第13話 日曜日
日曜日。
長期休暇中の高校生に曜日なんて大した意味はないのかもしれないが、俺にとっては違った。
日曜日は父が家にいる。
必然的に、俺は自室に引きこもることになる。
元々インドアだからそこまで困らないが、部屋から出ないのと部屋から出づらいのとでは心理的な負担がまるで違った。
読書しても勉強しても、いまいち集中できない。
澱のようなストレスだけが溜まっていく。
妹が部屋を訪ねてきたのは、そんな鬱屈した晴れた午後のことだった。
「お兄ちゃん、お出かけしよう」と晴香は開口一番に言った。
俺は数瞬の間の後に、目的も聞かないまま「いいよ」と答えた。
外に出れば少しは気が晴れるかもしれないと思ったのだ。
妹はきょとんとする。
出不精の俺がすぐに了解しのが意外だったのだろう。
もしかしたら俺を説得するシミュレーションでもしていたのかもしれない。
「そう? じゃあ用意できたら私の部屋にきて」
俺はのそりと立ち上がって身支度を整えた。
妹との外出に着飾ったりはしないから、二分とかからず準備を終える。
それからすぐに妹の部屋を訪ねた。
「あれ、なにその服?」
俺を見るなり妹は言った。
自分の服装を見下ろしてみる。
ジーパンに無地のパーカー。
パッとはしないが驚かれるほど悪くもないはずだ。
「何か変か?」
「あ、そっか。出かける目的、まだ話してないんだった」
妹は椅子から立ち上がると胸を張った。
「どう、わからない?」
「どうって聞かれてもな」
肉食獣が平地を走っていた。
本当は山を駆け登りたいだろうに、可哀そうなピューマ。
なんて人生で初めてロゴマークに同情してしまう。
それほどまでに妹には胸がない。
「……ん? なんでお前ジャージ着てんの?」
部屋着にもこだわる妹にしては珍しい。
ましてやその格好で外出しようなんて意外だ。
「なんでだと思う?」
妹はにやりと不敵に笑った。
なんでだろう。
とりあえず嫌な予感しかしない。
*
妹に連れてこられたのは、自宅から歩いて十五分ほどの距離にある大きな公園だった。
公園とは言っても遊具は一つも見当たらず、だだっ広い草地が広がるだけだった。
広場とか草原とか言った方がしっくりくるけれど、名前の最後に『公園』とついているのだから公園なのだろう。
そもそも俺は公園のちゃんとした定義を知らなかった。
帰ったら調べてみようかな、なんて思ったけれど、五分後には綺麗さっぱり忘れていることを俺は経験から知っている。
あとに残るのはいつも「なんか忘れてる気が……」という気持ちの悪い感覚だけだ。
記憶なんて意外と曖昧で信用のならないものなのだ。
「学校の指定ジャージって恥ずかしいんだよな……」
妹に着替えさせられた服を憂いながらぼやいた。
色は濃紺で別段ダサくはないし、むしろ指定ジャージとしてはまともな部類なのだが、左胸のあたりに小さく「八乙女」と名前が刺繍されていて、それが妙に恥ずかしかった。
「仕方がないでしょ。お兄ちゃん、それしかジャージ持ってないんだから」
「まぁそうなんだけど。てか当面は勉強じゃなかったのかよ」
「学校の勉強ね。お兄ちゃんの学校にだって体育の授業はあるでしょ。つまり、運動も学校の勉強のうちだよ」
「……屁理屈だろ、それ」
「お兄ちゃんもよく屁理屈言うでしょ」
「まあな。でも他人に対してはなんの臆面もなく『屁理屈言うな!』と怒鳴れる男だ、俺は」
「威張ることじゃないと思うけど……」
「そもそも『屁理屈言うな』って言葉自体、かなり屁理屈っぽいしな」
「『人のせいにするな』って言ってる人が一番人のせいにしてる、みたいな?」
「そうそう」
人のせいにするな、なんてのは自分に一切非がないと思っていないと出てこない言葉だ。
そんな言葉を軽々しく口にする連中は、自分の身の回りで問題が起こったときも、「人のせいにするな」と言っては人のせいにし続けるのだろう。
そんな益体もないことを考えながら、俺は空を仰いだ。
快晴だ。
風は少し冷たいけれど、日差しが強いからむしろ心地よかった。
草の匂いも春の到来を予感させてすがすがしい。
俺はインドアだけれど、目的もなく外をふらつくのが苦手なだけで、体を動かすことや外出自体が嫌いなわけではなかった。
たまには運動するのもいいだろう。




