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モニカとマーヤ

「ご苦労様でした」


探索士協会に素材を納品し終えた三人は、マヌエラからの労いの言葉と、依頼達成の報酬を受け取った。今日の仕事が無事に終わり、安堵と達成感に包まれながら、彼女たちはそのままの足でアルホフ通りへと向かった

すっかり日も落ち、空は深い藍色に染まっていた。

アルホフ通りは、昼間とは全く異なる顔を見せていた。通り沿いの店々からは、色とりどりの煌びやかなランプの光が競い合うように輝き、石畳の道を幻想的に照らしている。赤や青、緑の光が混じり合い、まるで宝石が散りばめられたかのような光景が広がっていた。夕食時とあって辺りに美味しそうな匂いが立ちこめ、食欲をそそる香りが入り混じり、道行く人々の胃袋を刺激する。昼間よりも格段に人通りが増え、活気と喧騒に満ちていた。談笑する声、楽器の音色、料理の湯気が入り混じり、五感を刺激する賑やかな雰囲気だ。


「ディアナちゃん、そっちじゃないわよ」


そんな賑やかな通りで、ディアナは美味しそうな匂いに誘われるがまま、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと漂流していた。そんなディアナに、アルマとクラリッサは呆れながらも、微笑ましい気持ちで彼女を見守っていた。

そうやってしばらく進むと、目的の店に到着した。三人にとって、今日の締めくくりとなる場所だった。


「モニカちゃん!」


ちょうど店の前にモニカの姿を見つけたアルマが、手を振りながら駆け寄っていくと、モニカもアルマに気付いて笑顔を浮かべ、大きく手を振り返した。

彼女の髪型は以前とそれほど変わっていないが、毛先が肩に届くほどに伸びており、ランプに当たると艶やかに輝いていた。


「アルマちゃん久しぶりね」


モニカは人懐っこい笑顔でアルマを迎えると、アルマは少し申し訳なさそうな顔を浮かべる。


「三週間ぶりくらい? ちょっとご無沙汰しちゃったわね」


「もっと来てくれるかと思ってたのに全然来てくれないんだもん」


モニカはそう言って拗ねたように唇を尖らせた。


「ゴメンね。ちょっと忙しくしてたから。その代わり今日は珍しい二人を連れてきたから」


そう言ってアルマが後ろを振り返った。

ディアナとクラリッサの姿に気付いたモニカは、ぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに手を振った。


「あらぁ、二人ともヴィンデルシュタットに帰ってたの? 久しぶり~元気だった?」


モニカは駆け寄って二人の手を取った。


「モニカさん、久しぶり。わたくし達はもちろん元気ですわ。モニカさんも元気そうで何よりですわね」


「ん。モニカ、久しぶり」


ディアナは相変わらず言葉少なだが、その表情には懐かしさがにじんでいた。


「わたしも元気だよ。二人ともどうしてるのか気になってたんだけど、元気そうで安心したわ。今日は食べていくでしょ?」


モニカは満面の笑みで尋ねた。


「もちろんですわ」


「お腹ペコペコ」


ディアナがお腹をさすりながら笑顔を浮かべる。


「今日はマーヤは来るの?」


アルマがふと尋ねた。


「どうだろう? 最近忙しいみたいだからわからないわ。来るとしても遅くなるんじゃないかな?」


モニカはそう言いながら、三人を店内へと案内していく。

店内では多くの客が食事を摂っていたが、思ったほど混み合ってはいないようだ。


「ちょうどよかったわ。ちょっと前までだったら座れなかったところよ」


そう言ってモニカが笑った。どうやら一番忙しい時間帯を過ぎて、ホッと息を吐いている所だったようだ。

三人を入口近くの四人掛けのテーブルへと案内すると、モニカはエプロンを外し、自分も同じテーブルに腰を下ろした。


「手伝わなくていいの?」


「ピークは過ぎたし、ちょうどわたし休憩するところだったから大丈夫。それに久しぶりにクレアちゃん達に会ったのに、わたしだけ仕事なんて無理だよ」


モニカはアルマの問いかけに、軽く手を振ってにっこりと笑顔を見せた。その表情は、仕事よりも大切な再会を心から喜んでいるように見えた。モニカにとって、長らく会えなかった友人たちとの語らいこそが、今の最優先事項らしい。彼女はテーブルに頬杖をつき、早くもお喋りの準備万端といった様子だ。

そうこうしているうちに、注文した料理が次々とテーブルに並べられていく。

この店自慢の香草をたっぷり詰め込んでじっくりと焼いた鳥の丸焼きは、黄金色の皮から食欲をそそる香りを漂わせ、見るからにジューシーだ。他にも、新鮮な野菜がごろごろ入った温かいスープ、食欲を刺激する真っ赤なトマトソースのパスタ、焼きたてのふかふかのパン、そして色とりどりのサラダが、テーブルいっぱいに所狭しと並べられ、ディアナはもう我慢できないといった様子で、キラキラと目を輝かせながら早速鳥の丸焼きにがっついていた。

その無邪気な食べっぷりに、モニカとアルマ、そしてクラリッサは思わず笑みをこぼす。久しぶりの再会は、美味しい料理と共に、賑やかで温かい時間となりそうだった。


「それでその恰好、今日は採取に行ってきたの?」


「うんそう。みんなで行くの久しぶりだったし、めちゃめちゃ楽しかったわ!」


アルマがそう言って、屈託のない笑顔を見せた。


「それよりも、モニカさん婚約したって聞きましたけど?」


クラリッサはふと、最近耳にした噂を思い出し、モニカに尋ねた。モニカは少し驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうに頷いた。


「そうなの。ついこの間ね」


モニカの表情には、若干の照れと隠しきれない喜びがにじみ出ていた。


「どんな方ですの?」


「ただの近所の幼なじみだよ。料理人になるため今はまだ他の店で修行中なんだ。わたしが成人するのを待ってから結婚するつもりなんだよ」


結婚後はこの店に入って一緒に働く予定だったが、モニカが成人するのは来年だ。そのため相手の男性は、今は別の店で修行しているのだそうだ。


「近くで働いているんでしょ? せっかくなんだし呼べば?」


アルマはそう言って、からかうようにモニカに促した。


「ええぇ、恥ずかしいからまた今度ね」


からかわれるのがわかっているからだろう。アルマが呼ぶように言っても、モニカは照れながらもしっかりと断った。


「あれ~!?」


賑やかな笑い声が響く店内で、ふと入口付近から驚きに満ちた声が上がった。四人が談笑を続けていると、その声の主がこちらへ駆け寄ってくる。


「二人とも帰ってたの!?」


そう言って少女が四人に駆け寄ってくる。


「マーヤ!?」


駆け寄ってきた彼女は、トレードマークだった丸眼鏡は以前と変わらずで、親しみやすい笑顔を浮かべていた。しかし、以前ボブだった髪型は、きれいに後ろでひとつにまとめられていた。手には杖を持ち、魔法士団の苔色のローブを纏っている。以前のようなおどおどした感じがなく、その堂々とした佇まいは、まるで別人のように見えた。そのため随分と雰囲気が変わったように見えるが、浮かべる笑顔はあの頃と変わっていなかった。


「お久しぶりですわね」


クラリッサがにこやかに挨拶を交わす。マーヤは他所の席から椅子を移動させ、彼女達のテーブルの空いている席に腰を下ろした。


「クレアちゃん達、いつこっちに帰ってきたの?」


そう問いながら、マーヤは「いるとは思わなかったからビックリしたよ」と、朗らかな笑顔を浮かべた。その表情には、予期せぬ再会への純粋な喜びが溢れていた。


「二週間ほど前ですわ」


クラリッサが答えると、ディアナはパスタを食べる手を休めることなく、もぐもぐと口を動かしながら問いかけた。


「もぐもぐ……マーヤは雰囲気変わった?」


ディアナの問いに、マーヤは小首を傾げた。


「そう?」


彼女自身には、自分が変わったという自覚はないようだ。しかし、その立ち居振る舞いや纏う雰囲気は、以前とは格段に成長していることを物語っていた。以前は人前で話すことさえ躊躇いがちだったマーヤが、今や魔法士団の一員として、自信に満ちた表情を見せている。その変貌ぶりに、ディアナだけでなく、他の三人も驚きを隠せずにいた。


「マーヤは魔法兵団に入ってから随分変わったと思うわ」


モニカがしみじみと呟いた。隣で聞いていたクラリッサもも深く頷く。


「わたくし、マーヤさんが魔法兵団に入るなんて思いませんでしたもの。だって、あんなに人前に出るのも苦手そうにしていましたもの」


「意外よね?」


「そうね、自分でも一番向いてないと思ってたわ。でもね、わたしはこれでも、自分を変えようと頑張ってるんだよ。まだまだ皆みたいにうまくやれないんだけどね」


そう言って彼女ははにかんだ。以前のマーヤからは考えられないほど、その表情には柔らかな光が宿っていた。

大人しくて引っ込み思案だった彼女は、魔法学校でもモニカくらいしか友達がいなかった。しかしひょんなことからディアナらと知り合った。

最初は彼女達の眩しさに気後れしていたマーヤも、授業や最終試験で奮闘する彼女らの姿を見ているうちに自分も変わりたいと思うようになった。

だからこそ、自分を変えるためにあえて魔法兵団に入団したのだという。

実際、マーヤは兵団の中では身体強化魔法が使える希少な団員として、重宝されているのだ。


「わたくしは、貴女を尊敬いたしますわ」


クラリッサが、大真面目な表情でマーヤに面と向かって告げた。その真剣な眼差しに、マーヤは逆に恐縮してしまった。


「そんな、クレアちゃん、大げさだよ」


両手を突き出して、慌てた様子でパタパタと振っていた。


「クレアの言う通り。あたしには無理」


「そうね。自分が向いていないと思うことにあえて挑戦するなんて、ちゃんと自分をわかっていないとできないもの。マーヤちゃんがそれを選んだ時点でもう凄いことなのよ」


「ディアナちゃんも、アルマちゃんも、もうやめてあげて。マーヤが恥ずかしさで失神しちゃいそうよ」


モニカが慌てて割って入る。

思いがけず皆からの高評価に、マーヤは耳まで真っ赤に染めて小さくなっていた。モニカが止めなければ、羞恥に悶えて本当に失神していたかもしれない。


「それで、忙しいって聞いたけど、もしかしてあの事件に関わってるの?」


アルマが言う「あの事件」とは、亜人の子供の誘拐が頻発している事件のことだ。

一般のお客さんがいる食堂で話すことではないため言葉を濁したのだが、他の三人にもしっかりと伝わったようで、全員の視線がマーヤに向いていた。


「そうね。ちょっとそれで兵団と協力して、ヴィンデルシュタット中を捜査してたのよ」


やはり彼女が最近忙しくしていたのは、誘拐事件が原因のようだ。

なかなか進展せず時間だけが過ぎていく事件に、さすがに領政府も手をこまねいていたわけではない。現在は兵団と魔法兵団から併せて数百人規模の人材を投入し、ヴィンデルシュタットとその周辺を重点的に捜査している。


「兵団まで投入して進展がないの?」


「ヴィンデルシュタットといっても広いですもの。どうしたって見落としは出ますわ」


「それ、クレアちゃんが言っちゃっていいの?」


領主の娘であるクラリッサから飛び出したまさかの言葉に、驚いたアルマが思わず口を開いた。


「もちろんわたくしも領主の娘として早期解決を願っていますわ。だけど犯人の肩を持つわけではないですけれど、どの犯罪者も捕まりたくない訳でしょう。だったら捕まらないように色々考えて動くのではないかしら。

まだ捕まっていないということは、今はまだ犯人が我々の想定を越えているということに違いありませんわ」


「そうだね。確かにヴィンデルシュタットは広くて、まだ捜査の及んでないところもあるけど、これだけ探しても目撃情報さえ出てきてないなら、犯人の拠点は別の場所にあると考えた方がいいかもね」


クラリッサの持論だったが、マーヤは納得したように頷いた。実際に捜査をしてみて、手がかりがないことに焦っていたのだという。彼女は最後に「兵団に進言してみる」と言って笑顔を見せるのだった。


こうして、ディアナにとって初めての帰省は、クラリッサやイリーネの着せ替え人形となる合間に、旧友との再会や探索士としての仕事をこなして終わったのだった。

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― 新着の感想 ―
下手したらディアナの故郷の村みたいなところ占拠してたりしないよね……
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