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雪の物語

作者: 葉沢敬一

毎週日曜日午後11時にショートショート1、2編投稿中。

Kindle Unlimitedでショートショート集を出版中(葉沢敬一で検索)

僕があの粉雪の夜、彼女と出会ったのは、本当に偶然だった。


季節は冬。僕はいつものように、仕事帰りに一人、駅前の公園を通り抜けていた。街灯が淡く照らす公園のベンチには、誰かが座っているシルエットが見えた。まるで光の中に浮かび上がる幻のように、彼女がいたのだ。膝に小さなトートバッグを置き、手袋をした手をすり合わせながら、目の前を舞う粉雪をじっと見つめていた。彼女の横顔には、何とも言えない寂しさが漂っていた。


僕は何故かそのまま通り過ぎることができなかった。「あの、寒くないですか?」と声をかけてしまったのだ。これが僕たちの始まりだとは、あのとき想像もしていなかった。


「え?」

彼女は目を見開いて僕を見上げた。薄紅色のマフラーに包まれた顔が、寒さでほんのり赤らんでいる。その様子に、僕は何故か胸がドキンとした。彼女は一瞬戸惑ったようだったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「大丈夫です。でも、ちょっとだけ寒いかも」


その答えに、僕は自分が手に持っていた缶コーヒーを思い出した。まだ温かい缶を彼女に差し出すと、彼女は少し驚いたように目を丸くしながらも、それを受け取った。


「ありがとう、こんなに寒い夜に助けてくれるなんて、まるでヒーローみたい」


僕は冗談混じりに「いやいや、ただの通りすがりの普通のサラリーマンです」と笑ったが、彼女は小さく笑いながら「でも、通りすがりにしては優しすぎるよね」と言った。その瞬間、何かが胸に込み上げたのを感じた。


数週間後、彼女と僕は何度か偶然にその公園で会うようになった。いや、偶然というよりは、次第に互いがその公園を訪れる理由を見つけ始めたのだ。仕事帰りの僕は、雪が降るたびに公園を通り、彼女もまた、粉雪が舞う夜にはベンチに座っていた。次第に、僕たちの間には自然な会話と、何ともいえない安心感が育っていった。


ある日、彼女が僕に突然こう言った。「ねえ、実は私、ここに座っていたのは待ち合わせしていたんだ」僕は思わず「え、誰か待ってたの?」と尋ねてしまった。彼女は一瞬ためらったが、意を決したようにこう続けた。「うん、でも、その人が来なかったから、もう待つのやめたんだ」


「そうなんだ……」僕は何と言っていいか分からず、視線を彼女から外し、舞う雪を見つめた。その時、ふいに彼女が笑った。「でもね、その代わりに、あなたに出会えたんだから悪くないかも」


僕は驚いて彼女を見つめた。彼女の瞳には、まるで粉雪が降り積もるように、優しい光が宿っていた。そして、気がつけば、僕も同じように笑っていた。


「あのさ、じゃあこれからは、僕が待ち合わせの相手になってもいいかな?」僕は思わず口に出していた。


彼女は少し驚いた表情を見せたが、やがてにっこりと笑ってうなずいた。「うん、もちろん」


粉雪が二人の間に降り積もる中、僕たちは静かに立ち上がり、一緒に歩き出した。駅に向かう道はいつもと変わらないはずなのに、なぜかその夜はすべてが輝いて見えた。


そして、僕は確信した。彼女と一緒に歩くこの道は、これからもずっと続いていくのだと。


「雪が解けたら、もっと楽しいことが待ってるはずだから」


僕たちは手をつないで、静かな粉雪の夜を歩き続けた。

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