第14話 運動、死
軽く準備体操をし、アップのためにランニングを始める。
とりあえず公園内を一周。
距離にしてせいぜい八百メートルといったところだろう。
「じゃあ行ってくるわ」
「うん」
妹に声をかけて走り出す。
ものの十数メートルで息が切れた。
が、背後に妹の目があるので立ち止まるわけにもいかない。
小川を渡り、お年寄りの散歩コースにもなっている遊歩道をのろのろと進む。
新緑のトンネルには風情があるが、それを楽しめていたのは最初だけだった。
息も絶え絶え。
それでもなんとか走り切り、転がるように四つん這いになる。
ぜえぜえと荒い呼吸。
滝のような汗。
ただのアップでこのざまだ。
「えぇ……」
俺の醜態に妹がドン引きしている。
「……言っとくけど、一番驚いてるのは俺だからな」
「自分のことなのに」
「自分のことだからだよ」
春休みに入ってからろくに外出もしていなかったから、体力が落ちているだろうなと予想はしていたけれど、これほど酷いとは思っていなかった。
呼吸が整うにつれ、なんだか腹が立ってくる。
「つか、こんなことして意味あんのかよ」
のろのろと立ち上がりながら言う。
「あるよー」
「どんな」
「だってハーレムを作るんだよ? 当然、体力は必要でしょ」
俺は呆れて嘆息した。
「下ネタかよ……」
「なっ」
妹の顔がかあっと紅潮する。
「な、なに勘違いしてるのっ!? 私はただ、大勢の女の子を養うんだから馬車馬みたいに働かなくちゃいけないってことを」
「ああ、そういう意味ね。悪い悪い」
妹はどうも俺の態度が気に入らなかったようだ。
顔を真っ赤にしたまま、キッと睨みつけてくる。
なぜだか俺は愉快な気持ちになった。
「お前ってそういう話ダメなんだな」
「べ、別に、そんなことないけど」
妹は小声で言い、そっと視線を外した。
その反応が、さらに俺の嗜虐心を煽った。
「あっ」
今まさに大切な用事を思い出したとでもいうように声をあげる。
もちろん演技だ。
俺に大切な用事など、そうそうない。
妹は興味を引かれたようで、顔から含羞の色が少し抜ける。
俺が秘密ごとを打ち明けるように、口元に手を添えて顔を近づけると、釣られるように耳を寄せてきた。
俺は卑猥な言葉をそっとつぶやく。
妹は髪を逆立て、今までの比じゃないほど顔を赤らめた。
殴りかかってくる。
「おっと」
それを予見していた俺は妹の攻撃を難無くかわした。
何度も拳を振り回してくるが、それもひらりひらりとひたすら避ける。
喧嘩慣れしていない俺でも、さすがに妹にやられはしない。
「うぅ……」
妹は涙を浮かべ、下唇をきつく噛んだ。
やり返せないのが悔しいのだろう。
「な、なにニヤニヤしてるのっ」
「いやぁ、別にぃ」
妹の弱点を発見できて嬉しい限りだった。
これで妹をからかうバリエーションがぐっと増える。
そんな俺の魂胆を察したのか、妹は威嚇するように歯を剥いた。
「次また変なこと言ったら、去勢するからねっ。鈍器で!」
「鈍器で!?」
思わず叫んでしまう。
「え、去勢って普通、切り取ったりするもんじゃないの? いや知らないけど。知りたくもないけど! ……いったい鈍器でどうやって」
「どうって」
妹は両手で空中に巨大なハンマーを描いた。
そしてその空想上のハンマーの柄を掴み、俺の股間目掛けて力いっぱい振り上げた。
「はぅっ、ぐっ」
もちろん痛みなどなかった。
それでもタマタマが我先にと縮こまり、自然と内股になってしまうほどの衝撃が俺を襲う。
妹は呼吸も満足にできなくなった俺に悠然と歩みより、耳元でそっとささやいた。
「いい、わかった? 次は本当に潰すからね。一つずつ」
「一つずつ!? 鬼か!」
「四回にわけて」
「四つ目なに!? 俺のなにを潰す気!?」
俺の股間には棒が一本と玉が二つしかないはずだ。
いやもしかして、俺が知らないだけでなにかがあるのだろうか?
俺は中学の保健体育で習うまで、キスをすれば子供ができると信じていたピュアボーイだ。
その可能性は十分にある。
とっさに股間に手をやり確認した。
やはり、柔らかい棒が一つと硬い玉が二つあるだけだった。
どれだけ弄っても柔らかい棒が少し硬くなった以外に異変は見られない。
「ちょ、ちょっと、どこ触ってるの!? 変態!」
妹は俺の股間を全力で蹴り上げた。
俺は死んだ。




