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「んで副部長、部活って何すんのさ」


 四人が思い思いの飲み物を汲みに行ってきたところで、朋也がそう切り出した。


「いや、集合掛けたのは彩智だから」


「なんだよそれ~。しっかし、どういう風の吹き回し?」


 さっちゃん、と朋也は彩智に訊く。こうして部員が顔を合わせたのは、去年の夏休みが始まる直前。実に一学期の最終日以来だった。一年以上も経過しておいて今更何をしようというのか、というのが僕の考えだし、朋也もそう思っているだろう。


「……たまにはこういうのもいいんじゃないかって思ってね」


「ふーん。で、さっちゃんはなんかしたいことでもあるの?」


「それを今から決めるの」


「……は?」


 朋也は呆気に取られた様子でぽかんと口を開けると、


「んだよそれぇ! 絶対決まんないやつじゃん! 普通そういうのはある程度自分の中で算段がついて初めて集合掛けるもんなんじゃないの! ミカちゃんじゃあるまいし!」


 呆れ気味に言いながら、椅子の背もたれに大きく身を預けたのだった。見てくれに似合わずごもっともなことを言うやつだ。しかもあの彩智に。


「どうせ決まんないだろうし俺はこの辺で失礼しようかな。さっき遊ぶ予定断ってきちゃった女の子がいるんだよね」


「んなっ!? アンタね――!」


 彩智は朋也の言動にカチンときたのか、反射的にテーブルに身を乗り出して、声を荒げた。なんとなく予想はしていた展開だった。怒る彩智に、そんなのはお構いなしといった具合で鼻歌交じりにスマホを眺める朋也。


「ね、ねえ航! やりたいことあるでしょ!?」


 いくら言っても聞く耳を持たない朋也に、彩智は残りの人間に助けを求めていた。


「……いや、これと言って特には」


「ののちゃんは!?」


「わっ……私も、思いつかない……です」


 僕も有栖さんも、なし崩し的にファミレスに招集を掛けられ、ただ座ってジュースを飲んでいるだけで、それ以外に何も思うことはなかった。部活を再開しようと唐突に言われても、案なんてあるわけがない。少なくとも今回集まった四人のうち、三人は間違いなく乗り気ではないことは判明した。


「……」


 三人に部活再開の意思が感じられないことがわかると、彩智はやがて喋ることをやめ、静かに椅子に座った。

 そんな彩智の様子が見ていられず、僕は目を逸らす。なんだよこれ。

まるで部活を再開しようと思わない僕らが悪者扱いされているような気がして、少しだけいら立ちも覚えた。


「……朋也、とりあえずスマホは置け」


「ええ~、なんでよ」


「いいから、置けよ」


「だってこれから女の子と予定を」


「今日はこっちだ」


 この場のどうしようもなく重苦しい空気に耐えることができず、僕は朋也を軽く睨みつけた。


「わかった、わぁかったよ。そんな怖い顔すんなよなぁ」


 朋也は大きくため息をつくとスマホをテーブルに置き、頬を膨らました。

 彩智に味方したかったわけではない。ただ、嫌な気持ちでこの場にいたくない。それだけだった。

 とりあえず朋也の離脱を阻止することに成功し、僕は嘆息すると皆の顔を見た。

 先ほどから俯きっぱなしの彩智。

 スマホをお預けされ、仕方なく店内の女性を観察する朋也。

 状況が飲み込めず、おろおろを視線を泳がせている有栖さん。

 全員が全員、違う方向を向いていた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。あんなに一緒の方向を向いて笑っていた僕たちが、ものの一年と数カ月でバラバラになってしまった。

 ――あの四カ月は、僕らにとって〝劇薬〟に他ならなかった。用法容量を守ってさえいれば、もう少しマシな現在を過ごしていたかもしれないけど、あんな『奇跡』を目の当たりにしてしまって、歯止めが利くわけがない。その後はみんな、体から魂が抜けたみたいに空っぽになってしまった。


「……部活再開ったってさぁ、ミカちゃんがいなくなっちゃったのに、またあんなことができるわけがないと思うんだけど」


 数分の沈黙が続いたところで、最初に痺れを切らしたのは朋也だった。更に続ける。


「あの頃の俺らがなんて呼ばれてたのか知ってる? 『フィクション部』だぜ? 書く記事ぜーんぶがまるで嘘みたいな、体験した俺らにしかわからないノンフィクションのオンパレード! 新聞部はミカちゃんがいたからこそ楽しかったワケで、ここでまた始めたところでただの文化部となんにも変わんないよ」


「それは――っ、何も月光寺先輩の真似をしようだなんて思ってはないし! アタシはただ、みんなでまた集まって何かできたらなあって思っただけよ!」


「何かって?」


「だからそれを今から――!」


 堂々巡りだった。立ち上がって至近距離でのメンチの切り合いは二人の間に火花でも散っているのではないかと思わせるほどにバッチバチ。まあこの二人の喧嘩は一年生の頃から恒例みたいなものだから、そこまで心配もしていない。それよりも僕は――。


「あ……あのあの……! ケンカはよくないと……!」


 僕とは互い違いの席に座っている有栖さんのことが心配でならなかった。彼女は全てを真に受けてしまうタチで、恐らく今も二人の口喧嘩を見ながら戦々恐々としているに違いない。何かぼそぼそと言いながら仲裁に入っているようだけど、二人の耳に入っていないことがわかると、しゅんとしながらストローでメロンソーダをちゅうちゅうと吸っていた。ああ、憐れな女の子。


「……有栖さん、最近調子どう?」


 そんな彼女が見ていられなくなって、僕は適当に話を振ってみた。


「……へ? へええっ!? えと、その……ぼちぼち、です!」


 そんなに驚かなくても。しかもさっき彩智にしていた返答と同じだし。


「ああ、そうなんだ……」


 話に花が咲くどころか、枯れてしまいそうな勢いだった。


「むむむ……さっちゃんの考えなし!」


「だからさっちゃん言うなっ!」


 あー、めちゃくちゃ。会議もへったくれもない。


 ちょっとでも場の収拾を図ろうとした自分がバカみたいに思えてきて、僕はやがて考えることをやめると、窓の外をぼーっと眺めた。昨日と同じ、綺麗な夕焼け空が街を覆っていた。

 高校二年生の二学期がスタートして、あと数カ月もすれば僕たちは高校生活の折り返し地点に差し掛かる。入学時点で軽くジャブを入れられていた卒業後の進路についても、いよいよ本格的に考えていかなければいけない時期がやってくる。

 このまま、淡々と毎日が過ぎていくのだろう。そして受験勉強という長く暗いトンネルが、清々しいまでの一本道の上に姿を現し、大口を開けて待っているのだ。今まで仲の良かったやつらとも疎遠になって、大学で新しい友人ができて……。


「……」


 それもいい。別にそれでもいいと僕は思う。高校卒業後に進学するかしないかとか、人によって違いはあるけど、僕の考える一般的な人生とはこういうものだ。


「どこか……」


 普通だ。可もなく不可もなく。つまらないということもないだろう。僕たち高校生の目の前には、無限の可能性が広がっているんだ。でも――。


「……どこか、行く?」


 その可能性というものは、可能性を信じる者の前にしか存在しない。僕はなんとなく残りの高校生活に、どんよりとした雨雲を想像した。


「「えっ!?」」


 僕がぼそりと呟いた一言を、それまで言い争いをしていた二人が耳ざとく拾ってきた。


「どっ……どこどこ!? どこ行くの!?」


 ハイライトの見えなかった彩智の瞳がらんらんと輝きだす。


「い、いや、何も決めてないけど」


「……まさか航からそんな言葉を聞く日が来るなんてなぁ」


 すとん、と椅子に崩れ落ちる朋也だった。


「お前らは僕をなんだと思ってるんだ……」


 心外だ。でも一応、僕の一言で二人が静かになってくれただけでも良しとしよう。ほら、有栖さんのめちゃくちゃ安堵した顔を見てよ。胸を撫で下ろしてるじゃないか。


「いいから早く話して! ジュース汲んできたげよっか!?」


 やけに従順な彩智だった。


「いいよ別に……どこかとかは何も考えてないけど、一応僕らは新聞部だし、部活という名目で行ける所、とか」


「記事にできそうな場所ってことね」


「まあそうだな」


 朋也は理解が早くて助かる。


「でもそれって結局さ、ミカちゃんがいた時に書いてた記事に似ちゃうんじゃね? しかも大きくクオリティが下がってさ」


 理解が早いということは、それだけ反論も早いということだ。


「あとは光城市とか、この街に焦点を置いた記事とかも」


「うわぁ、超新聞部っぽいじゃん。明らか陰キャって感じ」


「偏見すぎるだろ」


 朋也はうへぇ、と顔の前で手を横に振って大げさに嫌悪感を出していた。

 今思えば、僕らが活動していた時の新聞部の記事は、正直新聞と呼べるものではなかった。みんなでどこどこに行って何をしてきました、みたいなことを自己満足で書き殴っていく落書き帳みたいな感じ。部活なのでそれを記事にしてはみんなに自慢げに見せていた辺り、アナログ版のブログみたいなものなんだろうと思う。


「でもまあ結局、この辺回るにしてもどこか遠くに行くにしてもさ、メンドそうなことに変わりはないんだよね」


「……それを言ったら部活なんてできないと思うんだが」


「そうだそうだ! 副部長がせっかくやる気出してるのに!」


 やる気というかなんというか。僕はただ、ここで動かないと後で後悔しそうな気がしただけだ。朋也と同じように多少の面倒臭さも感じている。僕はまた部活を始めて、何がしたいのだろう。


「……魔法」


 無意識のうちに、口が動いていた。


「マホウ?」


 彩智がきょとんとしながら僕を見た。


「……え、あ……いや、魔法使いについて調べるのはどうか、なんて」


「そんなの歴史の授業でやったじゃん」


「それはそうなんだけど、僕らは他の人よりも魔法を身近に感じていたし、もっと深掘りしたらどうかなって」


「……結局それか」


 彩智は小さく何かを呟いた。


 僕たちは去年、教科書の中でしか知らなかった魔法という名の奇跡に出会った。でも出会っただけで、それをよく知ろうとは思っていなかったんだ。少なくとも僕はそうだった。


「ダメかな」


 今更知ったところでどうなるものでもないけれど、先輩がどんな気持ちで僕らを新聞部に誘ってきたのか、少しでも理解してみたいと思った。


「……航がそうしたいなら、アタシは賛成する」


 彩智は渋々といった具合に賛同してくれた。


「面倒なのはゴメンだかんな~」


 朋也も一応。


「有栖さんは? どうかな」


「わっ……私も、大丈夫です!」


 有栖さんはただ空気を読んだだけのように見える。

 何はともあれ、これで彩智が望んでいた新聞部の活動再開に一歩近づいたということになるのだろうか。一応、笹子先生にも言ったほうがいいんだよな。顧問だし。


「彩智、これでいいか?」


「はいは~い、文句な~し」


「なんだよそれ……じゃあとりあえずどこに行くかについては未定ということで、ちょっと調べてみるよ」


 光城高校新聞部は、こうして四人での再スタートを切ろうとしていた。




 ……ん、四人?


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