表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/53

プロローグ1

こんにちは紫兎★です。

あらすじにも書きましたが、今回は「帰還者達の物語」に繋げるための「アストレア第三部」の改訂版です。

作品を継続する励みになりますので、お気に召しましたら、ぜひともブックマークや評価をお願いします。

「パァパ......く..る......しい」


ベッドに寝ていた私は、締め付けられるような胸の痛みを覚えた。


すぐに夫と子供二人がベッドに駆けつけ、血圧を測ったり、胸を聴診したり、経皮酸素モニターを指に取り付けるなどの処置をしてくれるが、その顔色は芳しくない。


胸の痛みは直に良くなったが、突然の娘の声に目が覚めるように、目を開けた。


「ママ!大丈夫?一瞬、意識を失ってたよ!ねぇ、大丈夫なの?」


それに応えるように、夫が答えを続ける。


「今は戻ってるけど、一瞬、心臓が止まってたみたいだ。ママ!大丈夫か?苦しくないか?」


「だいじょうび....」


私は八年前の脳出血の後遺症で、全失語と四肢麻痺の状態となり、リハビリを頑張った現在でも、自分の思うように言葉を喋ることができず、右手はある程度回復したが、左手左足は全く自由に動かすことはできなかった。


「酸素モニターの場所を何度変えて測っても八十を超えない。唇の色や、顔色も悪い....」


その息子の言葉に応えるように、夫はすぐに救急車を呼ぶように指示をしていた。


夫は胸に当てた聴診器を外すことなく、診察し指示をするが、私の顔色は一向に改善する気配を見せないようだった。


「救急車は十分ぐらいで着くって、急いで支度して。」


「どうちた?私....病院行くの?」


「大丈夫だよ。みんな付いていくからね。心配しなくて良いからね」


夫の言葉に少しホッとしたが、家族のみんなが、急いで外出用の衣服に着替えるのを見ていると、胸の苦しさが消えた今の私は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


ーーー

私は小さな頃から病院のお得意様だった。小学校の頃には、子供ではありえないような痛風や角膜乾燥症などの病気を発症し、中学生になると週に一度から月に二度は病院通いとなった。


原因を調べるために、何度も一ヶ月位の入院をすれば、学業なんてついていけるわけがなく、その頃の私は惰性で生きているといっても良かったかもしれない。


そんな私に転機が訪れたのは、高校二年生になって精密検査のために紹介された大学病院に入院した時だった。


「あれ?」


少しとぼけた口調の言葉をかけてきたのは、私が中学時代に通っていた雑貨店の店員で、学校帰りとか、病院帰りに立ち寄った際に気楽に話していた数少ない大人の人で、確か当時はバイトの大学生ということだった。


「お前さぁ、そんなに若いうちから学校サボってるとアホになるぞ。」


とか言われて、むちゃくちゃ本気で怒ったら、土下座されるように謝られたことを覚えていた。


そいつが私の主治医となり、これまでの検査と比較にならない程の検査をしてくれて、まだまだ直接の原因ははっきりしないが、多くの可能性のあった病気を否定してくれた。私が彼を頼ったことは仕方のないことだと思う。


いろいろな相談に乗ってもらい、いつしか悩みや病気のことだけでなく、普段の生活や趣味などの私事も話す関係となり、面倒見の良いお兄ちゃん的な存在となり、たまにできたお休みには、ストレス発散名目で、いろいろな所に強引に連れて行って貰った。


中でも私の一番のお気に入りは京都で、修学旅行の定番の新京極や錦市場、和菓子屋さんやお団子屋さんは、私のお気に入りとなった。


そんな私達の関係に訪れた転機は、彼の実家の工場の経営不振で、このままでは破産するしかなく、彼は家族の説得に負けて、まだ勉強途中ではあったが地元に帰り開業することになってしまった。


彼は、私のことをケアできず申し訳ないと謝ってきたが、私はまだ十八歳だったにも関わらず、彼に付いていく決意を固め、そのことを彼に伝えると、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、快く受け入れてくれた。これが私達家族の始まりである。


部屋に入ってきた救急隊員に、改めて経皮酸素モニターを装着されて測定されたが、数値は相変わらず低いままで、夫の説明を聞いた救急隊員は、家族と相談の上で私を救急センターへと搬送することに決めた。


「どうしたの?どこかへ行くの?病院へ行くの?」


私は救急隊員の担架(たんか)によって玄関まで運ばれると、ストレッチャーへと移された。


「酸素最大投与していますが、酸素モニターの数字は改善しません。」


どうも私の身体は酸素を投与されても、それを取り込むことができないみたいだった。


「胸を苦しがったり、痛がったりはしていませんか?」


「一瞬痛がったのですが、直に改善して、それから顔色が悪くなったような気がします。聴診したときに心臓が短い時間止まっていたように思えたので、不整脈とか狭心症も考えられますが症状が一致しません。心筋梗塞や肺塞栓が考えられるかもしれません。モニターの数字の割に意識もはっきりしてますし、苦しがってもいませんので、検査してもらわないと判らないです。」


私を運ぶ間に、救急隊員は夫から私の病態を確認し、私を乗せた救急車のスタッフは、私のかかりつけである某女子医大に連絡を取った。


十五分程待たされて帰ってきた答えは、受け入れ拒否で、私は地元の救急センターへと運ばれることとなった。


「三十年以上通院して、入院も検査も任せていたのに、本当に緊急事態となったら受け入れ拒否かよ!なんてクソ病院だ!」


「仕方ないかもしれないよ。あそこはコロナの指定病院で救急はコロナがメインだから。ママがいた病棟もコロナ専門病棟に変わっちゃったみたいだから。」


夫は激昂(げっこう)して自分で電話しようとしていたが、娘に止められて折れたようだった。


「それでは、救命センターに向かいます。」


走り出した救急車の中で、入院してしまうと、コロナの関係で家族の面会はできなくなり、また長い間一人で入院生活を送らないといけなくなると思った私は、今しか家族と話すチャンスはないと思い、たくさんの会話を重ねた。


「行きたくないなぁ。やだなぁ。帰りたいなぁ。」


「仕方ないよ。酸素モニターの数字が全然上がらないからね。原因を調べてもらって、しっかり治さないと長い入院になってしまうかもしれないからね。」


手を握りながら、夫が優しく判りやすく話してくれるが、家族と離れたくない私は駄々をこねた。


「どうして?行きたくないなぁ、ヤダなぁ。帰りたいなぁ。ダメなの?」


「ママ、しっかり治して、またみんなで食べに行ったり、泊まりに行ったりしたいから、キチンと治さないと。」


「そうかぁ....でも行きたくないなぁ。一人はヤダなぁ。」


そんな話を、夫と娘としているうちに救急車は、救命センターの駐車場へと滑り込んでいった。


救急車に乗れなかった息子は、自分の家の車で追いかけて来ているようだった。


「コロナのワクチンは射ってますか?」


「四回射ってます。」


「最後はいつですか?」


「去年の十月です。」


夫が救命センターのスタッフと話している間に、私はPCR検査の綿棒を鼻に突っ込まれていた。あまりの下手さに怒りを覚えた私は、名を聞いてきた別のスタッフに大きな声で名前を答えていた。


思えば、これが良くなかったかもしれなかった。私がコミュニケーションを取れる状態と判断した彼らは、私の家族を別室へと誘導してしまった。


その後の彼らの問いかけに、支離滅裂な訳の分からない言葉を返す私に、彼らは戸惑って手を止め、不安になった私が大声で夫を呼び、家族に助けを求めてベッド上で暴れ始めると、両側に付いていた看護師がのしかかるように私を押さえつけ、それでも暴れるのを止めない私の身体を強く圧迫した。


そんなことをされれば、脳出血後にとても吐きやすくなっていた私は、案の定嘔吐してしまい、その吐物で喉を塞がれてしまった。何とか息を吸おうとした所で、喉にあった吐物を誤嚥してしまい、そのまま完全に窒息して意識を失った。


ボンヤリした意識の中でも、私は気管内挿管され、人工呼吸器に繋がれて、人工呼吸器がスムーズに機能するように、おそらく薬を使われて意識を落とされているのだと朧げながら理解した。


もしかしたら、もう家族に会えないかもしれない。そう思った私は人知れず涙を流した。この涙の意味を、ここのスタッフは理解しているのだろうか?


最後までお読み頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ