第17話 真崎と加賀美
俺の通う東峰高校は、家から徒歩で二十分ほどの距離にある。
駐輪場が狭く、自転車通学の生徒はみな停めるスペースを確保するのに毎朝苦労させられていた。
それを嫌って徒歩や電車で通学する者が多く、そのうちの一人が俺だった。
この辺りでは一応進学校と言う扱いなのだが、通ってる生徒はピンキリだ。
進学せずに就職するやつもそれなりにいる。
古い鉄筋コンクリート造りの校舎は耐久年数だかなんだかの問題で、近々建て替えが行われるらしい。
生徒に詳しい情報は伝わってきていないけれど、来年だとか三年後だとかいろいろと噂されていた。
それに関して、生徒の反応は二つに大別される。
イベントとして心待ちにしている派と、受験の邪魔になるから卒業してからにしてくれ派だ。
俺はどちらかと言うと前者だけれど、本音としてはどちらでもよかった。
どの道、新校舎が完成する前に卒業するわけだし。
約一か月ぶりに、余命数年の校舎に足を踏み入れる。
採光が不十分な薄暗い昇降口で靴を履き替えていると、背中に強い衝撃を受けた。
「いっ」
咄嗟に手をついて転ぶのを回避する。
振り返ると、片足立ちした不機嫌そうな顔の女子と目が合った。
真崎沙紀。
男嫌いで有名な暴力女子だ。
噂によると空手や柔道、ボクシングなどの多くの格闘技に打ち込んでいて、中学時代は喧嘩に明け暮れていたとかなんとか。
かなり長身で、俺とそう変わらない。
たぶん一七五センチはあるだろう。
なぜか俺はこの暴力女に目をつけられていて、一年の頃から散々殴られた。
蹴られもした。
男子からは生贄として有難がられ、たまに学食を奢ってもらえたりするのだが、正直割に合っていないと思う。
一部の男子からは、なぜか羨ましがられてやっかみをもたれるし。
真崎は持ち上げていた右足をすっと地面に下ろすと、短い黒髪を苛立たし気に掻き揚げた。
「邪魔」
「人を足蹴にしといていい度胸だなこの暴力女」
「靴は脱いでやったんだ、感謝しろよ」
「上履きに履き替る途中だっただけだろ!」
こいつがそんな気遣いをするとは思えん。
真崎は舌打ちし、すれ違いざまに肘鉄を繰り出してくる。
体感であばら骨が三本ほど折れた。通算では七八本目だ。
痛む脇腹を押さえながら悶えていると、冷めた声が降ってくる。
「大丈夫?」
顔をあげると、さして心配そうでもない無表情な女子がいる。
髪が腰に届きそうなほど長く、凛とした印象を受ける。
真崎ほどではないがこちらも身長が高い。
たぶん一六五センチはあると思う。
真崎の友人の加賀美瑞希だ。
一緒に登校してきたのだろう。
二人は中学からの仲らしく、真崎が更生してこの高校に受かったのも、加賀美の助力があってのことだと人伝に聞いたことがある。
恐ろしいのは、これでも真崎が更生しているという事実だ。
(中学時代どんだけ荒れていたんだよ……)
そのころに出くわさなくて本当によかった。
「お、おう。平気だ。心配してくれてありがとな」
「そう、ならいいんだけど」
「おい瑞希、そんな奴ほっとけって」
背後で真崎の声。
それに加賀美が鷹揚と応える。
「なに言ってるの。一寸の虫にも五分の魂よ」
「誰が一寸の虫だ!」
忘れていたけれど、加賀美はすこぶる口が悪いのだった。
「そうね、正確には六尺弱の虫と言ったところかしら」
「サイズの問題じゃねえよ! 人を虫呼ばわりすんなっつってんの!」
「そんなに騒いで、朝から六尺の弱虫は元気ね」
「確かに虫ではなくなったけども。あとなぜか身長が少し伸びたけどもっ」
加賀美はじろじろと点検するように俺を眺めた。
「大丈夫そうね」
もう興味が失せたようで、靴を履き替えるとさっさと真崎に歩み寄っていった。
「怪我させたら問題になるから、ほどほどにしておきなさいよ」
「わかってるって」
どうやら俺の心配ではなく真崎の心配をしていたようだ。
やっぱり酷い。
「……さすが、峰高のベストレズカップル」
意趣返しのつもりで、ぼそりとそう呟く。
「誰がレズだ」
真崎がすぐに噛み付いてきたが、加賀美は特に否定も肯定もしなかった。