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第33話 特訓2

 翌日の放課後。


 荷物をまとめ、立ち上がりながら斜め後ろの席を振り返った。

 真崎の姿はすでになかった。


「真崎は?」


 後ろの席のアリサに尋ねた。


「授業が終わると同時に教室を出ていきましたけど」


 荷物は見当たらない。


「帰ったのかな」

「ええ、おそらく」

「だよな」


 俺に捕まる前にさっさと帰った、と考えるのが妥当だろう。

 喧嘩の仕方を教えてくれるという約束も、具体的にどこまで、という話をしていない。

 昨日の時点で約束を果たしたと言われれば何も言い返せない。


「じゃあ、俺も帰るわ」


 アリサと挨拶を交わし教室を出た。


 廊下にも昇降口にも真崎の姿はなかった。

 仕方がない。

 また別の方策を考えよう。


 水たまりに広がる波紋でかろうじて認識できる程度の小雨が降っていた。

 俺は周囲を見回す。

 傘を差している生徒の方が多かったから、俺は差さないことにした。

 浮かない程度にマイノリティでありたい、そんなお年頃なのだ。


 門を抜けたところで、ふと、昨日の加賀美の言葉を思い出した。


 ――沙希は約束を破るのが嫌いなのよ。


 しばらく立ち止まって考えてみたけれど、考えても答えが出る類の問題じゃないと気づき、俺は踵を返した。

 違ったら違ったで少し遠回りをするだけの話だ。


 やがて川が見えてくる。

 しばらく堤防の上を歩き、橋の傍にまで来てから河川敷に下りた。


「遅い」


 ぎろりと真崎に睨まれる。

 今日は加賀美はいないようだ。


「ああ、悪い」


 遅れて、というよりも、疑って、と言う意味合いが強かった。


 真崎は鼻を鳴らすと、足元に置いていたミットを手に取った。

 わざわざ用意してくれていたようだ。

 昨日は一方的に殴られすぎて、特訓という名目でサンボバックにされているだけなんじゃないかとも思ったけれど、どうやら真崎はちゃんと喧嘩の仕方を教えてくれるつもりらしい。

 そういう約束だから。

 そもそも真崎が本気で俺に危害を加えるつもりなら、俺は昨日の時点で立ち上がれないほどボロボロにされていたはずだ。

 昨日のスパーリングも、かなり手加減されていたんだと今頃気づいた。


「殴ることと殴られることに慣れるのが大切だって昨日言ったよな」

「ああ」

「殴られることに関しては、お前は合格点だ。普通はもっと腰が引けたり顔を背けたりするもんなんだけどな」

「そりゃあ、この一年間さんざんお前に殴られてきたしな……」


 殴られることに関してはプロ級だ。

 あの調教の日々がこんな形で役に立つとは思わなかった。


「せいぜい私に感謝するんだな」

「無茶言うな」

「と、いうわけでだ」


 なにかを確かめるように、真崎は手にはめたミット同士をバンバンとぶつけた。


「打ってこい」

「え?」

「打ってこい」


 なんだか昨日もこんなやり取りをした気がする。


「俺のグローブは?」

「なんだよお前、そんなものはめて喧嘩する気か」

「いや、そうじゃないけど」

「なら素手で殴ることに慣れておけ。人はミットよりもよっぽど硬いぞ」

「……わかったよ」


 ミット打ちを始めてから、真崎の忠告の意味がわかった。

 想像よりもずっと拳が痛い。

 昨日は空ぶってばかりいたから、そのことに初めて気がついた。

 皮がめれ血が滲んだけれど、俺も真崎も構わなかった。


「お前、意外と力あるんだな」


 インターバル中に、真崎がそんなことを言った。

 俺は呼吸を整えながらなんとか答える。


「ああ、最近、馬鹿みたいに体鍛えてるからな」


 妹に無理やり始めさせられた運動だが、今では俺の生活の一部になっている。

 体重も、二か月前に比べて二キロも増えていた。

 一キロ落ちてから、三キロ増えたのだ。

 脂肪が一キロ落ちて筋肉が三キロ付いた、と、さすがにそこまで単純な話ではないだろうけれど、自分でも実感できるほど腕力は向上していた。


「……まさか、こんなことに使うとは思ってもみなかったけど」

「へえ」


 真崎は感心するように息を吐く。

 そこに嫌味や含みのようなものは感じられない。

 なんだか妙に照れくさかった。

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