表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/37

 あいつ()が楽しそうにしていると、アタシも楽しかった。

 中学三年の時に同じクラスになるまで、あいつのことなんて知らなかった。同じクラスになってからもあいつを加々美航という一人のクラスメイトとしか認識していなかった。

 いつ見てもどこか退屈そうな顔。明らかに毎日を惰性でしか生きなさそうな生活態度。アタシたちまだ中学生だよ? もう既に仕事に疲れたサラリーマンみたいなオーラ出してたら大人になった時どうなっちゃうのさ。アタシの航のイメージは、最初はこんなところ。

 でも、航はやっぱり男子中学生だった。仲の良い男友達といる時はしっかりはしゃぐし、それで授業中に先生に怒られたりしているところも見たことがある。あんな顔もするんだなあと思った。

 そりゃクラスメイトだし、航と一対一で学校での事務的な会話や、軽い雑談もしたことはある。でもその時航は、アタシに笑顔で接してくれることはなかった。楽しくないのだ。アタシと話をすることが。

 たぶん航を意識しちゃうようになったのはそこからだと思う。別に飛びぬけて顔が良いわけでもなく、聞いてわかる通り話し上手というわけでもない。でもアタシは、あいつがアタシと一緒にいることが楽しくないのだろうと、勝手に頭に来ていたのかもしれない。この夏狩彩智をなんだと思ってんだって。

 そして一度だけ、航がアタシに笑ってくれたことがあった。

 アタシが数人で廊下を歩いていた時のこと。男子の一人がアタシに景気よくツッコミを入れてきたのだ。それでよろけたアタシは反対側を歩いている人にぶつかってしまう。それが航だった。アタシは慌てて謝ると、

 ――ほんと、夏狩はいつも楽しそうだよな。

 初めて、アタシに対して笑ったのだ。あれがバカにしてなのか、そんなことはどうでもよかった。

 とにかくそれが、アタシの心を強く貫いた。

 それだけ。本当にそれだけ。これまでワケのわからない男どもに言い寄られることは何度もあったけど、人を好きになるって気持ちはまったくわからなかった。それがあいつのたった一度の笑顔で、全てを理解してしまった自分が情けないったらない。アタシって、実はものすごいチョロいのかもしれない。でもきっと、人を好きになるってそういう些細なことから起きるんだと思う。

 あいつが楽しそうにしていると、アタシも楽しい。

 あいつが退屈そうにしていると、アタシも退屈。

 だからアタシは去年、航を部活に誘った。誘ったというか、月光寺先輩に攫ってきてもらったと言った方が正しい。最初はどうなることかと思ったけど、新聞部の活動は毎日が最高に楽しくて、航もいつも笑っていた。アタシはそれが嬉しくって、ずっとこんな日が続けばいいのにって思っていた。

 でもアタシはすぐに気づいてしまった。航は部活が楽しくて笑っているわけではないのだと。アタシがした決死の告白が、どんどん薄れていくような気がした。もうね、メチャクチャ複雑。

 航は今でも月光寺先輩のことを考えている。いなくなって一年以上が経つっていうのに。というか、いつまでアタシをほったらかしにしておくつもりなの?

 それでもアタシは航が好き。一体いつ返ってくるかもわからない答えを、今日も堪えてぐっと待つしかないのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ