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驚きを通り越して、もはや引くレベル

魔法生物学では小人族やドワーフ、獣人など亜人と呼ばれ、人と意思の疎通が比較的容易な種族や、ゴブリンやオーガなど知能があって簡単な意思疎通はできるが、様々な要因で人とは相容れることのない魔物についても学んでいく。

人間が営みを送っている生活圏は意外にも狭い。

その中でもこのアルブレヒト王国がもっとも版図が広く、その周りにいくつかの小国が取り巻いているだけだ。その周辺には亜人が中心となっている国や、人類未到の魔物の領域が広がっていた。

人類の生活圏は、現在のように魔法が発達してからは、魔物との生活圏が明確に分かれていた。もちろん人類が貴重な素材を求めて、魔物の領域に出かけることもあれば、反対に魔物が出現し大騒ぎになることもあるが、その頻度は低く絶妙な均衡を保っていた。

そのため学生達にとって比較的身近な亜人ならともかく、魔物となればおとぎ話や物語の中でしか登場しないファンタジーの存在に近く、実感の伴わないものだった。そのような中、今日の魔法生物学の授業は、まだ比較的身近な存在である魔獣について学んでいた。


「……このように、魔獣化とは、魔力が飽和状態になった小型から中型の動物が、暴走することを言います。魔獣化すると凶暴になるだけではなく、体表が赤黒く変色し、身体も一回り以上膨れあがります。

しかも身体的な特徴は変わりません。ネズミはイヌぐらいの大きさとなりますが、それでも元のように素早く動きます。つまり、イヌのような巨大なネズミが、小さいときのように素早く走り迫ってくるのです。もちろんパワーも質量も魔獣化する前の比ではありません」


学生達は、迫力のあるその講師の説明に、目を丸くしていた。

魔法生物学のイジドーラの授業だ。

彼女はボサボサの白髪交じりの髪を伸ばした、年配の女性講師だ。

小人族のため、ディアナと並んで立っていても、頭の先は彼女の肩くらいまでしかなった。そのため教壇には、彼女専用の台が特別に設置されていた。手振りを交えて学生に語りかけているが、身体が小さいためか動きがどことなくユーモラスな講師だ。


「身体が大きくなるだけではありません。攻撃衝動の塊になると言われているくらい凶暴性が増します。その凶暴さは普段は捕食される側の動物が、逆に捕食者を食い殺すほどです。

そのため、魔獣化した動物を発見した場合は、被害を最小限にするためにも、素早く討伐することが推奨されているのです」


イジドーラがそう言って拳を振り上げて説明するが、ほとんどの学生が魔獣を見たことがないため、それほど深刻に捉えた様子はなく、彼女のユーモラスな仕草を見て笑っている者も多かった。

イジドーラもそれをわかっているのか、特に気にした素振りもなく、淡々と授業を進めていく。


「今日は、実際の魔獣を剥製にしたものを用意しました。実物を目の当たりにすれば、どれほどの脅威かがわかるでしょう。

それではお願いします」


彼女が声をかけると教壇側の扉が開き、次々と剥製が運び込まれ始めると、学生達は魔獣の異様な姿に一斉に息を飲んでいた。

運び込まれた剥製の種類は意外にも多い。ネズミやリスなどの小型の小動物から、イヌやネコなど比較的身近な動物、そして馬とそれほど変わらない大きさとなったシカやイノシシの剥製まであった。


「……これが、……魔獣」


学生の一人が呆然と呟いた。

知っている動物の大きさよりも、身体が一回り以上大きく、毛並みが赤黒く変色している。シカの魔獣には、草食動物にはあり得ない大きな牙が伸びているし、イノシシの牙も長く大きく伸びて硬質な光を反射していた。

剥製とはいえ実際の姿を目にすることで、ようやく彼らにも魔獣の脅威が実感できたのだろう。それまでのどこか弛緩していた空気が、ピリリと締まった。


「ユンカーでは討伐訓練をおこないましたけど、他の学校ではしないのでしょうか?」


「皆の反応を見る限り、どうやら行ってないようですね」


クラリッサの疑問に、ブルーノも首をかしげる。

ユンカー魔法学校で必ず行っていた討伐訓練だったが、元々辺境伯領は自然豊かな土地で、街の周辺に動物も多く生息していた。そのためアルブレヒトブルクとは比べものにならないくらい、魔獣災害の発生件数は多かった。辺境伯軍では確率的に他の地域よりも魔獣討伐に参加する可能性が高いため、早い内から実戦経験を積ませる必要があった。そのため魔獣討伐訓練は、ユンカー魔法学校独自のカリキュラムだったのである。


「この中で魔獣と遭遇、または討伐した経験のある方はいるかしら?」


イジドーラの質問に、教室内がざわついた。

もはやおなじみとなりつつある、ヴィンデルシュタット出身の三名が手を上げていたからだ。


「やはりあなた達ですか」


イジドーラが学生達の心情を代弁するように、うんざりしたような声を上げた。


「それではクラリッサから、これまでに遭遇や討伐した魔獣を教えて貰えるかしら?」


「はい、先生。わたくしは討伐訓練でネズミ、遭遇して討伐したのはイタチとサギ。あとは遠目で確認しただけですけれど、オオカミですわね」


想像していたよりも種類が多かったからだろう。数え上げていくごとにざわめきが大きくなり、最後にサギとオオカミは魔獣災害と認定されたことも付け加えると大騒ぎとなった。


「魔獣災害だって!?」


「それって国軍が出るレベルじゃねぇか!?」


「そんなのを討伐するなんて、ユンカーの学生はどうなってんだ!?」


「っていうか、討伐訓練ってなんだ?」


ディアナの変態ぶりに慣れてきていた学生達も、クラリッサの異常な討伐歴には唖然となった。そして自然と、次のブルーノへの期待値が上がってしまう。


「俺はネズミとオオカミだ。オオカミのときはマジで死にかけた」


クラリッサよりも少ないがオオカミを討伐したという事実、そして大けがを負ったことを説明すると、彼女と変わらぬほどの驚きの声が上がった。

そしてディアナの番。周りからの期待値はマックスとなっていた。


「あたしはネズミ、イタチ、サギ、オオカミ。幼い頃に見ただけならリスとシカも。イタチとサギはクレアと、オオカミはブルーノと一緒に討伐した」


ディアナが指を折りながら、ひとつずつ数え上げていく。

予想はしていたが、その斜め上を行くディアナの討伐歴にざわめきが止まらない。


「マジか!?」


「辺境伯領ってヤバいとこなのか!?」


失礼な言葉が混じり、クラリッサが「むっ」と頬を膨らませるが、確かに討伐訓練を行ったり、それ以外の魔獣に遭遇した数を考えれば反論はできない。しかも、そのほとんどをディアナ達が討伐したという事実に、学生達は顔を引きつらせていた。

それはイジドーラも同じだったようだ。


「まさかの討伐数に先生はビックリです。えっとディアナさん、まるでベテランの探索士のような討伐履歴ですけれど、あなた本当に十二歳ですか?」


彼女は、半信半疑といった顔を浮かべてディアナに確認する。

その言葉に、ディアナが答えるよりも早く、なぜかクラリッサが嬉しそうに口を開いた。


「ディアナさんは本当に十二歳ですわ。

わたくしとディアナさんは、こう見えて探索士なのです。わたくしは四等級、そしてディアナさんは、史上最年少の二等級探索士なのです!

それにわたくしとブルーノが討伐した魔獣ですが、どちらもディアナさんがいなければ討伐できずに甚大な被害になっていたかも知れませんわ!」


クラリッサがディアナのことを自慢げに語った。

実際にディアナが中心となって討伐したのは事実だったが、改めて皆に示されると恥ずかしくなる。ディアナはいたたまれなさそうに、赤い顔を浮かべてクラリッサの背中に隠れるようにしていた。


「二等級探索士だって!?」


「マジかよ!?」


「嘘だろっ?」


最高ランクの特等級や一等級となれば、探索士に登録していなくても知っているくらい一般人の知名度が上がる。そのため高ランクの探索士になることは一種のステイタスであり、王宮に招かれたり、貴族に召し抱えられたりする者もいる。もちろんそこまで至る者はごく僅かであり、非常に狭き門となっていた。

十二歳にしてそのランクの一歩手前という二等級探索士になったディアナに、学生達は一種憧れのような眼差しを送っていた。


「ディアナさん」


「ん」


ディアナはクラリッサに促され、首にかけていた認識票を取り外すと、彼女に手渡す。受け取ったクラリッサは「これが証拠ですわ!」と高く掲げて見せた。

キラリと銀色の鈍い光を放つ認識票には、確かにディアナの名前と二等級という文字が刻まれている。


「すげぇ……」


「本物なんて初めて見た!」


近くで見て興奮したように声を上げる者や、人垣の後ろからよく見ようと首を必死で伸ばす者など、二人の周りはあっという間に人だかりとなった。


「ちょ、ちょっと見せてください」


イジドーラはクラリッサから半ば奪うようにして受け取ると、様々な角度から認識票を眺め回し、左の手の平に載せて右手をその上に翳すように被せると、いきなり呪文を唱えた。


真実の姿を示せ(ヴァールハイト)!」


呆気に取られたクラリッサとディアナが見つめる中、イジドーラの手の中に黒い光が溢れた。

しかし黒い光は、認識票に弾かれるようにして、次の瞬間には何事もなかったかのように消えていた。


「た、確かにこの認識票は本物のようですね。ディアナは本当に二等級探索士です」


驚いた様子でイジドーラが、クラリッサに認識票を返す。

イジドーラのお墨付きに学生達が興奮する中、クラリッサが彼女を睨む。


「先生、暴露の魔法を使って人の持ち物を勝手に鑑定するなんて失礼でしてよ!」


憤慨したクラリッサが、頬を膨らませて抗議する。

イジドーラが使った魔法は、月属性の偽装や擬態を解除する魔法だった。探索中の罠やトラップを見破ったり、鑑定士には必須となる魔法である。

この魔法を使ったということは、ディアナの認識票を偽物だと疑っていたことになり、クラリッサが憤慨したのも無理はなかった。

しかしイジドーラは、まったく悪びれた様子も見せずに反論する。


「あらこれは失礼しました。でも先生としては、本物かどうかを確認することは必要です。万が一、あなた達が偽物を掴まされているとも限らないでしょう?」


「そのお考えには同意いたします。

それでも他人の持ち物に許可なく、勝手に暴露の魔法を使うことは正しいとは思いません。わたくし達を侮辱したことは、キチンと謝罪してくださいませ!」


クラリッサは頑として一歩も引かずにイジドーラに抗議をおこなった。

最初は自分の非を認めなかったイジドーラだったが、クラリッサからの執拗な抗議に、最後には謝罪をおこなう羽目になったのである。

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