白い空間
こんにちは紫兎★です。
あらすじにも書きましたが、今回は「帰還者達の物語」に繋げるための「アストレア第三部」の改訂版です。
作品を継続する励みになりますので、お気に召しましたら、ぜひともブックマークや評価をお願いします。
気がついたら、見渡す限りが白い霧のようなもので覆われた場所だった。
ここはどこだろう?天国なのかな?でも周りに誰もいないから違うのかな?死んだら、三途の川とかあって、死んだ人がゾロソロ歩いているイメージがあったけど、ここはそんなんじゃないし、不思議な場所だな。
私はこれまで、人は死んだら閻魔様に裁かれて、天国行きか地獄行きかが決まると単純に思っていたから、今の状況は全く理解できなかった。私はどうなるんだろ?
何もすることがなく、膝を抱えて座り込み、もう会えない家族のことばかりを考えて、涙をポロポロ流しながら、ぼーっとしていると、空間にリンとした鈴を鳴らすような声が響いた。
「マミア、お疲れ様でした。魔力も神力も、精霊力もない世界は、なかなか大変だったのではないですか?」
その声を聞いた途端、頭の中に覚えのない記憶が爆発するように膨れ上がった。
「アルテミア様?」
彼女は私の上司で、前の世界アストレアの主要十二神の一柱である法と掟を司る女神だった。
「あの世界には魔素が一切存在しませんから、生きることも大変だったのではないですか?あなたの魔臓も体内で僅かに生成される魔力も行き場を無くしたはずですから、体調にも問題が生じたはずです。」
その言葉で、私の原因不明の病態の理由が完璧に理解できた。
パァパ、やっと原因判ったよ。病気じゃないんだから、パァパが診断できなかったのも仕方なかったんだよ。
「あなたは、あちらの世界で十分に信頼できる人と出会うことができたのですね。あちらの神が、他の世界の神の干渉や観察を許しませんでしたから、私も確認することができずにとても心配していたのですが、安心しました。」
私の思考を読んだのか、アルテミア様は優しく微笑んだ。
「配下の者をこの世界に直接降臨させることは、法に厳しい創造神の定めた法を破ることになるので行うわけにもいかず、別の神が創世した世界に一旦転生させて呼び戻すことで、一時的にあなたの所属を変更して顕現させることにしましたが、それがあなたの魂にどんな影響を与えるかも判らず、そのことでも大変心配していたのです。」
「えっ?私は今後転生しても、夫や子供達に会うことは不可能なのですか?住む世界が異なってしまうということですか?」
極端に落胆した表情をしていたのだろうか、アルテミア様はすぐに言葉を返してくれた。
「そうですね。元々の所属する世界が異なりますから、時間軸のことを抜きにしても出会うことはないと思います。」
私はあまりの衝撃に全身から力が抜け、呆然とした顔の上を、熱いものがポロポロと流れ始めた。それに驚いたのは女神様だった。私がこんなに動転してしまうことが理解できずに、なんと声をかけて良いのかも判らず、アタフタしてオロオロしながら言葉を加えた。
「判りました。あなたの家族がこちらの世界への転生を望むなら、私があちらの創造神にお願いして何とかしましょう。それをあなたへの報酬としましょう。」
「本当ですか!お願いします。きっと、きっと家族もそれを望んでいます!ぜひよろしくお願いします。」
私のあまりの豹変ぶりに少し身を引いたアルテミア様だったが、そこは女神らしく威厳たっぷりに肯定した。
「ただ注意してもらいたいのは、彼らはすぐに転生するわけではありません。あちらでの寿命を全うするまでは、これまで通りの生活が続きます。あなたの転生の時間とはいささかずれると思いますから、彼らが転生してきたとき、あなたは既に大人になっている可能性もあることを頭に入れておいて下さい。こちらの世界で転生を繰り返せば、いつか時間軸が重なる可能性もありますが、天文学的な確率だということも理解して下さいね。あなたが転生した個体が魔力の高い個体であれば、老化はかなりゆっくりとなり、出会える可能性は高くなると思われますが、そのことは忘れないで下さいね。」
唖然としてしまった。子供達が寿命を迎えるまでは、どんなに短く見積もっても五十年近くは、先になるだろう。夫に限れば二、三十年位かもしれないが、そんなに年の差のある出会いは辛すぎる。それこそ大人と子供、お婆ちゃんと孫の関係になるだろう。それはあまりに辛い。
私は家族が自慢できる綺麗で可愛い母親のままで居たい。我儘かもしれないけど、そんな出会いはしたくない。私は覚悟を決めた。
「アルテミア様、もしも家族が私のことを忘れられず、こちらへの転生を強く望むならば、よろしくお願いします。でも、彼らが既に幸せな生活を送っているならば、そのままにしておいてあげて貰えますか?」
「あなたは、それで良いのですか?」
その言葉に私は言葉が詰まり、すぐに返答を返せなかった。
「今は、私も家族も別離の衝撃が強過ぎるほど強いですから、今のこの時なら転生を強く望むと思います。でも、人は忘れる生き物ですから、いつか私の記憶も薄れて昇華されていくように思えます。立ち直って、幸せな生活を送っている家族を無理に転生させたいとは思いません。」
女神はしばらく黙り込んで、少し考えを纏めてから言葉を返した。
「あなたも自信が無いのですね。判りました。私もあなたの家族を強引に転生させることはしません。だから、安心して下さいね。」
その後、暫く私の前世の生活の話を交わした私達の会話は、この世界アストレアのことへと移っていった。
「それでアルテミア様、現在の状況を教えて頂いても構いませんか?」
その言葉に女神の表情に暗い影がさした。
「言いにくいことですが、あなたがあちらの世界に渡ってから、この世界では既に三百万年程の時間が経過しています。」
「へっ?」
あまりの経過した時間に、マミアの頭が固まった。
「それは、あちらとこちらの時間の経過速度が大幅に異なるということですか?」
「いえ、そういう理由ではありません。おそらくあなたの神属性の魂が、あちらの人間世界に馴染むのにそれだけの時間が必要であった可能性が高いと考えています。人間として生を受けてからの時間は、こちらの時間となんら変わりません。」
それを聞いたマミアは、家族の転生がより難しいものになったと感じていた。
「かつての十二神も、今では私と精霊神の二柱のみで、創造神を始めとした他の神達は全て別次元の世界へと渡ってしまいました。精霊神もここ百年の間は、顔を見かけていませんから、もしかしたら他の世界へと渡ってしまったのかもしれません。」
「ちょっ!ちょっと待ってください!意味が判りません。この地を棄てた?神が自分達が創りたもうた世界を棄てた?それは赦されるのですか?私は上級神様達の代わりに、この世界を救うために地上に降りるのではないのですか?」
「通常は許されることではありません。神格も落とされ、世界を創造する力を失うことにもなります。それでも私達の仲間のかなりの数の者が、この地を棄てたのです。」
アルテミアは苦り切った表情で、吐き捨てるように言葉を紡いだ。マミアが地上に降りる説明をすることはなかった。
「全ては、異世界からの侵略を止めきれなかった時空神であるクロノを、創造神であるウラノが追放したことから始まりました。クロノの働きで、それまではせいぜい家程度の大きさであった転移穴が、都市単位となり。ついには洋上に大陸がまるごと出現するほどとなってしまいました。」
「あ、ありえません!大陸ごと異世界転移するなんて、そんなばかげた事象が起こるわけがありません!」
そんなマミアの言葉に動揺することもなく、アルテミアは淡々と言葉を続けた。
「そんなありえない事象が現実となったのです。その異世界からやって来た身体の中に魔石を有する魔族と呼ばれる原住民達と、同じように体に魔石を持つ魔物と呼ばれる獣は、この世界に存在した人族や獣達と比較して力も魔力も強く、太刀打ちできるのは竜や神狼、白虎などの力の強い神獣やハイエルフ、上級精霊しかいませんでした。」
「そ、そんなバカな!そんな状況になっても神は地上に干渉できないのですか?」
「いいえ、罰則を受ける覚悟を決め、火の神ティアと大地の神デメル、水の神アノスが幻獣や精霊にさらなる力を与えて、知識の民ハーフリングが人族に魔石を埋め込んで創造した新人や獣人と協力して、旧大陸に拡がった多くの魔物の大部分を新大陸へと押し戻し、封印の処置を施しました。しかし、半数近くの神が反対する中、神の法を頑なに護り通すウラノにより、その三柱が力を奪われてこの世界を追放されると、それに怒った知の神ミルヴァが裏切りました。新大陸へと自ら渡った新人達を唆し、力の強い者こそがこの地を支配することができると知恵を与え、お前らこそが新たな地上の覇者であると吹聴したのです。彼らは自分達のことを天人族と呼び、神に選ばれた存在であると主張し、世界を蹂躙していきました。」
ありえない現実にうちのめされ、マミアは言葉を発することもできなかった。
「エルフやドワーフ達の連合軍と天人族との争いは一進一退を繰り返しましたが、多くの犠牲を払って、連合軍は彼らを再び新大陸へと押し戻すことができました。ですが、そんな平和も一時のことで、人族が天人族や魔族、魔物の魔石を埋め込んで新たなる魔人となる技術を生み出すと、その争いは更に混沌としてきました。現在のこちらの世界はまさしく群雄割拠の状態となっています。人族を始めとした古くからの種族や、魔人や獣人、エルフや幻獣族などの多くの種族が、ごちゃ混ぜとなった混沌の世界と呼んでいいかもしれません。」
女神の話を聞いたマミアは、自分の存在意義を否定されたような気がして、彼女に問うた。
「アルテミア様、もう一度確認しますが、そんな世界に私が行かないといけない理由は存在するのですか?」
「はっきり言えば、ありません。神が見放した世界は、自然の秩序が崩壊するために天変地異に襲われ、飢餓や貧困が蔓延ることで衰退へと向かい、最終的には虚無が世界を覆い尽くしてしまい、生物が全く存在しない世界へと変わります。そんな世界にあなたを向かわせる必要はないと言えます。」
「では、私は再び天上界に、アルテミア様と同じ世界へと戻してくれることは可能なのですか?」
その問いに、アルテリアは申し訳無さそうな顔をして答えた。
「いいえ、一度地上のものとなった魂は、その世界で徳を積み、神々に認められる存在になるまで、天上界へ来ることは叶いません。今のあなたでは私達と共に来ることは適いません。」
「そんなの絶対に無理じゃないですか!」
白い空間に、マミアの絶叫が響いた。
「いったい何処に、その認めてくれる神様達が存在するのですか!アルテミア様一人で決めることが可能なのですか!」
半狂乱になったマミアが女神に縋りつき、彼女を責め続けていると、自分の身体が薄っすらと透き通っていることに気がついた。
「勝手です!勝手すぎます!都合が悪くなったら追放ですか!何のために私は三百万年も…」
白い空間からマミアの姿が消えていき、そこには哀愁を漂わせた女神だけが佇んでいた。
「マミア、本当に申し訳ありませんでした。本当はあなたを魂に戻して転生する時になって、あなたの転生先であった創造神が突然契約を反故にした為に、ウラノが行き先を無くしたあなたを霊魂石に封じ込めて放置したことが原因です。結局ウラノは、最近になってあなたを神々の流刑地である地球に転生させてしまいました。せめてもの償いとして、いつになるかは判りませんが、あなたの家族は必ずこの世界に招きます。出会った時に混乱せぬように、一時的にこれまでのあなたの記憶も消しておきます。あなたを神並みの寿命を持つハイエルフへと転生させることも、私の償いの一つとさせてください。」
そう呟きながら、その空間から女神の姿も消えていった。
最後までお読み頂き誠にありがとう御座います。
何分にも素人連合でございますので、御評価頂けますと、今後の励みになります。是非とも最下部に設定されている☆☆☆☆☆でご評価頂けると有り難いです。
よろしくお願い致します。