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魔力は圧縮できるんじゃよ

意を決して踏み入れた部屋の中は真っ暗だった。

灯りが点っておらず、呼び出したはずのアレクシスすらいない。

一瞬、フリーダに騙されたのかとも思ったが、彼女がわざわざそんなことをする必要を感じない。

それにディアナには、ここが何となくアレクシスの部屋だという確信があった。

動かずにしばらくジッとしてると闇に慣れ、ぼんやりと周囲の状況がわかるようになってきた。

彼女の立っている場所は、小さな実習室のような部屋のようだった。部屋はひっそりと静まり返っているが、時折どこからか聞こえるうめき声のような音が、ディアナの不安を煽った。

うめき声は、金属が擦れ合うようにも聞こえるし、動物の鳴き声のようにも聞こえる。時折、その音量は大きくなり、また小さくなる。その音が部屋の奥から聞こえるのか、壁の向こうから聞こえるのか、それとも床の下から聞こえるのか、ディアナには全く分からなかった。正体が分からないことが、ますます彼女を不安にさせた。

ディアナの心臓が早鐘のように鳴り、冷や汗が背中を伝う。


「ア、アレクシス先生?」


不安から早く逃れたくて、奥の暗闇に向かって声をかけるが、声はすぐに闇に吸い込まれてしまう。

声の反響の感じから、奥にも部屋がありそうだが、やはり人の気配はしなかった。

出直そうかとも考えたディアナだったが、中央に置かれた大きめのテーブルの上に、いろいろな道具が並べられているのが目に入った。

「何だろう?」そう思って近づいていくが、足元にも物が並べられていたことに気付かず、ディアナは何かを蹴っ飛ばしてしまった。


――ガシャン!


派手な音を上げて物が倒れ、慌てたディアナが手探りで並べ直していく。

暗くて何の道具かよくわからなかったが、どうやら破損などはなさそうだと、彼女はホッと胸をなで下ろした。


「魔法具?」


暗いため目をこらしてもよくわからないが、テーブルの上にも床にも所狭しと並べられてる物が、ただのガラクタであるとは思えなかった。

ましてやここはアレクシスの部屋だ。役に立たない物が置かれているとは思えない。

ディアナはその中のひとつに手を伸ばすが、何が起こるかもわからないため手を引っ込めた。

魔法具はヴィンデルシュタットでもほとんど見たことがなかった。それがアルケミアでは、惜しげもなく色々なところに使われていた。

魔法具ひとつで、安いものでも数カ月分の稼ぎが必要だと、クラリッサから聞いたことがある。そんな魔法具がふんだんに使われているアルケミアは、あらためて特別なんだとディアナは感じていた。

そうこうしていると、奥の部屋で急に人の気配がした。

ディアナが顔を上げると同時に、壁に設置されたランプに次々と灯が点り始めた。

そして扉が開いて、この部屋の主が姿を現した。

アレクシスは、いつもと同じように王宮魔法師の灰色のローブを身に着け、深くフードを被った姿で、ディアナを見つけると相好を崩して微笑んだ。


「ディアナ、よく来たのう。少し待たせてしまったかの?」


「いえ……」


「すまなんだの。ちょっと急な用事が入ってのう」


アレクシスはそう言いながら、ディアナを部屋の奥に招き入れる。

入口と違って奥の部屋は、キチンと整頓されたスペースになっていて、一番奥には窓を背に大きな執務机があり、その手前にソファが置かれていた。

ディアナは勧められるまま、大きなソファへ腰を下ろす。


「クッキーは好きかの?」


アレクシスはそう言って、ディアナにお茶とお菓子を勧めると、彼女の向かいに腰を下ろした。

そして早速クッキーをひとつ摘まむと、口へと放り込んだ。それを見たディアナも、ひとつ手に取って齧る。


「今日の魔力測定は痛快じゃったの。儂も其方がまさか『規格外』を出すとはのう。あれほど魔力が伸びてるとは思わなんだぞ。学院長も其方のことを褒めておったぞい」


「あの結果にはあたしも驚いてます。でもなぜあんな結果が出たのか不思議なんです!

最近魔力酔いがひどくて、……今朝も多くの魔力を放出してたのに、あんな結果が出るなんて。あたし、このままで大丈夫なのか、……心配なんです」


彼女の体感では測定時の魔力量は、普段の半分程度だったのだという。それでも「規格外」という判定が出たことで、戸惑いとともに混乱していることを素直に吐露した。

クラリッサにも告げることはなかったが、このまま魔力が増え続ければいつか魔力が制御できなくなって、魔獣のように暴走してしまうのではと恐怖を感じていたのだ。

前代未聞となる学生での「規格外」判定に、得意になるわけでもなくどこか人事のように振る舞っていたディアナは、アレクシスには素直に不安な気持ちを吐露していた。

するとアレクシスは、お茶を口に運びながら眉根を寄せた。


「ちと、説明不足だったかも知れんの」


そう言うと、首を傾げるディアナに、魔力測定装置の機能について説明を始めた。


「実はあの装置はの、魔力量を測定している訳ではないんじゃよ。

測定者の実際の魔力を測るのではなく、潜在的な魔力量を測るものなんじゃ。そのため、魔力が枯渇した状態で測ったとしても、その者が持つ最大の魔力量が測定されるんじゃ。

そういうことじゃから、其方が万全の状態だろうとも、魔力が枯渇した状態だろうとも、結果は変わらなかったはずじゃよ」


そう言って安心させるように微笑んだ。


「じゃから、其方は小さいことを気にせず、学園生活を楽しめばええのじゃよ。

それに万が一暴走するようなことがあれば、儂が其方を止める」


「……アレクシス先生」


「もっとも儂が動くより先に、其方の友人が止めると思うがの」


アレクシスは優しく微笑みながら、そう言ってディアナに片目を瞑って見せた。

友人と言われてすぐに彼女が思い描いたのは、クラリッサとアルマだ。


「……クレアが?」


「いや、その娘だけではない。其方らと一緒にいた男の子もそうじゃ。

それに望む望まないにかかわらず、其方はこれまで多くの者と関わりをもってきたはずじゃ。その全員とは言わんが、多くの出会いが今の其方を作っておる。きっとそれが魔力に飲み込まれそうになったときに、其方を守ってくれる力となるじゃろう」


「はい」


その言葉にディアナは、自信を持って頷くことができた。

これまでの出会いがなければ、彼女は前を向くことができなかったかも知れない。王宮魔法師への夢を、持ち続けることすらできなかっただろう。

そんな彼女の様子に、アレクシスは満足そうに微笑んだ。


「とはいえじゃ、毎日魔力酔いに悩まされるのは嫌じゃの。儂も昔そうじゃったから、その辛さはようわかるつもりじゃ」


「先生もそうだったの!?」


「もちろんじゃとも。儂はこう見えて、王国で一番の魔力量を誇っておったのじゃよ。もっとも今では其方に次いで二番目じゃがの。

小さい頃はこの魔力量を持て余していての、そのせいで魔法は苦手だったんじゃよ。そう言えば、其方も魔法がうまく使えなかったんじゃなかったかの?」


「はい。あたし、詠唱を覚えるまでは全然魔法を使えなかったんです。魔法の感覚を覚えてからは随分ましになりましたけど、今でも詠唱した方が魔法を制御しやすいです」


今でこそ魔法に苦手意識がなくなったディアナだったが、それでも詠唱せずに魔法を行使した場合と比べると、詠唱した方がイメージ通りの魔法になり、無詠唱の場合は総じて威力が高くなりがちとなる。

これはディアナの魔法のイメージと、実際に必要な魔力量の差が大きいためだ。彼女がこれくらいと考える魔力量では、威力が高くなりすぎてしまう。

初めてタネリに詠唱を教わった時から、彼女自身なかなか解消できない課題だった。


「効率よく魔法を使う術が詠唱呪文じゃ。もちろん無詠唱でも魔法を使うことができるが、魔法の感覚がわからないうちは難しかったろう。よく暴発させてたんじゃないかの?」


「はい。……火魔法は家の中で禁止されてました」


恥ずかしそうに俯いたディアナに、「儂は風魔法を禁止されとった」とアレクシスが告白する。


「先生も禁止されてたんですか!?」


「一度制御に失敗しての。家の中をしっちゃかめっちゃかにしてしもうたんじゃよ」


そう言うと、悪戯っ子のような顔で舌を出して笑った。


「今は平気なんですか?」


「そうじゃの。これでも儂はこの学校で先生をしておるのでな。先生が魔法が苦手など格好悪いじゃろう?」


何だかはぐらかされたような気がしないでもないディアナだったが、アレクシスも若いときには同じように悩んでいたと知れたことで、気が楽になった気がした。


「それで先生、魔力酔いの話ですけど」


「おっとそうじゃったの。其方は魔力圧縮という方法を聞いたことはあるかの?」


ディアナは小さく頷く。

魔力圧縮は、以前クラリッサから聞いたことがあった。だが、色々と試してみたものの、具体的な方法はわからずじまいで、結局そのままとなっていた。


「魔力は圧縮することができる。圧縮することで、体内の魔力量を増やすことができるんじゃ。

特に魔力の少ない者が、圧縮をおこなうことで使える魔力量を増やすことができる。それにの、これから習うことになる魔法は、多くの魔力量が必要なものも多い。そのため魔力圧縮を覚えておいて損はないんじゃ。

じゃが問題は、魔力圧縮の方法にこれという正解がないんじゃよ」


「正解がない?」


「そうじゃ。理由としては魔力のイメージが人によって違うことなんじゃよ。

例えば、儂の魔力のイメージは空気というか煙のようなものなんじゃが、其方の魔力のイメージはどういったものかの?」


「あたしの魔力は液体のような感覚です」


アレクシスの問いかけにディアナは即答した。

ヘイディに魔力循環を教わったときから、ずっと液体のようなイメージでやってきた。


「儂の魔力圧縮の方法を其方に教えたとしても、魔力のイメージが違うためうまく圧縮できないんじゃ。

仮に儂と其方が同じ魔力のイメージを持っていたとしても、そっくり同じ方法が使えるかと言われると、やってみなければ分からないとしかいいようがないんじゃよ」


魔力にはこれといったカタチがないため、魔力のイメージは人それぞれ異なると言われる。詠唱を介して発動する魔法と違って、魔力を直接操作する方法は、それぞれ個人にしか感覚が分からないのだ。そのためディアナのおこなう魔力循環と、彼女が指導したクラリッサの魔力循環では、まったく同じではないだろう。もし同じ液体をイメージしていたとしても、ディアナはより水に近いさらっとした魔力をイメージしているのに対し、クラリッサは若干粘り気のある液体をイメージしているかも知れないのだ。


「一応儂の圧縮方法を伝えることはできるが、基本的に魔力圧縮は自分で見つけねばならんのじゃよ」


そう言ってアレクシスは、自身の魔力圧縮の方法をディアナに伝える。

彼の方法とは、体内にあるクローゼットに魔力を押し込むようなイメージで圧縮しているのだという。


「む、思ったより難しい……」


早速その方法を試そうとしたディアナだったが、彼女の魔力のイメージは液体のため、クローゼットに入れてもすぐに零れ出してしまう。やはりディアナに合った方法を探さないといけないようだ。


「さもありなん。液体をクローゼットに入れたら大変なことになるからの。こればっかりは焦らずに自分のペースで探すしかないのじゃ。大切なのは自分だけのイメージを見つけることだ。そのうち其方に合った方法が見つかるじゃろう」


アレクシスは、ディアナの目をじっと見つめ、温かい眼差しを送った。

ディアナは、その言葉に勇気づけられ、再び魔力圧縮に挑戦しようと決意する。

この日からディアナの日課に、魔力圧縮が加わるのだった。

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