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第11話 顔馴染み、幼馴染

 彼女の教え方はとても丁寧でわかりやすかった。

 もともと得意科目と言うこともあって、すらすらと頭に入ってくる。

 気付いた時には下腹部の(うず)きも収まっていた。


 一時間半ほど勉強してから、食事休憩。

 リビングに下りてオムライスを振る舞うことにした。


「誠一くん、料理できるんだ」

「簡単なものだけですよ」

「それでもすごいよ」


 具材がウインナーと玉ねぎだけの簡素なケチャップライスに半熟のたまごを乗せる。

 彼女は「すごいすごい」としきりに感動していた。

 もしかしたら料理が苦手なのかもしれない。

 好感度がすごい勢いで上昇するのがわかった。


「お昼は自分で作ってね」と言う妹の言葉をふと思い出す。


 ここまで想定しての発言だったのかもしれないと気付き、うすら寒いものを感じた。


 食後はコーヒー。

 松宮さんはミルクと砂糖を一つずつ入れた。


「誠一くんは?」

「このままで」


 そう言って、ブラックのままのコーヒーをすする。

 いつもは牛乳とミルクと砂糖をたっぷり入れて甘々のカフェオレにするんだけど、無駄に格好つけてみた。


 苦い。

 まずい。

 え、なにこれ泥水?

 

「ブラックなんだ、すごいね」と尊敬の眼差しで見られることを期待していたんだけど、彼女の反応は「そっか」とあっさりしたものだった。

 大学生にもなれば珍しくもなんともないのかもしれない。

 なんだかとてもショックだった。


 俺はちびちびと泥水をすする。

 全然減らない。

 どうしよう、飲みきれる気が全くしなかった。


「誠一くんって、いろいろバイトしてるんだよね」

「もう全部やめちゃいましたけど」

「どんなバイトしてたの?」

「ファミレスのホールとコンビニ、あとピザの配達」

「いいなぁ、私もバイトしてみたいんだけど」

「やればいいじゃないですか」

「親が許してくれないんだよね。お金が欲しいなら小遣いを増やしてやる、って。そういうことじゃないんだけど」


 松宮さんは不満げな顔をした。


「誠一くんはバイトするって言ったとき、反対されなかった?」

「『好きにしろ』って、それだけ。うちの親は——特に父親は、無関心だから」

「いいなぁ。うちの親は過保護で、もう大学生なのになにかと干渉してきて。本当は一人暮らしもしてみたいんだけど……」

「息子と娘の違いなんじゃないですか? 俺の親も、妹のことは気にかけてるみたいだし」

「そうなのかな」


 うーんと考えこむように首を捻っていた松宮さんが不意に微笑んだ。


「どうしたんですか?」

「いや、なんだか誠一くんとこうして普通に話せてるのが嬉しくて」


 ぎくりとしたのを誤魔化すためにマグカップを口元に運ぶ。

 湿らす程度に含み、時間をかけて飲みこんだ。


「私ね、結構ショックだったんだ」


 黙っているわけにもいかず、俺は尋ねた。


「何がですか」

「何がって、君に避けられてたことがだよ」

「……気づいてたんですね」

「そりゃあ、あれだけ露骨にされたらね」


 彼女は笑っていたけれど、瞳には明らかに感傷のようなものが滲んでいた。


「嫌われたのかなーって、なにかしちゃったのかなーって。話を聞きたかったし、なにかしたのなら謝りたかったんだけど、それすらもさせてくれなくて。……今日、ここに来るのだって、すごく緊張したし」


 松宮さんは俺の鎖骨の辺りを見ながら続けた。


「私は、なにかしたの?」

「いや、なにも」

「じゃあなんで」

「思春期だったから」

「それだけ?」

「……」


 それだけじゃないのは自分が一番わかっていた。

 でも、それを言葉にするのは難しかった。


 松宮さんは急かすことをせず、俺が口を開くのをじっと待ってくれた。

 もしここで俺が「それだけですよ」と言えば、彼女はきっとその言葉を受け入れるだろう。

 納得はできなくても、無理に聞き出そうとはしないはずだ。

 そのことが、彼女の真摯(しんし)な態度から窺い知れた。


 なんだか誤魔化す気になれず、俺は時間をかけて言葉をまとめた。


「小さいころは、よく三人で遊んでたじゃないですか。松宮さんと、俺と、妹で。遊んでいた、というより、遊んでもらっていたと言った方が正しいですけど」


 松宮さんと俺は歳が三歳離れている。

 妹に至っては六歳差だ。

 妹が小学校に入学した年に、松宮さんはその学校を卒業していた。

 それでも彼女は、よく俺たちと遊んでくれた。


「低学年のころは全然気にしてなかったんですけど、高学年になったあたりから、俺っていらないんじゃないかなって思うようになって」

「いらない?」

「俺は妹のおまけなんじゃないかって」


 そこで少し間を置いて、続く言葉を探した。


「松宮さんと晴香は、よく二人で遊んでいたじゃないですか」

「うん」

「でも、俺と松宮さんは二人きりで遊んだことがないんですよ。いつも三人で、必ず間に妹がいて……。当然のことなんですけどね。男と女では興味を抱く対象も、遊び方も全然違いますから。それに、俺と松宮さんは、対等に仲良くできるほど歳が近くないし、性別が気にならないほど離れてもいないから」


 だから、俺にとって松宮さんは近所に住むただの顔馴染なのだ。

 彼女と幼馴染なのは、妹の晴香だけだ。

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