5
『部活するから』
次の日の放課後。彩智から有無を言わさぬミサイルのようなメッセージが飛んできたのは、僕が帰りの身支度を整えている時だった。
彩智の不意打ちに、僕は不覚にもメッセージに既読をつけてしまった。これでは昨日の電話のように、気づかなかったととぼけることもできない。というか、なんでまた急に?
僕が返信するか迷っていると、それを察していたのか彩智は追撃するように、
『勝山とののちゃんにも連絡済み』
……彩智さん、さすがです。
僕は観念して『了解しました』と返信すると、すぐさま『正面玄関に集合』と来た。文字が暴力を振るっているように見えてしまう。
正面玄関に行くと、彩智はもう靴を履いてスマホをいじりながら待っていた。
「お待たせ。二人は?」
「そんなの現地集合に決まってるじゃない」
「決まってるんですか……」
「何が楽しくてせっかく航と二人きりでいられるのに、わざわざ四人で行かなきゃなんないのよ」
「……っ」
惜しげもなく平気で恥ずかしいセリフを吐くのだからたまったものではない。こういう時に返す言葉の正解があれば教えてほしかった。
「んじゃ、行こっか」
「どこでやるんだ?」
「いつものファミレスでいいよね」
「はいはい。で、二人はもう行ってるの?」
「うん、一時間後に来てって言ってある」
どこからどこまでも用意周到な彩智だった。
こうして僕と彩智は昨日と同じファミレスに行き、二人が来るまでの一時間、二人きりのティータイムを楽しむ羽目になったのだった。
「やっほーみんな、久しぶり……ん? 俺、もしかして時間間違えちゃったりした?」
そして、本来の集合時間である五時半になる前に、彼はやってきた。なんともふわふわとした雰囲気は数カ月前と変わっていない。
「いいや。むしろ素晴らしい五分前行動だ」
「チッ」
彩智のあからさまに大きな舌打ちが聞こえた。いや、あなたが呼んだんでしょうよ。
「あれ、朋也。有栖さんは?」
「さあ。別に有栖さんと一緒に行く約束もしてないし」
僕と彩智のくつろぎ具合に釈然としない面持ちをしながら、彼――勝山朋也は椅子に腰掛けた。
「……なんでしれっとアタシの隣に座ろうとしてんのこのバカ!」
「く~! やっぱりダメだったか~!」
正確には、腰掛けようとした椅子を、彩智が目にも止まらぬ速さでガードしていたと言った方が正しい。
「相変わらず慣れ慣れしいやつねホント!」
「なあ航! 別に決まってねえんだからどこに座ってもよくねえ!?」
朋也は僕の隣の席に泣きつくように座り、そう同意を求めてきた。
「ま、まあな」
「アタシの中では決まってんの」
「うわ~ん! 横暴だよさっちゃ~ん!」
「その呼び方アンタしかしてないからやめて」
机に突っ伏す色男。
勝山朋也は僕らが以前所属していた、新聞部の五人のうちの一人だ。これまでの一連の行動の通り少々、女という生き物に目がない。
僕より頭一つ分背の高い身長。肩くらいまで伸びる、男にしては長めの黒髪をさらりとかき上げる仕草がむかつく。くっきりとした二重まぶたに長いまつ毛と日本人離れしたシャープな顔立ち。簡単に言えば、朋也はそういった自分の強みをちゃんと理解した上で女の子に絡んでいく、俗にいうナルシストの部類だった。
ネクタイを緩め、若干着崩した制服はそれだけでチャラチャラとした印象を受ける。手首や指にもシルバーのアクセサリーをはめており、部活で知り合っていなければ間違いなく関わりたくないタイプの男だった。
だがしかし、実際にこいつと過ごしてみると、意外としっかりしているところはしているのだなと感心することもある。今しがた、ちゃんと集合時間にファミレスにやってきたこともその一つだ。
「ううう……航、じゃあとりあえず俺のドリンクバーもオーダーしといて。取りに行ってくる」
「はいよ」
朋也はうなだれつつドリンクバーの方に向かっていった。そんな彼の姿に気付いた他の女性客の黄色い囁き声が耳に入る。朋也はその声援に、瞬時に猫背になっていた背筋をぴんと伸ばし、手を挙げて応えていた。
「女たらし日本代表……!」
苦虫を嚙み潰したような顔で朋也を見る彩智だった。
「まあまあ」
と、ここで。
「――ごっ、ごめんなさい! 遅れましたぁ……!」
四人目の新聞部の声がしたのはそんな時。
見るからに小柄でちんまりとした女の子。光城高校の制服を着ていなければ中学生……いや、小学生に見られてもおかしくはないだろうか。椅子に座った僕がちょっと見上げるくらいの身長。
女の子は肩で息をしながら僕らのテーブルに突っ込んできて、開口一番に謝っていた。時刻は五時三十二分。別に遅れてもいないだろうに。
「はぁ~、ののちゃんっ! 久しぶりじゃん、元気してた~!?」
「ひゃ……ひゃい!? ぼちぼち、です……!」
彩智は彼女の姿を見つけるや否や自分の隣に座るよう促し、柔らかそうなほっぺたに頬ずりをしていた。さながら長期の旅行で離ればなれになっていた飼い主と猫を見ているような気分だ。
有栖乃々子。それがこの幼い同級生の名前。常にどこかおろおろとした仕草や、小動物然とした容姿のせいで、多くの女子生徒から愛玩動物扱いされている不憫な子。
緋色のヘアゴムで留めただけの短いおさげ。校則を遵守した制服の着こなし。顔の造りも外見同様に派手さはないものの、それでも大和撫子のような、品のある可愛さがある。
こうして彩智と有栖さんが並んでいるのを見ると、美人にも色々ジャンルがあるのだなあとしみじみ感じてしまう僕だった。
こうして光城高校新聞部の『元』部員は、滞りなく集まった。