やはり規格外ですわ
入学式の翌日、まず全校生徒がホールに集められ、そこで魔法学校恒例の魔力量の測定がおこなわれた。
魔力測定自体は、ユンカーで毎年おこなわれていたものと同じだ。
だがユンカーでは、魔力量を三段階くらいでしか測ることができなかったが、アルケミアではより細かく、一から十までの十段階で測定される。
魔力量は一が最も小さく、数字が大きくなるにつれて魔力量が多くなる。
基本的に魔力量は、年齢を重ねるにつれて増加し、三十代でピークを迎えるとされる。
一般人や兵士の魔力量は、ほとんどは「二」、多い者で三程度に過ぎない。
魔法士や魔法士候補では増加するが、それでも各地にある魔法学校での魔力量は、平均しても「四」には届かない。だがそれでも、一般人よりははるかに多くの魔力量を持っていた。
優秀者が集められたアルケミアでの魔力量の平均値は、「五・八」くらいだという。
ちなみに、エリートぞろいの王宮魔法師になると、魔力量はぐんと上がり、平均でも「八」を越えてくるそうだ。その王宮魔法師でも「十」を示した者はほとんどおらず、現在では唯一アレクシスだけが、魔力量「十」を記録していた。
そのアレクシスも見守る中、各寮のテーブルの前方に設置された魔力測定機によって、測定がおこなわれていた。今は三年生が測定をおこなっているところだ。
「さすがに十段階で測定ができるだけに、測定機が大きいですわね」
「ユンカーのが玩具のよう」
彼女らの座る位置からは、測定機の全体像を見ることができなかったが、それでも人垣から見える測定機は、かなりの大きさがあることがわかる。
「ブルーノが執着していた、ディアナさんの魔力量がこれではっきりしますわね?」
クラリッサが、過去の出来事を持ち出し、からかうように笑った。
「その話は勘弁してください。あの時は、同世代にわたし以上の魔力量を持つ者がいるなんて思いもしなかったんです。
ディアナの出現は、自信過剰だった当時のわたしにとって、屈辱以外の何物でもなかったんです」
ブルーノはそう言うと照れくさそうに頭を掻いた。
それはユンカーの入学時、今と同じように魔力測定をおこなった際のことだ。
「多」「中」「少」の三段階の内、ブルーノのみが「多」の評価を受けていた。
だがディアナが測定すると、彼女はブルーノと同様に「多」の評価となった。
しかも彼女の測定時にはブルーノのときとは違い、測定機中央の球体が激しい光を放ったのだ。それはディアナの魔力量が、測定機では測定不能という事実を示していた。
その事実は、当時のブルーノの自尊心を傷つけるのに十分だった。その件以来ブルーノは、卒業間際までディアナのことを、目の敵のように接してきたのだ。
「いわゆる若気の至りというやつです」
そういうブルーノの表情を見るに、今はディアナに思うところはなさそうだった。
現に最終試験で彼女に命を救われてからは、普通に会話するようになっていた。でなければ同じ馬車に同乗して、ヴィンデルシュタットからアルブレヒトブルクまで、十日の旅などできなかっただろう。
ディアナは二人の会話を微笑ましく聞きながら、過去の出来事を懐かしく思い出していた。
測定機の球体が激しく光を放ったとき、会場は一時騒然となり、誰もが驚愕の表情を浮かべていた。
平然としていたディアナだったが、当時は図らずも注目を集めてしまった事実に激しく動揺していた。
そのため激高したブルーノが再測定を主張したときも、内心では「早く終われ」と祈るような気持ちだったが、特に反論することもなく黙ったまま俯いていた。
「測定結果は『七』だ!」
その声が聞こえてきたと同時に「おおっ」という歓声が上がった。
ちょうどアインホルン寮のテーブルの先で、ルーカスが歓声に応えるように嬉しそうに右手を上げていた。
どうやら去年から魔力量が伸び、アルケミアの平均を大きく超える「七」が出たようだ。
ルーカスの周りにいた学生たちは、彼の測定結果に驚きと羨望の眼差しを向けている。
ルーカス自身も、自分の成長に満足そうな笑顔を浮かべていた。
その後二年生の番となると、時折「六」の判定が出るくらいで、三年生と違ってほとんどの学生が「四」や「五」ばかりが続く。
「出た、『七』だぞっ!」
そんな中グライフ寮の二年生、ウルスラの測定で「七」の判定が出たため、グライフ寮のテーブルでざわめきが起こった。
ウルスラは水色の長髪をポニーテールにし、やや吊り上がった黄色い目が気の強そうな印象を与える女子学生だ。彼女は魔法学校からの推薦組ではなく、入学試験を経て入学してきた努力家で有名な学生らしい。勝ち気そうに顎を上げたウルスラが、学生達の歓声に手を上げて応えていた。
「当然の結果よ」
ウルスラは、 自身の能力への自信を漲らせていた。
二年生はその後、数名が「七」判定を出したものの、やはり三年生と比べるとその数は少ないようだった。
そしていよいよディアナ達一年生の番となる。
「さて、わたくしの番ですわね」
緊張と期待の入り交じったような表情で、クラリッサが測定機の前に立つ。
もともと恵まれた魔力量とはいえなかった彼女だったが、ディアナに教わった魔力循環を二年近くおこない、彼女も驚くほどの魔力量の伸びを見せていた。
「判定は、……『七』だっ!」
測定員が信じられないという表情を浮かべた。
その瞬間「おおっ」という歓声が、アインホルン寮のテーブルを中心に沸き起こった。
優秀な学生が集められたアルケミアといえど、入学したての段階で「七」の高判定を得ることはまれだ。魔力自慢の者でも「六」がほとんどで、一年生で「七」というのは記録を見てもそれほど多くはなかった。
「ふふん、当然ですわっ」
クラリッサはそう言いながらも、安堵した様子を浮かべて碧い瞳を輝かせていた。
周りの学生たちは、驚きと賞賛の眼差しをクラリッサに向けていた。
その衝撃が冷めやらない中、ブルーノが測定機の前に立った。
「凄い、……『八』が出た!」
――おおおっ!
その瞬間、歓声を通り越し、喚声に近い声が上がった。
ディアナには敵わないとはいえ、もともと豊富な魔力を持ち、優秀な魔法士を輩出した一族の中でも突出した実力を誇る彼だ。結果は望外の「八」という結果だった。
一年生の段階で「八」というのは、アルケミアでもほとんど記録にない数値だ。
周りの喧噪とは対照的に、ディアナ達は当然といった表情で出迎える。
「さすがですわね。まさか『八』が出るとは思いませんでした」
「ん、ブルーノ凄い」
「いやいや、お前に褒められても嬉しくねぇよ! ディアナなら『九』はいくだろ?」
素直に褒めるディアナに対して、ブルーノは照れたように反論する。
「確かにこうなるとディアナさんの測定が楽しみですわね。もしかすれば『十』が出るのではないかしら?」
「なぜクラリッサ様の方が、わくわくされているんですか?」
ディアナの測定を待ち遠しそうな様子のクラリッサに、ブルーノは呆れ顔を浮かべる。とはいえ、これまで数々の常識を打ち破ってきたディアナだ。ブルーノも内心では、彼女の測定結果に興味津々だった。
王宮魔法師の平均が「八・八」だ。そんな中「九」を超えるとなれば、アルケミアの長い歴史の中でも初めてのこととなる。
そんな周りの期待とは裏腹に、ディアナの表情は冴えない。
最近では常に魔力酔いの症状が出るため、毎朝の日課ではある程度魔力を放出しなければ、その症状を抑えられなくなっていたのだ。
「ちょっとディアナさん……まさか今日も」
「ん、お陰ですっきり」
「……嘘だろ」
どこかすっきりとした表情のディアナとは対照的に、クラリッサとブルーノは、信じられないといった表情を浮かべた。彼らもディアナが、毎朝魔力酔いで気分が悪そうにしていることは知っていたし、旅の間は彼女と一緒に日課に励んでいた。確かに今朝は、二人ともディアナの日課に付合わなかったが、まさか魔力測定の当日まで、魔力を消費しているとは思いもしなかったのだ。
「わたくし、ディアナさんの魔力量がどれほどになるか楽しみでしたのに」
そう言ってクラリッサは、残念そうに眉尻を下げていた。
そんな中、いよいよディアナの測定の番が来た。
測定機の台に乗り、目の前に突き出た直径三十センチメートルの黒い半球体に両手を乗せる。
――カッ!
半球体から激しい光を発せられたが、それも一瞬のこと。すぐに元の黒い球体へと戻る。結果を読み上げてくれるはずの測定員も、何故か沈黙したままだ。
「も、もう一度、……お願い、します」
慌てた様子の測定員が、再測定をディアナに告げる。
若干顔が青ざめて見えるのは気のせいだろうか?
だが、ディアナがもう一度手を翳すも、結果はまったく同じだ。
「もう一度っ!」
今度は若干興奮したように測定員が叫ぶ。
周りの講師も、なかなか出ない結果に心配そうな表情を浮かべ始める。
そんな中、唯一アレクシスだけが愉しげに頷いていた。
「何だあいつ?」
「測定できねぇじゃん」
他の寮からも注目を集めたようで、測定が終わった生徒がディアナを指差して、なにやら陰口を叩き始めていた。中にはわざと聞こえるように、彼女を馬鹿にするような声が聞こえた。
「朝の日課で魔力を放出しすぎたのでは?」
三度目の計測も同じ結果に終わり、ブルーノが心配そうに見つめていた。
しかし、測定員の顔色は興奮して真っ赤に染まっている。
「そ、測定結果……『規格外』!」
測定員が叫んだが、その言葉を理解できずにホールは静まり返った。
「規格外」とは、魔力が測定できないほど少ないとも取れるし、逆に測定できないほど多いとも取れる。
ほとんどの学生達と講師の多くは、耳慣れない「規格外」という言葉の意味を計りかねていた。
「どゆこと?」
学生の中からつぶやきが零れた。
その言葉が、このホールの総意のように、妙に響いた。
測定員は、自身に視線が集中していることに身構えるが、大きく息を吸い込むと意を決したように口を開く。
「そ、測定の結果は、計測不能!
わかりやすく表現するなら、ディアナさんは『十』を超える魔力量を持っているということです!」
――どっ!
その言葉が響いた瞬間、ホールの空気が爆発したかと思うほどの喚声が沸き起こった。
そして測定員が続けた次の言葉に、ディアナの異質さをますます際立たせた。
「この測定機ができて長い年月が経ちますが、『規格外』と判定されたのは歴史上でも数えるほどしかいません。現在では史上最強の魔法師と名高いアレクシス様のみです!」
「信じられない……」
驚愕のあまり、先ほどディアナを馬鹿にしていた学生達が、言葉を失い呆然と立ち尽くしていた。
信じられないのはディアナも同じだった。
彼女は測定結果に、戸惑いと困惑の表情を浮かべていた。彼女のイメージでは、早朝の日課で半分近くの魔力を使っていたはずなのだ。
『まさかもう魔力が回復した?』
『それとも思ってるほど魔力が消費できてない?』
『あたしのやり方が間違ってた?』
周りの賞賛や嫉妬心の入り交じった視線を浴びながら、ディアナは混乱する頭で答えの出ない堂々巡りを繰り返していた。
「ほっほっほっ」
いつの間にか、ディアナの傍にアレクシスが来ていた。
彼はいつものようにフードの奥から、ディアナに柔らかい笑顔を浮かべていた。
「以前、儂が其方に言ったことを覚えておるかの?」
「……?」
ディアナは首を傾げた。
かつて村で出会ったことは覚えていた彼女だったが、会話の内容までは覚えていなかった。素直に首を振ったディアナだったが、アレクシスは気分を害した様子もなく続ける。
「其方には領都は狭すぎると言ったんじゃよ。
じゃが、今の其方はこのアルケミアや星詠みの白塔どころか、王国でさえ狭いかもしれんの」
そう言うと、アレクシスは愉快そうに笑う。
「こ、こんな、十二、三才の女の子が出すなんて、まさに規格外だ!」
最後には真っ青になった測定員が、やけくそ気味にそう叫ぶと、処理できる能力を超えたのか、泡を吹いて倒れてしまった。
それはディアナが規格外として、学校中に広く認知された瞬間だった。




