#7 キャット安堵リリース
「ごめんなさい……」
レイちゃんは、俺とおふくろに対して、粗相をしたと申し訳なさそうに謝っていた。
………………おい。
てめぇ、今、何考えた。ちげぇよ。そういう事じゃねぇ。殺すぞ。
……いや、すまない。これは俺だな。俺の言い方が悪かった。そういう事じゃないんだ。本当、レイちゃんにも、読者にも、誤解を与える物言いだった。申し訳ない。彼女の名誉のためにも、ここは弁明させてもらう。
――「畳」だ。
ここ一週間で、彼女の部屋の畳が、ボロボロになってしまったんだ。
理由は、彼女の爪だ。猫を飼ったことがある人にはわかるだろうが、猫の爪ってのは丸っこい手の中に格納され、普段は隠されているが、肉球をつまむとにょきっと伸びる、鋭い爪がある。
……彼女を猫扱いするのは不本意だが、やはり、生態や体の機能としては、人間より猫に近い部分は出てしまうことが多い。「爪」は、彼女と暮らすまで俺たちの認識の外にあるものだった。
また、異世界での彼女は、屋内で靴を履いて生活する場面が多かった。そのため気付いていなかったのだが、歩行時に足の爪が出ていることがあったようだ。その為、キャシィ族(猫獣人の名称らしい)の靴は底が厚く設計されているものらしい。
靴に関しては、外出に備えて靴屋に特注しよう。幸いにして、ダンジョン探索の潮流でオーダーメイドの靴を取り扱う店も増えている。あるいは、この間沈めたダンジョンに「帰還の絵巻」を使ってチェックポイントに「逆帰還」して、靴職人に頼むのも手だ。魔石払いもできるし、俺の頼みなら安く引き受けてくれるだろう。……厚意に甘え過ぎるのもよくねぇが。
ただ、そうは言ってもここは日本だ。基本的に屋内では裸足で過ごす。彼女の部屋はフローリングでリフォームするとしても、居間や他の畳の部屋も一気に、ってわけにはいかない。
また、床のクッション性も下がると、年をとったおふくろの足腰にも来やすくなっちまうだろう。クッションフロアやマットを使うってのも、レイちゃんの件に関しては、根本的な解決に繋がらない。
「……爪切りを使ったことは?」
「その、向こうでは高級品で、キャシィ族の中でも限られた者しか持ってませんでした……。庶民は、共用の立ち木で『手の爪』を研いで、『足の爪』は靴もあるのでそのまま……」
「そっか。こっちの爪切りは量産品だから、それで何とかなるかもな。ちょっと居間から持ってくるよ」
おふくろは、悲しげな顔をしているレイちゃんの頭をなでて慰めていた。
……いかん、年をとると他人の悲しい顔が、涙腺に来るんだ。ここで俺が男泣きするのは、流石に意味わからんが過ぎる。俺はそそくさと居間に向かった。
* * *
「ああー……、レイちゃんの爪だと、俺たち用の爪切りは隙間が狭すぎるんだなぁ」
「そうねぇ……私らの爪は横に平たいから、猫の爪を大きくした形は、上手く入らないわねぇ」
「横向きに入れて……あっ、支柱にぶつかっちまうか。何度かに分けて切る……は大変だし、爪が割れてケガするかもしれないな……」
俺たちは頭をひねる。レイちゃんは相変わらず申し訳なさそうにしている。身体のことだから仕方ねぇだろうに、そんな肩身を狭くされたんじゃなぁ……。早く解決してやらにゃ、かわいそうだ。
「……いっそ、猫用の爪切りを使うのはどうだい?」
「ああ、昔ミケに使ってた……衛生上は感心しないが、消毒すれば確かに……」
「じゃあ……」
「あっ、いや……大きさの問題もあるな……『穴』に収まらないかもしれないし、よく考えたら強度面にも心配はある。ゴブリンの鍛冶屋に大き目のを発注するのは手だけど、納品まで一ヶ月はかかるかもな」
「うーん、なかなかままならないわねぇ……」
「それは並行して準備するとして、喫緊としてどうするか、フタバやミツキにもアイディア聞いてみるか」
* * *
「ネイルニッパー使ってみたら?」
「……『ネイルニッパー』?」
聞いたことないが……爪用のニッパーか?猫用の爪切りのことじゃないよな?
「……美容用品になるのかしら?ハサミ状で握って切れる爪切りがあるのよ。普通の爪切りと違って、大きな爪も引っかからないし、握りで力も入るわよ。そこからやすりで整えてやればいいんじゃない?」
「おお、ナイスアイディアだ。薬局にも売ってるかな?ちょっと車出すか」
「……んー。いや、私が置いてったの残ってるかも。化粧箱残ってるかもだし、物置を探してからにしたら?」
おー、いいじゃん。もしかしたら、すぐ解決できるかもしれねぇな。
「流石にこういうのは女に相談するのが近道だな。恩に着るぜ」
「いいよ。……でも、そうかぁ。レイちゃんも女の子だし、今後もファッションとか美容とか、相談にのってあげてもいいかもね。楽しそうだし」
「おう、美人さんにおめかししてやってくれよな」
「それはいいけど、くれぐれもレイちゃんに手を出したりは……」
「しつけぇ。出さねぇっつってんだろ。繰り返し同じこと言うのは、ババァの入り口だぜ?美容もいいけど、内面のアンチエイジングもな」
「……死ねっ」
俺は通話を切った。まあ、持つべきものは女兄弟だぜ。さっそく、押入れの「探索」開始だ。
* * *
……俺は、片膝をついて、彼女の足の爪を切っていた。
いや、これは本来おふくろに任せるべきだと思う。だが、おふくろは力の衰えがあるのと、実はかなり不器用だ。数年前まで生きていた往年のミケの爪切りについても、実の所、俺が担当していた。
猫の爪には血管が通っている。うっかり切る場所がズレると、血が出ちまうこともある。そんな事になっては猫は悶絶ブチキレ必至だ。爪切りの雰囲気を察したら即逃げるようになっちまう。
そんな事もあり、おふくろがレイちゃんの爪を切ろうとした時、緊張も重なり手が震えていた……。流石に、これは任せておけない。そのため、彼女の爪切りは、練習して慣れるまで、俺がやることになった。本当、女の子に対して、申し訳ないぜ……。
「ごめんねぇ、レイちゃん」
「本当、不器用なバァさんと、こんなオッサンしかいない所帯で、ごめんな……」
「いっ、いえ……もともと私が……」
謝罪合戦が始まってしまった……。そんな中でも、ぱち、ぱち、と音を立てて、彼女の爪の先端が切り落とされる。
要らんことは考えない。無心だ。彼女には悪いが、大きな猫の爪切りと同じと考えよう。あるいは、自分をネイルアーティストとかネイルサロンみたいな所の従業員だと考えるとかな。……入ったことねぇからわかんねぇな。ああいう店って、男も働いてんのか?
全ての爪切りが終わり、俺はやすりで彼女の爪を丸く整えた。指でなぞっても、爪が引っかかることはない。
「……この部屋の畳は気にしないから、歩いてみて引っ掛かり感じるか試してごらん」
「は、はい……」
彼女は、畳の上を歩く。意識的に爪を出しても、畳の目と垂直に歩いても、引っ掛かりを感じることはないようだ。不安もあったが、これで問題は解消だな。よかったよ。
「すごく、歩きやすいです……!ありがとうございますっ!」
「ああ、また伸びて尖ってきたら、俺が切るからさ。遠慮なく言ってくれ」
「えっ……」
彼女の顔が、少し照れたように赤くなる。……ああ、無神経だったか?でも、こればかりは、おふくろやレイちゃんが出来るようになるまで、やっぱり不安も大きいしなぁ。早めに、ゴブリンに専用爪切りを頼むか。
「しばらくは、不便させちゃうし、恥もかかせちゃうけど……俺のことはさ、召使いだとでも思ってくれれば、さ」
「そんな……」
相変わらず、レイちゃんは申し訳なさげだ。……一緒に暮らす以上、どうしても不便は発生する。そのあたりは、お互い助け合えばいいんだ。今後、俺たちがレイちゃんを頼るかもしれないんだし、いつまでも引っ込み思案でいられるのは、こちらとしてもいたたまれない。もうちょっと、気楽に過ごしてほしいな。
「なんでもお申し付けくださいませ、レイチェルお嬢様」
「……っ」
俺は、ふざけて執事っぽいお辞儀のポーズをする。左右逆だったかな?
……あれ?意識的に道化を演じたつもりだったが、これ、ナルシストの勘違い野郎っぽくね?うわ……羞恥心が押し寄せてくる。顔をあげるのに、妙に勇気が必要になっちまった。
「な、なんちゃって……」
「もうっ、やだ……カズヒロさんったら……」
俺が顔を上げると、彼女は口元に手を当てて、くすくすと笑っていた。よかった……勘違い野郎にならずに済んだ。
改めて、レイちゃんが笑ったのって、今日が初めてかな?かわいい笑顔だ。……これまで、窮屈な思いさせちまってただろうしなぁ。今後は、少しでも、楽しい思いをしてもらいたいもんだ。
「ほらっ、レイちゃん!よく頑張ったわね~っ♥これ……ご褒美っ♥」
おふくろが、ツナ缶を持ってきた。レイちゃんは猫じゃねぇっつってんだろうが、ババァめ。
……ま、レイちゃんの目は輝いてるしな。今日だけは大目に見てやるぜ。
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