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プロローグ2

次に私が意識を取り戻した時、私の目の前には、横たわって胸を曝け出した私がいた。


私の周りにたくさんのスタッフが集まり、胸部に心肺蘇生の為の自動心肺蘇生機がデデーンと備え付けられ、心臓が止まる度に、薬の投与と機械を作動させる作業が行われていた。


「家族への連絡はどうなっている?」


「既に連絡して、こちらへ向かって貰っている最中です。三十分以内には到着するはずです。」


「それまでは何としてでももたせるぞ!アドレナリン投与と蘇生機はフル稼働させろ。それと、夫は医者なんだろ?俺が説明するから、来たら連絡くれ。」


その部屋の責任者と思われる医師が、大きな声でスタッフに指示を出していた。


「夫や家族は、患者の病態をお前らよりはるかに把握してるぞ。最初のムンテラでも窒息ですとムンテラされて、それは絶対にありえないと断言してたみたいだし、今月始めにかかりつけで心エコーやCT撮ってるから、そのデータを至急に送ってもらえるように手配もしてたから、最初から心臓や肺のトラブルを想定してたはずだ。下手したら訴訟問題になるぞ。」


そんなことを喋る医師達を見ながら、『そうだよ!うちの家族はスゴイんだからね。』と少し鼻を高くする私だったけど、これはどういうことなんだろう?


これが俗に言われる幽体離脱という状況なんだろうか?私本体は心臓が止まって死にかけていて、身体に留まれなかった私という魂が追い出された状況なんだろうか?よく判らない。


「家族の方がみえました。」


「判った。すぐ行く。説明室に案内しておいてくれ。」


えっ?みんな来たの?


ついていこうとした私は、カクンと紐で引っ張られるように動きを止められた。よく見ると、私の胸から出た白いモヤッとした紐状のものが私本体に繋がっていて、それに引き止められたみたいだった。


えー、それはない。私が一番家族に会いたいんだからね。会わせてよ。会いたいんだよ。思いっきり身体を動かそうとしても、全く思い通りにならず、そうこうしているうちに、夫と子供達が部屋へと入ってきて、寝ている私の姿を見て、顔色を変えていた。


目は真っ赤に充血してて、涙の跡がいっぱい顔に残っていて、さっきまで大泣きしていたのが一目瞭然だった。


目の前で機械が外され、家族がベッドの両サイドに展開し、身体や腕を優しく擦りながら、必死に呼びかけているのを見ていると、私は知らないうちに本体の中に戻っていた。


家族の声に応えて、何とか身体を動かそうとしても、身体は薬のせいで全く思うようにならなかったが、子供達や夫にはそれが判ったみたいで、少し私が身体をピクッとさせたり、目を少し動かしただけで、


「ママちゃん!そばにいるよ。そばにいるからね。逝っちゃダメだよ!ガンバってるのは充分判ってるけど、お願いだから帰ってきて!」


「ママ、ママ!ここにいるよ。目を開けて!私を置いてかないで!」


「ママ!判るか?みんなそばにいるからね。ガンバれ!また夢の国行くんだろ?美味しいものをたくさん食べるんだろ?」


などという大合唱が返ってくる。頑張らずにはいられなかった。まだまだ死ねない。こんな家族を残してなんかいけない。私は必死になって身体に鞭をいれていた。


そんな時間が三時間ほど過ぎた頃に、もう私を諦めていた医長らしき医師が、


「奇蹟的に状態が落ち着いたようなので、一旦お帰りしてもらっても良いですか?」


などと家族に説明していた。その救命病棟には他にも何人かの患者が入院しており、騒がしい私達家族を置いておくわけにはいかないと判断したのだと思われた。


しばらく子供達と相談した夫が、駐車場の車の中で待機していますから、何かあったらすぐに連絡を下さいと返答して、家族は名残惜しそうに渋々部屋を出ていったが、そんな家族に迷惑をかけるわけにはいかないと、私も最後まで諦めないと決心した。


「じゃあ、ママ、一旦出るね。」


という娘の言葉に、思わず私は触れていた娘の手を握った。娘にも、それが判ったようで、


「ママ、ママ、大丈夫だよ。何かあったらすぐに来るからね。」


と答えてくれた。それから私は気合いを入れまくって、一日半頑張ったけど、弱った心臓は時々止まり始め、その度に何度も気力で動かしたけど、それにも限界がきたみたいで、再び心肺蘇生の処置が取られた。


それでも何とか心臓の動きは再開したかま、これまでみたいに直ぐに心臓が動くことが少なくなり、心臓の止まっている時間は、少しずつ長くなっていった。


それでも五度の蘇生に耐えていた私の耳に、いつもの家族の声が聞こえてきた。


「ママちゃん、待たせたね。私らの為にありがとね。本当にありがと。パパは、ママと結婚できて、本当に幸せだったよ。ずっと隣にいるって約束したのに、守れなくてごめんね。」


「ママ、ママ、来たよ。一人にさせてごめんね。怒らないでね。」


「ママ!ガンバれ!みんな居るよ。みんな側にいるからガンバれ!」


私の頬をパパの両手が挟み、右頬に熱い雫が落ちてきた。


左腕を掴む娘の手が、小さくプルプルと震え、ポタポタと雫が落ちてくる。


右手を擦る息子の大きな手が、戸惑うような動きで腕をさすり、優しく私の手を握る。一人だけ冷静を装って涙を流すまいとしている強気の言葉だけど、私はあなたが一番ダメージ受けてるの判ってるからね。ホントに甘ちゃんなんだから。


みんな大好きだよ。


喋りたいのに、口から入っている管が邪魔をして言葉にできない。


「パパ!ママが何か喋りたがってる!舌を必死に動かしてる。」


その舌の動きに気づいた娘の声が聞こえる。さすが私の娘だ。よく気がついてくれたね。


「ママ、苦しいのか?その管邪魔だよね。抜きたいよね。」


パパ、ハズレだよ。私はね、みんなにお礼を言いたいんだよ。苦しいのかどうかなんて、今は全く判らないんだよ。私はね、みんなと話ししたいんだよ。


そんなことを考えながら、必死に身体を動かそうとしたが、私の身体は全く思うように動かなかった。


薬や蘇生措置が中止になってからでも、私の心臓はそれから一時間半も頑張ってくれ、私は家族の優しい言葉をこれでもかというくらいたくさん聞くことができた。


病院も、この前の私達家族の煩さを気にしていたからなのか、私を個室に移してくれていたので、私の最後の鼓動が止まってからも、家族だけの時間を十分に取れたのは有り難かった。


心臓が停止すると、私は徐々に身体がフワフワと浮き始め、前のように家族に囲まれた自分の身体を上空から見下ろす形となった。


もっと一緒にいたかった。


一緒に美味しいもの食べたり、夢の国へ行ったり、お伊勢さん行ったり、もっともっとたくさんの時間を過ごしたかった。


ごめんね。私がもっと元気だったら、みんなに迷惑をかけることもなかった…


「ママ.... 一人で逝くなよ。ずっと隣に居るって約束したじゃん…」


パパ、そんなことを言わないでよ。私だって逝きたくなかったよ。


「ママ、ママ....寂しいよ。いつも隣にいたのに、これから私はどうすれば良いのよ。」


私も離れたくないよ。あなたといろんな所に出かけて、美味しいもの食べたり、綺麗なもの見たり、本当にたくさんの一緒の時間を過ごしたけど、これからも今までみたいにもっともっと一緒にいたかったよ。


「ママ、これからは、なんの制限もなくなるよ。全くの自由だからね。好きなことがいっぱいできるからね。」


息子よ、その気持ちは有り難いけど違うからね。私はね、みんなと一緒に生きていたいんだ。一緒の時間を過ごしたかったんだ。特にあんたのことは心配なんだよ。強気で見た目も逞しいけど、内心は優しくて甘ちゃんだから、私が居なくなったらどうなっちゃうんだろうって心配なんだよ。


家族を見ながら、そんなことを考えていたら、目の前が急にボヤーっと白くなってきた。


あぁあ、もうこれで最後なのかな。みんなごめんね。本当にありがとうね。


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