#8 パシられファッションロード
「じゃ、オカンは二人をよろしくね。カズ、車出しなさい」
「おう。レイちゃんも、今日は色々大変だろうから、よろしくな」
「は、はい……」
レイちゃんはブーツを履き、俺たちに導かれるまま車に乗り込む。フタバは、レイちゃんと後部座席に乗り、慣れないシートベルトを手伝っている。俺は今日は脚役、そして荷物持ちだ。
――どこへ行くって?それは、女が集まってとなれば、鉄板だろう。
今日は、レイちゃんのお洋服の調達だ。
* * *
「……って言っても、やっぱりまだキャシィ向けのお洋服って市販品じゃ難しいし、オーダーメイドは一、二ヶ月は見た方が良いわ。今日は採寸ね。どこも事前に話は通してるわ」
レイちゃんは、高速で動く乗り物から見える初めての景色に夢中になっていたが、フタバの声でこちらを振り向いた。
「ふむ、受け取りはまだ先だな」
「ただ、既製品を仕立て直して、着られるように出来ないかも相談するつもりよ。そこは運任せね」
「良い感じの服があると良いな」
「それで、余所行きの服を注文したら、モールの方行って普段着で使えるゆとりあるものを買うわ。パジャマとか、スウェットとか、マタニティウェアとか……」
……えっ?
おいおい、なんか変なの混ざったぞ。
「……何考えてんのよ。単純に、レイちゃんの体毛が入り切る、ゆとりある服を買うだけよ。オカンに仕立て直してもらって、もっと普段着みたいに着られるようにしてもらうわ」
「あっ、そういうね……」
「……エロオヤジはお呼びでないわよ。集中して車走らせなさい」
……女の子の買い物に駆り出されるおっさんは、肩身が狭いぜ。
* * *
「じゃ、まずはここ。ペットサロン『ワン・シュシュ』」
幹線道路沿いのペットのトリミング店だ。店員が女性で、ガラス張りになっていない、大型犬などのトリミングも行っている、事情を話せる店を、あらかじめフタバが調べた。
「……ごめんな、レイちゃん。獣人系の子のトリミングをやってる店ってまだないからさ。しばらくはペット用のお店でお願いすることになるんだ」
「い、いえ……そんな。わたしだって、これまで体の毛を揃えるなんて、したことなくて……」
「そうなの?」
「他所の国だと、獣人の国の貴族の人が、召使の人に揃えてもらう……みたいな話は聞いたことはありますけど……」
なるほど。一般庶民は換毛期の生え代わりや、普段の水浴びぐらいしか、身だしなみの機会はなかったのかもしれない。それを考えると、選択肢は少ないとはいえ、現代日本の方が彼女にとっても、出来ることは増えるのかもしれない。……どうしても、俺の自虐的な気持ちは出てしまうが、「こっちに来てよかった」と思える程度には、色々と楽しんで欲しいもんだ。
「……じゃ、今日はレイちゃん、お姫様ね?ほれ、カズ。エスコートしなさい」
「かしこまりました、こちらへどうぞ。プリンセス」
「ちょ、ちょっと……よしてください。恥ずかしいです……」
かくして俺は、召使のように扉を引いて……あっ、自動ドアだここ。
* * *
「さっぱりしたわねぇ、レイちゃん」
三時間ほどの待機時間の後。
車に乗り込むレイちゃんの姿は、先程までと一変していた。毛並みは一律に揃えられ、言い方は悪いが「もさもさした」印象だったのが「良い所のお嬢様」といった雰囲気だ。ほのかに、いい匂いもする気がする……ってのは変態っぽいな。
「全身シャンプーするには、これもペット用のものを使うことになりそう。キャシィ族ってヒトより鼻がいいみたいだから、無香料のものを選ぶ必要あるわね」
「体質に合わなかったら変えるから、何か違和感あったらおふくろか俺に相談してな」
レイちゃんの返事がない。……ルームミラーの自分の姿を見て、ぽーっとしているようだ。
思うに、しっかり毛並みのお手入れをされた自分の姿を見るのは初めてだから、ということだろう。鏡に映った美人さんに、見慣れていないというところか。
「満足するのは早いわよ。トリミングは下ごしらえ……メインディッシュは山ほど残ってるし、どんどん美人になってもらうわ」
「山ほどのメインディッシュって、ずいぶんドカ食いだな」
「もう入らないってぐらい、今日はオシャレ道楽を楽しむわよ?レイちゃん」
「……あんまり、疲れるほど引っ張りまわしてやるなよ?」
車の向かう先は南東。同じく、フタバの調べた美容院だ。
* * *
ヘアサロンの方は、一般的なヒト向けのものだ。
そもそもとして、当初は全身のトリミングも美容院で出来ないかと考えたが、根本的に施設がそんな大規模なカットを想定していない。店としても対応できないため、トリミングとヘアカットは別の店を使うという戦略になった。
彼女の毛髪についてはヒトと変わらない。こちらも家では、人間用の無香料シャンプーを使っているらしい。
「キャシィ族のカットは初めてってことで、スタッフで相談したらしいけど、銀のサラサラロングをどう料理するか、めっちゃ盛り上がったらしいわよ」
「ヒトじゃそう見ない髪色だしなぁ、どう仕上げるか興味津々か」
「流石に、家でセットするのが難しい特殊な髪形は避けて、元の髪質を生かした物にしてもらうわ」
「冠婚葬祭のイベントの時とかは、そうとう盛り上がるんだろうなぁ……」
俺たちは、待合室で彼女のカットを眺める。はらはらと落ちた白い髪は、他の客の黒いものと混ざり、床にマーブル模様を作っていた。
* * *
「あー、もう既に、めっちゃ美人さんじゃん。オカンじゃないけど、撫でまわしたくなるわ」
後部座席で、フタバはレイちゃんの頭と顎を撫でていた。おふくろ二号は勘弁してほしいが、フタバは犬派だ。どちらかというと女友達のスキンシップ程度のノリなのだろう。レイちゃんも顎をゴロゴロ言わせている。
……男友達でやってるの想像するとキツいし、やっぱりやり過ぎか?
「……せっかくセットしてもらった髪を、ぐしゃぐしゃにすんなよ」
「わかってるって。お洋服を着る前に台無しにしたくないし」
「あの……」
レイちゃんが口を開いた。
「やっぱり、私、こんな……」
「はい、ストップ」
フタバが手をレイちゃんの口元に当てて、言葉を遮った。
「自虐はなしよ。今日は私がレイちゃんを美人さんにしたいから、連れまわしてるの。申し訳ないなんて一ミリも思う必要ないから、たくさんお着換えされなさい?」
「……お人形遊びじゃねぇんだぞ」
「控えめなのもレイちゃんの魅力だけどね、いつも『申し訳ない』なんて思われたら、それこそ気も滅入っちゃうわ。相手が厚意でやってる内はしっかり甘えて、自分にできる恩返しを考えていけばいいの」
「……そうだな。こいつも楽しんでるんだし、今日は目いっぱい楽しみな。これから助けを求められた時に助けてやればいいよ」
俺は、信号の前で停止した。
まだ切り替わりに時間がかかりそうだ。一言補足しておくか。
「……殺しても死なない奴だから、助けずに放っておいてもいいと思うけどな」
「要らないこと言わないでいいんだよ、バカ兄貴め」
後部座席からの蹴りが、シートを伝って尻を揺らした。
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