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魔力循環で無双する

いよいよ通常の授業が始まった。

さすがに各地で推薦を勝ち取った者や厳しい入試を経て、アルケミアのローブを纏うことになった学生達のレベルは高い。

魔力測定でいきなり注目を浴びたディアナだったが、気を抜けば授業からあっという間において行かれそうになり、毎晩遅くまでクラリッサに付き合ってもらって復習に明け暮れていた。


「この呪文は魔法のエネルギーを集中させる呪文ですわ。

錬金術では必須となりますから、呪文を唱えてるときの魔力の流れを覚えておくといいですわよ」


クラリッサは、ディアナにわかりやすく説明していく。

するとその内に寮内で、クラリッサの教え方がわかりやすいと評判になり、一年生で授業の進行に遅れ気味の学生が、次々とクラリッサに教えを請うようになった。そしてアインホルン寮では、クラリッサ塾が盛況となり、いつの間にか夕食後から消灯の時間まで、学年関係なく多くの学生が知識を共有するために利用するようになっていた。

そんな状況の中、始まった魔力循環や新しく導入された身体強化魔法の授業では、ディアナのみならず、クラリッサも注目を浴びることになった。

ほとんどの学生が、アルケミアに来て初めて取り組むことになるのが魔力循環だ。

一年生の合同でおこなわれる授業では、其処彼処(そこかしこ)で悲鳴が起こっていた。

補助の講師から魔力を流し込まれるとすぐに嘔吐してしまう者、何とか耐えきったものの真っ青な顔を浮かべている者など、会場となった屋外の訓練場には阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

そんな中で、単身での魔力循環をマスターしている二人は、体内の魔力を自在に制御して見せ、早々に合格を言い渡されて周りを驚愕させた。


「さすがですね。お二人とも一発合格とは」


「ブルーノも随分と上達しましたね。ほとんど合格ではないですか」


饐えた匂いの漂う中、若干疲れた表情のブルーノと、ほとんど負担を感じてなさそうなクラリッサが、笑顔を浮かべていた。

その傍では眉間にしわを刻んだディアナが、ハンカチで口元を押さえている。

一瞬で合格を勝ち取ったディアナ達と違い、ブルーノはまだ一人で魔力循環は難しそうだ。しかし周りの惨状を見れば、彼も上位の成績であることには変わりなかった。


「お二人に負けないように、これでも必死で練習してきたんです。

それよりディアナ、大丈夫か?」


魔力循環で合格していたディアナだったが、周りで嘔吐する者が続出している状況で、先ほどから若干青い顔を浮かべている。


「ディアナさんは今日、魔力酔いが激しいみたいですわ」


「よりによってこんな日に?」


アレクシスに呼び出された後から、ディアナは魔力圧縮の練習を始めていた。しかし簡単にできるものではなく、まだ上手い方法が見つかっていなかった。そのため魔力酔いの症状は続いていて、その症状がひどいときにたまたま魔力循環の授業と重なってしまったのだ。


「とりあえず合格はいただいたんだし、この場から離れた方がいいんじゃないか?」


「そうですわね。ディアナさん大丈夫? 歩けます?」


ディアナはクラリッサに付き添われて、訓練場から離れていく。

ブルーノは周りを見渡すが、多くの学生が嘔吐している状況だ。風向きによってブルーノでさえ、嘔吐(えず)きそうな臭いが漂ってくるのだ。気分が悪いディアナには酷な環境には違いない。

屋外だからいいが、これが屋内の教室だったら、もっと悲惨な状況となっていただろう。あるいはこういう事態を見越して屋外でおこなっているのかも知れない。


「ブルーノ、ディアナとクラリッサはどこですか?」


魔力循環の担当講師であるヘレーネが、練習を続けていたブルーノに声をかける。

ヘレーネは三十台半ばの女性講師で、緑色の長髪をアップにまとめている。

全体的にスラッとして整った顔立ちをしているが、ジトッとした目つきがもったいない印象を与える講師だ。


「ディアナは気分が悪いため、訓練場の外で休んでます。クラリッサ様は彼女に付き添われています」


「そう、気分が悪いなら仕方ないわね」


「どうかしましたか?」


理由によっては呼びに行かねばならないと思い、ブルーノが問いかける。


「気分が悪いならいいわ。ディアナとクラリッサの二人、随分と魔力循環に慣れているようだったから、いつからやっているのか聞いてみたかっただけなの。ブルーノは同じユンカー出身だったからもしかして知ってたりするかしら?」


当人がいない中で喋るのはどうかと、一瞬躊躇したブルーノだったが、これくらいならユンカーでも有名だったし大丈夫だろうと感じ教えることにした。


「わたしが知っている限りでよければ話しますが、詳しくは彼女らから聞いてください。

確か、クラリッサ様は二年くらい前からディアナ嬢に教えを請う形で始めたはずです。そしてディアナ嬢ですが……」


ブルーノは一旦言葉を切って、ヘレーネの様子を窺う。

彼女は興味津々といった様子で、普段は眠そうな目を大きく見開き、褐色の瞳を輝かせながら、彼の次の言葉を待っていた。


「三歳の頃から日課として毎日おこなっているそうです」


「えっ!?」


理解が追いつかなかったかのように、ヘレーネが惚けた顔で固まった。

当然の反応だろう。

魔力循環は身体への負担が大きいため、各地の魔法学校でも未成年の学生に教えることはない。

魔法士としてより高みを目指す者にとっては、必須といえる技術だったが、習得以前に断念してしまう者が後を絶たないのだ。

アルケミアでも必須科目となっているが、毎年習得をあきらめる学生が非常に多く、そのため必須科目でありながら、成績には反映されない特殊な科目となっている。


「ちょっと待て、今凄い言葉が聞こえてきたぞ。誰が三歳から魔力循環をしているって!?」


ブルーノは後悔したがもう遅かった。

周りの学生にもヘレーネとの会話が聞こえていたようだ。

妙に注目を集めてしまった中で、ディアナが三歳から魔力循環をおこなっていることが、水面を走る波紋のように静かに広まっていく。


「こんなのを三歳からって、嘘だろ!?」


「マジか!?」


周りの反応は、概ねブルーノの予想通りだ。

初めて聞かされたときも、ブルーノもすぐには信じることができなかったのだ。

彼もクラリッサと前後するタイミングで魔力循環を始めたが、どうしても気持ち悪さが勝ってしまい、いまだにひとりで成功させたことはなかった。

それをディアナは三歳から、クラリッサもすぐにマスターしてずっと続けているというのは、彼自身いまだに信じることができないのだ。


「……らしい」


「はい?」


惚けたままのヘレーネが、何かを呟いていた。

思わず聞き返したブルーノの手を取ったヘレーネは、感激したように叫んだ。その表情に普段の、若干やる気のなさそうな雰囲気はなかった。


「二人とも素晴らしいです!

わたしが睨んだとおり、魔力循環は早く始めた方が魔力量の伸びにつながるのですわ!」


興奮したヘレーネは、戸惑うブルーノに構わず、手を握りしめたまましゃべり続けている。


「やはり魔力循環は、幼い頃から始めた方がより効果が高いのです。

きっとクラリッサが『七』判定だったのも、ディアナが『規格外』となったのも、早くから魔力循環を続けているからだわ!

早く始めた方が身体への負担も少ないかも知れないわね。

わたしの子供達で、魔力循環の低年齢の検証をおこなわなきゃ。

子供達も魔力が伸びることで、きっと喜ぶわね!」


「せ、先生?」


珍しく饒舌なヘレーネの姿に、周りの学生達からの視線が突き刺さっていた。

戸惑ったブルーノの声に我に返ったヘレーネは、顔を真っ赤にしながら掴んでいた手を離し、誤魔化すように咳払いをひとつする。

そして取り繕うように、魔力循環の必要性について学生達に語った。


「こほん。

と、とにかく、合う合わないが大きいのも魔力循環です。どうしても気持ち悪さを克服できなければ、どうしようもありません。魔力循環は魔法士としての高みを目指す上で必須の技術です。魔法塔へ進みたいと思っているなら、魔力量を増やしておいて損はありません。なので、魔力循環は多少の無理をしてでも覚えておいた方がいいですよ」


魔力循環の担当講師として長年勤めていて、これほど希望に満ちあふれた日はなかった。

毎年多くの学生が挑戦するが、半数以上が習得をあきらめていくのだ。

かねてより魔力循環の低年齢化を唱えていたヘレーネだったが、やはり身体への負担が大きいことから見送られてきた経緯があった。ただし例外は毎年いるもので、魔力量が多い生徒の大半が魔力循環の経験者だという。それらに加えてディアナやクラリッサの事例は、ヘレーネの持論を補強する理由となるだろう。

彼女には幼い二人の子供がいるらしいが、今のヘレーネなら本気で魔力循環を教えようとするかも知れない。

ヘレーネの熱意は、周囲の学生たちにも伝播したようだ。

これまで嫌々訓練に臨んでいた学生達も、その表情には真剣味が宿り、訓練場の雰囲気は一変するのだった。

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