#9 猫耳魅惑のショータイム
「眼鏡は、引っ掛ける場所がないから、どうしてもつらいなぁ……」
「コンタクトも、最初は怖いでしょうしね……そもそも、瞳の大きさもヒトより大きいかもだし……」
採寸を終えたレイちゃんを連れて、俺たちは眼鏡屋に来ていた。キャシィ族は猫に近い種族なので、視力があまり高くない。ここが庶民の識字率の低さに繋がっていて、社会階層の上に行きにくいことも、彼女の異世界での苦難の一因だったというわけだ。
深く考えていなかったのだが、レイちゃんの耳は頭の上部についている。耳に引っ掛ける眼鏡のツルでは固定できないのだ。現代日本で、猫耳ってこんなに苦労するのか……。「猫耳のお嫁さん」とか、馬鹿なこと言ってた奴をぶっ飛ばしてやりたくなった。
また、鼻筋が平坦なこともあり、鼻眼鏡をつけるのも難しい……。
「しばらく、手持ち眼鏡を使うのも手かも」
「すぐには無理だけど、浮遊魔法で浮かせるマジックアイテムみたいなのを作れるダンジョン鍛冶見つけて、浮かぶ眼鏡作ってもらうとか」
「それ、重さもかからないし、目元が疲れなくてよさそうね」
レイちゃんはというと、眼鏡のサンプルをつけての視力検査で、予想外の景色にびっくりしている様子だ。せっかくなのだし、彼女にはクリアな世界を見てもらいたいところだな。
* * *
「靴は時間かかるけど、お洋服は今日中に出来るって」
「よかったなぁ、レイちゃん。ブーツが武骨なのはもうちょい我慢だけど、綺麗なお洋服着て帰れるぜ?」
「あ……っ」
服屋からの連絡を受けて携帯を切ったフタバに、レイちゃんは、つい、また何かが口をつきかけたようだが、慌ててつぐむ。そして、少し考えて、ゆっくりと別の言葉を口にした。
「ありがとう、ございます……フタバ……お姉さん……」
「!!」
フタバは、いつもの仏頂面からは珍しく、少女のような明るい笑顔を見せた。
「うん!うん!いいね、お姉ちゃんって。いやぁ、ミツキだって『お姉さん』なんて丁寧に読んでくれないからさぁ……!すっごい嬉しいよ、レイちゃん!」
……コイツのこんな顔初めて見たかもしれんな。
思えば、俺たち兄弟はお互い気を遣わず、雑に付き合ってきたし、それが自然な関係だった。悪いことだとは思わんが、自分を素直に慕ってくれる、利害や扶養の関係のない相手ってのは、フタバにとっては大分新鮮なんだろう。
……ハル坊が小さい頃はデレデレだった所もあるが、それでも育児は大変だ。大人しくなって来る頃には、子供は成長して生意気になって来る。二人目のチアキの時は、ある程度幻想も晴れたというべきか、やるべきことを粛々とやってる感じだ。もちろん、二人とも愛しているのは事実だが、親としての責任を感じる部分は大きいんだろう。そのあたりは俺にはわからないことだし、妹ながら立派だなと思う。
だから、レイちゃんはそうした利害の外の存在として、素直に可愛がれる得難い癒しでもあるんだろう。親も人間だ。頼れる相手がいるなら、たまには子供を預けて息抜きだってした方が良い。
……そういう意味でも、俺はやっぱり、レイちゃんには既に感謝の方が大きいよ。フタバやおふくろを癒してくれて、ありがとうな。レイちゃん。
「ところで、兄貴のことは『カズヒロお兄さん』って呼ばないの?」
む……「カズヒロお兄さん」か。
……アリだな。ちょっと言われてみたいかも。
「カズヒロさんは……『カズヒロさん』が、いいです……」
えっ……、なんで……?
そんなに、俺が兄貴になるのイヤ……なのか?
フタバやミツキに見せてる姿がそんなにアレか?……凹むぜ。
……おい、フタバ。何ニヤニヤしてんだ。しばくぞ。
* * *
「わっ……」
「おおー……」
試着室から出てきたレイちゃんは、ライトパープルに白い襟とボタンのついた、かわいらしいワンピースを着ていた。髪や毛並みもきれいに整ったことで、まさに「お嬢様」といった趣だ。肩にかけた白いハンドバックもしっくりと来る。
「かわいい……お人形さんみたい」
「おう、良く似合ってるよ、レイちゃん」
俺たちの言葉に、顔を赤くして縮こまるレイちゃん。所作の一つ一つをとってもかわいらしいな。語弊を恐れず言えば「抱きしめたくなる」という言葉が最もしっくりくる、柔らかく、繊細な、かわいらしさだ。子供の卒業式で貸衣装着せた親とか、こんな気持ちになるのかな……?
彼女に着せるためには、その体格に合わせた調整は必要だったが、ワンサイズ上のものを仕立て直す形でフィットさせたそうだ。尻尾の箇所には穴を開けつつ、ボタンで固定可能なシュシュを根元に取りつけることで、穴から下着が露出しないようにしている。……仕立て屋さんの創意工夫すげぇな。
ウエストは調整可能で、体毛が伸びた時には調整可能というのもありがたい。今日の最初にトリミングを済ませたのも、服のサイズの見積もりを立てるためだ。今後、フタバのいないときにも、ペットサロンとヘアサロンには定期的に送迎を予定してる。俺自身が巡回経路を頭に叩き込むための脚役だったってわけだ。
「うーん、想像以上に、想像以上。今後も、どんどんお洋服あげちゃうわ」
「……いよいよ、おふくろ二号みたいになってきたな」
「アンタも、似たような気分でしょ?」
レイちゃんは、全身鏡の前で、スカートのすそを持って腰をひねってポーズをしている。信じられないものを見たように開いた瞳は、心の底から嬉しそうだ。今日一日付き合って、多少の疲れもあったが、彼女を見てると本当に、来てよかったと思える。
「まあ……、な」
「カズも、これからはレイちゃんに服の一つぐらいプレゼントしてあげなさいよ。今後この店は贔屓にするんだから、サイズの合わせだってできるんだから」
「男の俺の趣味で服あげて、喜んでくれるかぁ……?」
フタバは、はぁーっと深いため息をついた。なんだコイツは。
「……まあ、皆まで言わないわ。アンタ、センスないし」
「うっせぇ」
呆れたような顔のフタバから目を逸らし、俺はレイちゃんを見た。彼女は、はにかむような笑顔を俺たちに投げかける。
不謹慎ながら、俺はこの時「この子を現世に呼べてよかった」と、本心から考えていた。
* * *
俺たちは、ショッピングモールへと移動した。ここで購入するのは寝間着や下着だ。このあたりは、流石に俺が付き添うのはばつも悪いので、しばらく席を外したが、フードコートで合流の運びとなった。
「……結構買い込んだな」
「まあね、アンタの山林の管理も手伝えたらっていうから、ジャージも一緒に買ってきたのよ」
「えっ……そんな、レイちゃん。気を使わなくてもいいのに……」
「……好意なんだから受け取っておきなさい。箱入りにし過ぎて運動不足になるのも問題でしょ?」
……まあ、それもそうか。
一から十まで俺たちが世話を焼こうとし過ぎて、彼女の自立心を妨げるのも本末転倒だ。進んで手伝ってくれるなら、運動がてらに一緒に敷地を回るのも悪くない。自然豊かな環境だし、レイちゃんにとっても気晴らしにもなるだろう。
「俺一人で全部持って駐車場まで運ぶの、少し厳しそうだな……ちょっと、カート取ってくるわ」
「ああ、じゃあ私はアイスでも買ってくるわ。レイちゃん、ここで待っててもらえる?」
「はい……っ」
俺たちは、彼女と荷物をテーブルに残し、少しの間席を外すことにした。
* * *
……俺が、フードコートに戻った時。
レイちゃんの席の前には、ブレザーの高校生と思われる少年が二人、立っていた。
「うおっ!マジで、猫じゃん!」
「おい、動いた!ホンモノだぜこれ!やべえって!」
騒々しいガキどもは、彼女に、レイちゃんに、スマートフォンのカメラを向けていた――
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