ち帰り』みたいな、舐めたことしやがったら、庭に枯れ木の盆栽が一本増えることになるからな。覚悟しとけよ」
「……人をなんだと思ってるんだい?」
「クズ大学生の飲みサー主催の同類……かな。女を酔わせて狼藉なんて人のやることじゃねぇぞ」
「……やぁね、アンタにやましい所があるんじゃないの?」
「……てめぇが、ミケにマタタビ与えて、妖怪猫吸いババァになってるのを、何べん見たと思ってやがる。信用ねぇんだよ」
……流石に、おふくろと言えども二十四時間三百六十五日、猫にスリスリしてるわけじゃねえ。母親らしい距離感でレイちゃんと付き合っているのは、俺もよく見ている。
……だが、その瞳には、隠しきれない「狩人」のような眼光が見え隠れしているのを、俺は見逃さねぇ。このババァ、隙あらばレイちゃんのお腹に顔をうずめて、猫吸いする気でいやがる。とんだセクハラババァだ。今年の盆にはミケと親父に帰省してもらって「浮気ババァが」と小一時間説教してやって欲しい。
「ほら……♥ふらふらするなら、私が膝枕してあげる♥いっぱい甘えていいのよぉ♥」
「キッツぅ……」
「……カズ、お前は要らん」
「たりめーだろ」
レイちゃんは、「へへへ」と口元を緩ませながら、俺とおふくろの間でふらふらしている。やがて、彼女は、両手を畳について、四つん這いになって、歩み寄り始めた。
――――俺の方に。
「えへへ、カズヒロさぁん……♥」
「なっ……!?」
「……!!」
レイちゃんは、体重を預けるように、俺の腹に顔をうずめた。
「……ははっ!見たかよババァ!レイちゃんはおふくろより俺を信頼してるってさ!日頃の行いの違いだよなぁ!下心のあるやつってのは、普段の言行から態度が透けてんだよ!」
「そんな、こ……こんなことが、許されていいのかいっ!?」
「これが全てだよ!反省しろ、エロババァが!せいぜい滝にでも打たれて、煩悩を滅却して来るこったな!枯れ木にも多少の潤いは出るだろうぜ!」
「にゃあ……♥」
レイちゃんは、俺の腹に、顔を擦り付けている。いやぁ、本当よかったよ。俺も、日々の行動で、しっかり彼女に信頼されて……
…………いや、何かおかしくねぇか?レイちゃん、距離感バグってるぞ?本当に酒に酔ったみたいだな。
俺は、ギャーギャーわめくババァを無視して、スマホをいじり始めた。ババァも、様子がおかしいと思ったのか、俺のスマホをのぞき込む。
「……猫がマタタビで酔うのには諸説あるようだが、マタタビに含まれるネペタラクトールが蚊の忌避効果を持ち、それで虫よけに使ってる、か」
「……大学の研究結果だね」
「にゃあ……♥」
これが有力な説のようだが、念のため他のページのリンクも辿っていく。
「……マタタビラクトンは、猫にβエンドルフィンを分泌し、多幸感を与え……」
「ふむ……」
「性的興奮に近い行動として……発情期の代替に…………っ!!」
「……っ!!」
キャシィ族向けに露店で売られるスパイス。男は煙草のように、女は料理に入れて……。レイちゃんから聞いた、異世界の文化風習と、現代の獣医学的な知識が、シナプスで繋がった。
……「媚薬」じゃねーかッッッ!!!
「おいっ、レイちゃん!大丈夫か!?」
「カズヒロさぁん……♥」
レイちゃんは、俺のTシャツを涎でびしょびしょにしながら、腰に手を回し、抱き着いて離れない。おい……おいっ!
俺は、彼女を引きはがそうとする。……って、案外、力強いぞ!大人の男ほどではないにしても、体格から信じられないパワーだ……っ!おふくろの力じゃ引きはがせないぞ、これ!
「おい、おふくろ!やかんに水汲んで来い!今すぐにっ!少しでも薄めるぞっ!」
「ああっ……!待ってな!」
……ああ、なんてことしやがったんだ、このババァ!
女の子に媚薬盛ってなんて、冗談じゃない!本物の性犯罪じゃねーか!シャレにならねえぞ!
レイちゃんは、俺を掴んで、足をもぞもぞさせている。ああ、俺ももっと調べるべきだった……!
……ああ、くそっ!俺は、純愛派なんだよ!俺の目の黒いうちに、レイちゃんみたいな純真な子に、淫らな真似なんてさせられるかよ!
俺は、彼女の両手首を掴んで、床に押し付け身動きを奪った。
「にゃっ……♥」
……最悪の絵面だが、背に腹は代えられない。
俺は体重をかける形で、彼女を拘束し、一刻も早くおふくろが水を持ってくることを祈り続けた。
……後悔先に立たず。
二人掛かりで、レイちゃんに水をがぶ飲みさせて落ち着かせた俺たちは、すっかり疲弊しきっていた。
そして、異なる種族である彼女と、これからどう付き合っていくか、その課題を突き付けられたのだった。
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