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ウェスタの眷属との再会

螺旋階段を登りきった所には、高さが三メートル程の片開きのドアがあり、取っ手を持ってゆっくりとそれを引くと、あっさりとそれは開いた。


「真っ暗だね。あれ?なんか目の前に壁があるよ。なんでかなァ、これじゃ進めないよね。」


「どれどれ、まずは明るくしてみようか。光球(ライト)。」


その光が映し出したのは、ワニの皮のように分厚くてゴヅゴツしている真っ黒な壁だった。


「何だこれ?」


そう言いながら、ラルネが手にしていた、元素魔法で創り出したオリハルコン製の槍でツンツンすると、それは苦もなくグサッと刺さり、真っ赤な血が噴き出した。


「ウギャァァァァァ!誰だ?儂の尻をツンツンする奴は!」


黒い壁が音を立てて移動すると、その向こうにはかなり広い洞窟があり、そこに土太い声が響き渡った。


「あっ!竜だ。終わった。」


体高三十メートル程の真っ黒い(ドラゴン)が、金色の瞳でこちらを睨みつけていたが、一瞬不思議そうに匂いを嗅ぎ、何か思う所があったのか探るような目つきでウェスタを見ていた。


「もしかして、(かまど)のアジバなの?」


ウェスタのその言葉に、その巨大な金色の大きな目にあっという間に涙が溢れ、零れ落ちた。


「ウォォォォォ〜、ウェスタ、ウェスタ様ぁ〜」


そう叫ぶと、シュルシュルシュルーと身体が縮み、目の前に真っ黒な鎧を身に着けた真っ白な髪の真紅の瞳の老人が出現し、その男はすぐさまウェスタの前に跪き、臣下の礼を取った。


「お待ちしておりました。ウェスタ様ならきっとあの縛めを破壊して出てこられると確信しておりました。このアジバ、再びウェスタ様の一兵卒として働かせて頂きます。今後ともよろしくお願い致します。」


流す涙は止まっていなかったが、それだけのセリフを言い切った。


「ところで、そこで偉そうにしているチビは何者ですか?答える内容によっては罰が必要かと。」


ラルネは、自分のことを言われているのが判らなくて、右人差し指で自分の顔を指して、ウェスタの顔を見ながらキョトンとした顔をした。


「お前のことに決まっとるだろうがぁ!」


アジバのガントレットを付けたゴツい左手が、ラルネの襟首を掴んで釣り上げた。


「うちの可愛い娘に、何晒しとんじゃぁボケがぁ!」


アジバの頭を巨大なハリセンが張り飛ばした。


「......娘?」


ハリセンよりもその言葉にアジバは、ショックを受けたようで地に崩れ落ちたが、落ちていた骨で、ラルネがその頭をツンツンしていると、我に返ったようで一瞬で飛び起きた。


「あの〜、パコパコの相手は何方(どちら)様なのでしょうか?」


再びのアジバの下品な質問に、顔を真っ赤にしたウェスタのハリセンが再び炸裂し、彼は二十メートルほど宙を舞った。


「何寝言をほざいとんじゃあ!ラルネちゃんはな、私の涙から生まれたんじゃ!そんなん違うわ!このエロジジイがぁ!もう一回張り倒したろかぁ!」


上半身を起こしたアジバにハリセンの往復ビンタが、何度も何度も繰り返し炸裂していた。


ーーーー

「そうか、そうか、お主はウェスタ様の涙から生まれたのか。」


事実を知って正気に戻ったアジバは、ラルネを抱き上げてその頬に、サンタクロースのような赤い髭を擦りつけた。


これはマーキングみたいなもんかと思ったラルネだったが、あまりのモフモフ感にされるがままになって、その感触を堪能していた。


「でも、あのチビっちゃかったアジバがこんなデッカな(ドラゴン)になってるなんて、私には信じられないな。」


収納から出したテーブルに座り、ティータイムを楽しんでいる最中に出たウェスタの質問に、アジバの顔色が変わり、過去を思い出すような哀愁に満ちた声で、哀しみを語り出した。


「ウェスタ様がこのダンジョン最下層に幽閉されたと聞いた私達眷属を代表する五名は、ウェスタ様を救い出すべく全員でダンジョンに突入しました。しかし、ウェスタ様の『力よりも愛を』という方針に沿って生きてきた私達がダンジョン攻略するのにはやはり無理があり、多大な時間が消費されていくばかりでしたが、それでも諦めず協力しあい一層ずつ確実に、誰も欠けることなく降りて来たのです。そんな環境が私達を強くしました。」


「えっ、じゃあ他のみんなもこのダンジョンに閉じ込められているの?」


「閉じ込められているというよりも、最終の扉が何をしても開かないことから、幽閉されているウェスタ様を護る為に、自らの意志で皆ここにいると言って良いと思います。」


その言葉に感動したのか、ウェスタは号泣し、アジバに抱きついていた。


ラルネは、あのアジバのニヤけ顔は、絶対に忘れられないだろうなと頭の片隅に記録した。

アジバの階層の扉を開けて再び螺旋階段を昇り、ウェスタ一行が突き当りの扉を開けると目の前には果ての見えない広大な湖が広がっていた。


「ウェスタ様、ここには....」


「言わないで、もう判ったから。」


ウェスタが、アジバの口を押さえて言葉を遮った。


「アミュー!アミュー!私だよ、ウェスタが来たよー......おかしいな?返事がないよ......ここにいるのは、泉のアミュだよね?間違いないよね。」


少し心配になったウェスタが、アジバに確認を取った。


「はい、間違いありません。少なくとも私の知る限りでは、ここの階層守護者はアミュです。」


「そうか!それじゃあ、これかな?....アミュー!遅かったら、あなたの大好きなプルプルパイナップル入りゼリー、私が食べちゃうよー!」


その言葉と同時に湖の中央に水柱が立ち上がり、中から巨大な蒼く光り輝く龍が飛び出し、一直線にウェスタ達に向かって突き進んてきたが、途中で見る見るうちに姿が変わり、ウェスタに抱きついた時には、水色のワンピースを着た十二歳位の女の子の姿になっていた。


「ウェスタ様ぁ、ウェスタ様ぁ!会いたかったよ〜!ずっと、ずっと待ってたんだからぁ!」


そのアミュと呼ばれた少女は、大泣きしながら、ウェスタの匂いをクンカクンカして堪能していた。


「ん?この子誰?」


ウェスタの側に立つラルネに気づいたアミュの言葉に、アジバのような面倒は嫌だと思ったラルネは、自ら自己紹介をした。


「ウェスタ様の涙より生まれた、アルラウネのラルネです。まだ零歳ですので、ご迷惑もいっぱい、いっぱいかけてしまうと思いますが、先輩には、何卒ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。」


そう言って、深くアミュにお辞儀をした。


「可愛い〜!何?このお人形さんみたいな子。」


そう言って、今度はラルネに抱きつくと、これでもかというくらい強く抱きしめ、ラルネは窒息して意識を失った。


気絶したラルネが目を覚ますと、ベッドの隣りにあるテーブルでお茶会が開かれていた。


並べられた紅茶セットに加え、テーブルの中央にはシンプルな作りのケーキスタンドが置かれ、手作りと思われるクッキーが並べられていた。


「あら、目覚めたのね。まだ零歳で体力値が低いから、加減が判らなかったの、ごめんね。」


などと謝るアミュを見て、どうせ自分の感情のままに動く、アジバと同じ脳筋なんだろうなと考えていることはおくびにも出さず、ラルネは笑顔で対応した。中身は良い年したおっさんだから、そんなことは簡単なことだった。


「とんでもないです。弱い未熟な私が悪いんです。本当に申し訳ありませんでした。」


「むぅ、なんか喋り方が可愛くない。ジジイに謝られているみたい。」


ラルネの謝罪に、アミュが少し頬を膨らませて応えているのを見て、ウェスタが思い出したようにラルネに提案した。


「私が祝福を与えたから、たぶんラルネには家事魔法が生えてると思うの。家事魔法には、火や水、光や風、簡易鑑定の魔法が含まれているから、眷属達に教えてもらうと良いわよ。相性があるから得手不得手はあると思うけど、生活には困らなくなると思うわ。」


「ほぇっ!僕って鑑定使えるんですか?マジですか?鑑定!」


真剣にアミュを見つめていたラルネが、肩をガックシと落とした。


「見えません!何も見えません!」


それを見ていたウェスタが残念なものを見るような目で、ラルネを見た。


「大事なことを言うね。他人に鑑定使う時は、特に知人に使う時は、相手に必ず確認すること。あなたもこっそり財布の中とか見られたらイヤでしょ。」


それを聞いたラルネはコクコクと頷いた。


「もう一つは、自分よりレベルの高い者相手だと、簡易鑑定は弾かれるからね。しかも、鑑定されたことは、相手には伝わるから、場合によっては戦闘になるよ。」


驚いたように、アミュをラルネが見つめると、


「そうだぞ!お姉さんはプンプンだぞ!」


「ごめんなさい!とっても失礼なことしちゃいました。ほんとにごめんなさい。」


「そうだね。鑑定は、取り敢えずは動植物や無機物相手にした方が良いかな。」


「はいっ、了解しました。」


そう返事しながら、ラルネはアミュに敬礼した。


「あっ、そのポーズなかなか可愛らしいね。何か意味があるの?」


ラルネは、人差し指を軽く曲げて顎に当てて少し考えると、


「これは敬礼って言って、正式には軍隊とかで使われてるんだけど、自分の上司に対して敬意を持って返事を返したり、挨拶したりする時に使うんだと思う。ただ、僕達民間では、気楽に了解しましたって意味で使ってると思います。」


「さっきから聞いてると、あなたはもしかして前世持ち?」


そのアミュの言葉に、ラルネはハッとした顔をして、事情を説明した。


この頃には、ウェスタの会話もだいぶ改善してきており、ヤンキーお姉さんみたいな言葉遣いから、だいぶ余所行きの言葉遣いができるようになっていた。


アミュの階層扉を抜けて、四人で螺旋階段を昇り扉を開けると、そこは白と黒に支配された既に死にかけている世界だった。


柱は朽ち始めており、石床には僅かな苔が残る以外には生活臭が感じられず、天井の一部は崩れ落ちていた。階層全体を静寂が支配しており、絶望と滅びの気配がその場を支配していた。


「この階層には、誰がいるの!誰の階層なの!」


ウェスタの絶叫に、アジバとアミュの声が重なった。


「「三馬鹿トリオの階層です!」」


「テレス!ファナ!アテル!どこなの!どこにいるの!返事をして!」


ウェスタの叫び声が階層に響き渡ると、暗闇の端にポツンと建っていた小さな小屋がほんのりと輝いた。


「あそこだ!」


三人は殆ど宙を舞う感じで、ラルネはアジバの肩に乗せられて、その小屋へと駆け出し、アミュは扉を弾け飛ばすようにブチ開けた。すると扉は粉々になって吹き飛んだ。


「テレス、ファナ、アテル!」


部屋の中央にあるボロボロのベッドには、くすんだ黄色の所々抜け落ちた羽を持つ小鳥と、もう灰色に近い白い毛を持つ痩せこけた子猫と、元は黒かったと思われる白毛がかなりの割合を占めている子犬が、一塊になって横になっていた。


「エクストラ・ヒール!」


ラルネの口から回復の呪文が唱えられたが、その効果は乏しいようで、三人に大きな回復は認められなかった。


「無駄です....これは寿命です..」


黒子犬の口より囁くような言葉が漏れた。


「やっと、やっと会うことができました。」


白子猫がウェスタに手を伸ばし、それを包み込むようにウェスタが握り返した。


「長かった、本当に長かった..でも、最後に会えた....」


アミュが金色の小鳥を抱き上げると、その両目から大粒の涙が溢れた。


ラルネを除く六人が、号泣しながら昔の想い出や、出会えたことの嬉しさを語り合う中、それを傍観する彼の心の中に、つい先日に自分が味わった別れの瞬間のことが、走馬灯のように蘇り、ラルネは堪えきれない思いで、全身が小刻みに震えていた。


(嫌だ、家族の別れはもう見たくない)


その思いが、ラルネの全身に溢れていくと、彼の身体が碧色に輝き始め、時間と供にその輝きを増し始めた。ラルネ自身はまるでトランス状態に陥り、既に自我はないように見えた。


その透き通った碧色の光の記憶を持つウェスタが振り返った時には、ラルネから放たれるその輝きは、小屋の隅々まで広がっていた。


「何?何なの?」


碧色の光りは、既に目もまともに開けることができないくらい強く輝いていた。


『豊穣の女神の祝福、魔素(マナ)譲渡、生命力譲渡』


その透き通った碧色の輝きは、ラルネの頭上に集まり、一メートル程の光球を形作ると、それが更に三つの球に分かれ、それぞれがテレス、ファナ、アテルに染み込むように吸収されていった。


「みんな、みんな、大丈夫なの?」


あまりの異常な合計に慌てたアミュが叫ぶと、


「力が、力が溢れてくる。」


金色の小鳥は、鮮やかな金髪の半ズボンの少女の姿へと変わり、白猫は真っ白な太い尻尾を持つ猫獣人の女の子へと姿を変えた。そして、黒犬は、黒髪に水色の目を持つ少しひねた顔をした狼獣人の少年に姿を変えた。


三人は自分の姿を穴が開くようにマジマジと見つめていた。


「スゴい、私がピークの時に戻ってる。」


「こんなことがあるなんて、信じられない。奇蹟だ。」


黒狼のテレスだけが、じっとラルネが立っていた方を見つめ、その大きな黒い瞳から大粒の涙をポロリと落とした。


「馬鹿野郎!こんな力、全盛期の主神の神様でも滅多に使えない御力だぞ....」


そう言って、小走りにアミュとアジバの間を抜けると、床に落ちていたテニスボール大の翡翠色の石を拾い上げた。


「あれ?ラルネはどこに行ったの?」


アミュの言葉に、その場の全員が振り返ったが、そこに立っていたテレスが大事そうに両手で抱えた珠を差し出した。


「もしかして....」


「うん、この子は自分の生命を力に変えて、僕らに分けてくれた....」


ウェスタは、ゆっくりとテレスに近づくと、両手でラルネだった珠を受け取って大事そうに抱えた。


「あんたは私だけでなく、この子達まで救けてくれるなんて、こんな所であなたが消えてしまったら、あなたの奥さんや子供達に私はなんて謝ったら良いの....」


頬摺りするウェスタの涙が、その珠に触れると、それはほんのりと碧色に輝いた。

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