エルフ王国北部辺境伯領
こんにちは紫兎★です。
あらすじにも書きましたが、今回は「帰還者達の物語」に繋げるための「アストレア第三部」の改訂版です。
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「シルマリク様、メイド長の見立てでは、アミレイラ様が産気づかれたようでございます!指示をお願いします。」
「何?急いで賢者スミイルを呼べ。一昨日妻を診察してもらった時には、奴はまだ一ヶ月は生まれないと断言しておったぞ!」
メイド長のアルミの言葉により、エルフ王国辺境にあるシルマリク辺境伯領では、久しぶりの出産に上を下への大騒ぎが生じていた。
妻のアミレイラは、現在のエルフ王サリテューユの妹に当たり、子供の少ないエルフにとっては、例え降嫁したと言っても久々の王族の誕生であった。
サリテューユにとっては、古王国の血を引くシルマリクに妹を嫁がせることは冒険であったが、古い血を持つ彼と妹では子供の産まれる可能性は低いと考えてその婚姻を認め、より安定した支配を目論んでそれを許していたことが裏目に出たとも言えた。
「まだか!まだスミイルは見つからないのか!何のために高いお金を払って宮廷魔導士として雇っているのだ!役立たずめ!」
妻の部屋の前で、右へ左へとクマのように右往左往しているシルマリク辺境伯の耳に、大きな赤ちゃんの泣き声が届いた。
「う、産まれたか!」
「お館様!女子でございます。珠のような女の子でございます。」
メイド長のアルミが、勢いよくドアを開けて飛び出してくると、
「ウォォォォォォォ!」
とシルマリク辺境伯は絶叫をあげて、その喜びを表現した。
「でかし… 」
褒め言葉を与えようとした彼は、その時メイド長の顔色が悪いことに気づいた。
「どうした?悪い知らせか?」
その言葉に、メイド長のアルミは部屋の扉を開け、シルマリク辺境伯のみを部屋へと誘導した。
妻の容態が悪いのか?赤子の容態が悪いのか?そんな不安に苛まされながら、カーテンで仕切られたベッドに近づいていくと、満面の笑顔を浮かべた妻に抱かれた娘が目に入った。
娘は白い大きなバスタオルに包まれていた。泣いてはいなかったが両手はよく動いており、元気であることが簡単に想定され、色の白い肌に、白に近い銀色に少し虹色の混じった髪は、とても神秘的で美しかった。
「… 虹色の混ざった白い髪?」
シルマリク辺境伯が、急いでベッドへと駆け寄ると、その赤子は、それに気づいて満面の笑みを浮かべて彼を見た。
「に、虹色の瞳… 」
種族に関わらず、白い髪に虹色の瞳を持つものは、全ての魔法に適正があり、莫大な魔力量を有するとされていた。もしもエルフにそのような子が産まれれば、それは神の特性を持つ子とされ、先祖返りであるハイエルフであると伝えられていた。
「ハイエルフだというのか?」
古王国の血を引くシルマリクは、『ハイエルフが誕生した場合は、それがいかなる生まれであっても、エルフを率いる者であり、生まれながらにしてエルフの王である。』という伝承を受け継いでいた。
この国は、先の戦乱もどうやら乗り越え、やっと安定を取り戻してきたばかりである。ここで王となるべきハイエルフが誕生したとなれば、現王を支持する者達と、この子を支持する者達との間で、再び戦乱が起こる可能性が高いことは容易に想像がついた。特に現王であるサリテューユは支配欲、顕示欲が強く、容易に王位を移すことなど考えられず、争いが生じることは間違いないとも断言できた。そしてそれは同時に、自分がエルフの王に立つ可能性が完全に消失することも意味していた。
シルマリクは頭を抱え込みながらも、回らぬ頭をフル稼働し、このことを知っているのは妻と私とメイド長だけであることを思い出した。
そして決意を固めると、妻の世話をする為に寄ってきたメイド長を一刀のもとに斬り捨てた。
「あ、あなた、何をするのですか!」
シルマリク辺境伯は、真っ二つになったメイド長を土魔法で服を着たままその全てを砂へと変え、風魔法で開け放った窓から一粒残さず吹き飛ばした。
「あ、あなた… 」
あまりの突然の夫の行動に、アミレイラは言葉をなくした。
「言いたいことは判っている。この責任は俺が取る。お前は何も知らなかった。目覚めたときには終わっていた。それで良い。」
「姉上のことですか?」
「そうだ。古来よりハイエルフとして生を受けた者は、エルフの王であるという為来り(しきたり)がある。これを覆すことはエルフとしては神に背く行為だ。しかし、キミの姉上がそれを遵守することはない。神獣であるフシオ殿を陥れ、幻獣達を支配下に治めていることだけでも神の教えに背いている。」
そう言って、シルマリクはジッと自分を見つめる赤子を見て、複雑そうな表情を浮かべた。
「今の私達にこの子を護る術はない。この子が成長すれば現況は変わるが、それを待つだけの余裕もない。」
「どうしようと言うのですか?」
「サリテューユ王には、この子がハイエルフであることは絶対に知られてはいけない。その為には、この情報を知っている者は少なければ少ない方が良い。メイド長のアルミは、キミが王城から連れてきたエルフだ。王とも繋がりがある。危険を考慮すれば生かしておくことはできなかった。本当に申し訳がない。」
アミレイラは、夫が言う意味がしっかりと理解できていた。エルフにとってハイエルフであるということは、まさに神であると同義であることは充分に理解していた。
まさか自分の娘がそんな存在になるとは思ってもいなかったが、その娘が争いの中心になる危険性はかなり高いことも判っていた。
「髪の毛を黒色に、瞳も黒色にする変化の魔法を娘にかけるが構わないか?これは呪いの魔法の一種で魔臓の働きを封じる。故に魔法をすべて失うことになる。私が解除するか、娘の潜在魔力が、私の魔力量を超えるまでは決して解けることはない。しかし黒色の瞳と髪は、エルフにとっては無能の証だ。果たして、娘がそれに耐えることができるのか?娘にそんな過酷な仕打ちをしても構わないのか?そのことだけが私の心を鈍らせる。」
「構いません。それが娘の命を救うのなら、私もそれを選択します。」
そう言って、アミレイラは夫に抱きつき泣いた。無能を産んだということになれば、私も今の立場を失う可能性は高くなるかもしれない。エルフにとって、黒髪黒目はそれほど侮蔑の対象になるのは間違いないことだった。
シルマリクが、小一時間ほどの長い呪文を慎重に唱え続けると、部屋中に真っ黒な闇が広がり、僅かな先も見通せないほどとなった。
そして、唱え終わると同時にその一筋の光も通さない闇は、まるで吸い込まれるように産まれたばかりの娘の身体に染み込むように消えていった。
それと同時に明るく白銀色に輝いていた髪は、闇夜に溶け込むような真っ黒なくるくるした巻き毛の髪となり、虹色に輝いていた瞳は、一切の光も映さない漆黒の瞳へと変化した。
アミレイラは、そんな娘を強く抱きしめてひたすらに泣いた。零れ落ちる涙は、留まることを知らず、ポロポロポロポロ流れ続けた。
それを見るシルマリクの顔には、妻に対する憐憫の感情は伺えたが、先ほどの妻に語った言葉とは裏腹に哀しみよりも野望を感じさせるギラギラした瞳と、事を成したあとのようなやり切った感を感じさせた。
そんな時だった。軽薄そうな声が入り口から聞こえ、何も許可を得ることなく、そのまま開かれた。
「辺境伯様ぁ、お待たせしました。スミイルです。何か御用ですか?」
アミレイラは、娘を隠すように抱きしめ、シルマリクは、スミイルの視界を隠すように立ち塞がった。
「あれ、あれぇ。娘さんに何かトラブルがありましたか?このスミイルが何でも解決いたしますよ。」
そう言って、シルマリクに束縛の魔法をかけて押しのけると、アミレイラが抱きしめている娘を奪い取った。
「あれま、黒髪黒目ですか。まさか王妹と辺境伯様の娘さんが、出来損ないの無能とは、これはもう処分案件ですね。私が何とかいたしましょう!お任せあれ。」
その言葉を言い切らぬうちに、シルマリクの長剣がスミイルに振りおらされたが、その剣の前に産まれたばかりの娘を出されて慌てて剣を止めた。
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