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第9話 来訪者

 しばらくしてから、また妹が部屋を訪ねてきた。


「お母さんと出かけてくるね」


 少し不機嫌そうだったけれど、さきほどのやり取りを蒸し返してまで怒る気はないようだ。

 妹はその辺、切り替えが早い。

 だから俺は気兼ねなくからかうことが出来るのだ。


「ん」


 振り返らずに返事をする。


「遅くなるから、お昼ご飯は自分で作ってね。食材も結構あるし」

「はいよ」


 もともと朝と昼は自分で作っているのだ。

 わざわざ言われるまでもない。


「じゃあ勉強頑張ってね」


 そう言い残し、妹は部屋を出て行った。


 しばらくして玄関の扉が開かれ、そして閉じられる音が二階の俺の部屋まで響いてくる。

 妹たちが家を出たのだろう。


 一時間ほど問題に取り組み、喉の渇きを覚えて立ち上がった。

 部屋を出るとき、不審なものが目についた。


 大きな紙が壁に貼り付けられていたのだ。

 紙には太字で『一石二鳥』とでかでかと書かれていた。


(なんだこれ? いつの間にこんなものが壁に……)


 遅れて、妹の仕業であることに気が付いた。

 さっき部屋を訪れたときに張り付けていったのだろう。

 近づいて、太いマジックペンで書かれたそれをまじまじと見つめる。


「……スローガン?」


 詳しくは知らないけれど、こういうのは『一日一善』みたいな主義やら目標やらを書いて壁に貼るものなんじゃないのか?


 一石二鳥って……。


「斬新だな」


 てかなんで俺の部屋に貼るんだよ、意味わかんねえよ。

 深く考えるのも面倒くさかったので無視して水を飲みにキッチンに向かった。


 部屋に戻り軽く伸びをする。

 長時間座っていたせいで強張っていた体がみしみしと鳴った。

 それからまた机に向かいシャープペンシルを手に取ったところで、ピンポーン、と来訪者を伝えるチャイムが鳴った。


「うわ、めんどくせえ」


 さっき一階に下りて戻ってきたところなのだ。

 タイミングが悪い。


 少し迷ってから、居留守を使うことにした。

 宅配便だったりしたら申し訳ないけれど、大方宗教の勧誘かセールスだろう。

 根拠はないけれど、無視するためにそう決めつける。


 インターホンは、それから何度も繰り返し鳴った。


「しつこいなぁ……」


 長い空白がある。

 ようやく諦めたか、とそう思った時、今度はガチャリと扉が開かれる音が響いてきた。


「——え?」


 思考が一瞬停止する。


(……妹たちが帰ってきた?)


 いや、それにしては早すぎる。

 それにインターホンを鳴らす理由がない。

 じゃあ一体誰が——


 ぞわっと鳥肌が立った。


(やばいやばいやばい! 泥棒? 強盗? 殺される!)


 落ち着け、まだ大丈夫だ。

 泥棒だろうが強盗だろうが、まずは一階を物色するはずだ。

 その間に通報するなりなんなりして——


 とんとんとん、と階段を上る足音が聞こえてきた。

 侵入者は迷いなく、そして俺に行動する猶予(ゆうよ)を与えることなく、俺の部屋まで一直線にやってきた。


 ノックの音。

 コンコンコンコンと続けて四回。

 妹は俺の部屋に入るときに律儀にノックなんてしないし、母親のノックはいつも決まって三回だった。

 今部屋の前にいる誰かは、やはり妹でも母親でもないようだった。


 俺はただ凝然と扉を見つめることしかできない。

 情けないことに、完全に縮みあがっていた。

 わざわざノックをするところが、猟奇的(りょうきてき)に思えてしまう。


 ややあって、扉が控えめに開かれる。

 隙間から顔を出したのは、見知った女性だった。


「あ、居たんだ。よかった」


 茶色に染められた長い髪。

 少し垂れた眉毛と涙袋が目立つ大きな目が印象的なのに対し、口が小さく唇が薄い。

 服装は白いワンピースに濃紺のカーディガンと清楚なのだが、肩にかけた鞄だけが不釣り合いに大きかった。


 俺は我に返る。


「え、あ、松宮(まつみや)さん?」


 松宮茜音(あかね)は、ほっとしたように微笑んだ。


「どうしたの? そんな鳩が実弾を食ったような顔して」

「驚くどころか間違いなく死んでるよねそれ。口径によっては原型すら留めないよね」


 彼女はおかしそうに笑った。

 俺もつられて笑ってしまう。

 けれど内心穏やかではなかった。


「で、どうしたんですか。勝手に人んちに上がり込んできて」


 自然と険のある言い方になってしまう。

 いくらご近所さんで顔馴染だからって、節度というものがあるだろう。


 彼女は目を丸くした。

 それこそ、鳩が豆鉄砲を食ったように。


「晴香ちゃんから何も聞いてないの?」

「妹から? ……いや、何も」


 彼女は困ったように頬をかいた。


「ええっと。晴香ちゃんに、『お兄ちゃんの勉強を見てあげて』って頼まれたんだよね。今朝、電話で」

「あ、そうなんですか?」

「勝手に家に上がっていいからって言われてたんだけど、流石にそれはどうなのかなって思ってインターホンを鳴らして、でも応答がなかったから」


 彼女は申し訳なさそうに笑った。


「ごめんね、驚かせちゃったみたいで」

「いえ、こっちこそすみません」


 知らなかったとはいえ失礼な物言いをしてしまった。

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