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入学式

いよいよ入学式の日がやってきた。

昨日は気がつかなかったが、広大なホールの高い天井からは、豪華なシャンデリアがいくつも吊り下げられ、壁面には歴代の校長や著名な魔法使いたちの肖像画がずらりと並んでいた。

シャンデリアから放たれる光が、肖像画の額縁や装飾品に反射し、ホール全体を煌びやかに照らしている。

楽隊が奏でる荘厳な音楽が、会場全体に響き渡り、入学式を厳粛な雰囲気で包み込んでいた。

食事の時にあったテーブルはきれいに片付けられていて、整然と並べられた椅子に新入生たちが期待と不安が入り混じる表情で、緊張した面持ちで席に着いていた。

王立の魔法学校なだけあって、入学式には王も臨席するようだ。

もっとも王が臨席しているとはいっても、ホールの奥に設けられた玉座から睥睨しているだけで、直接学生と言葉を交わすことはない。 金糸で装飾が施された豪華なローブを身にまとった王は、玉座に深く腰掛けてまるで彫像のように微動だにしない。それでも王に拝謁を賜るというだけで、貴族のクラリッサやブルーノなどは、目を輝かせて感激している様子だった。

特にクラリッサは、珍しく緊張のあまりに、何度も深呼吸を繰り返していた。

その様子を見ているディアナも、彼女の緊張が移ったのか、妙にそわそわして落ち着かなくなってしまうのだった。


「只今より、王立魔法学院アルケミア、第四百三十八回入学式を執りおこなう」


司会役を務める講師の一人が、拡声の魔法具を使って声を張り上げると、それを合図に楽隊がファンファーレを奏ではじめた。その後、学院長が登壇した。

白髪頭で、顔には深い皺が刻まれているが、その眼光は鋭く、見る者を威圧する力があった。立派なカイゼル髭を生やし、新緑のローブを纏っていた。

かなり高齢に見えるが、しっかりした足取りで演壇へと歩を進める姿は、長年魔法学校の長を務めてきた貫禄を感じさせる。

彼は厳しい言葉で新入生に祝辞を述べはじめた。


「王ご臨席のもと、今年も六十名の新入生を迎えられたことを、大変喜ばしく思う。

諸君は、厳しき選別を勝ち抜き、この場にいる。

……しかし、この場所は新たな起点に過ぎぬ。

諸君らが選んだ道は、遙か彼方へと続く、求道の道である。

……その道の果てはいまだに、誰も見た者はいない。

ここからさらに己を高められる者のみが、挑戦者たる資格を得る。

幸いにも、諸君らの身近には、目標とすべき王宮魔法師がいる。

……そしてこの学び舎を卒業する者の中には、かの星詠の白塔に住まうことを、許された者もいる。

それにはこれから三年間で、ご臨席賜る国王陛下、並びに王宮魔法師各位に、認められなければならぬ。

そのためには純粋に魔法を極めたいと、不断の努力を続けるべし」


短く厳しい言葉が並んだ祝辞に、入学式に浮ついた様子の学生達は居住まいを正した。

中には、学院長の言葉に圧倒され、息を呑む者もいた。

しかしそこで学院長は表情を緩め、深い皺の刻まれた顔をクシャリと崩し、一転して好々爺(こうこうや)然とした柔和な表情となった。


「とまあ、厳しい言葉はこれくらいでいいじゃろう。

とりま、今日はめでたい席じゃ。頑張るのは明日からでよい」


そう言うと、お茶目に片目を瞑り、ひょうひょうとした足取りで席に戻っていった。

講師陣は慣れているのか誰も驚いた者はいなかったが、新入生達はさすがに呆気にとられてしまった。


「え? 今の学院長……?」


「さっきまでと全然違う人みたい……」


「でも、なんか安心した」


新入生達は顔を見合わせ、戸惑いながらも安堵の表情を浮かべるのだった。

その後、何かの大臣などの来賓が登壇して祝辞を述べたが、学院長によって厳かな雰囲気が木っ端微塵に砕け散った雰囲気の中、誰も話を聞いていなかった。ざわついた空気の中でも、司会役の講師は淡々と式次を進めていく。

式も終盤となって、学生達が落ち着きを取り戻した頃、三名の寮監が登壇した。


「向かって右より、グライフ寮の寮監を務めます新任のハインツ先生。

授業では新しい身体強化魔法を担当していただきます」


短髪で強面で筋肉質のハインツは、いかにも兵士上がりといった体格をしていた。まくり上げた袖から見える丸太のような太い腕には、大小さまざまな古傷が見える。学生を睨め回すような鋭い眼光は、どことなく以前ディアナと衝突したギルベルトを彷彿とさせた。


「続いて中央が、引き続きフェーニックス寮の寮監を務めるビルギット先生。ビルギット先生の担当は魔法学です」


黒いおかっぱ頭のビルギットは、小柄な年配の女性講師で、細い黒縁の丸眼鏡をかけていた。

物静かな雰囲気を漂わせているが、眼鏡の奥から光る鋭い眼光からは、強い意志を感じさせた。


「そして新しくアインホルン寮の寮監となるフリーダ先生。彼女は薬学の担当です」


フリーダは、栗毛のボブがキュートなまだ年若い講師だ。

彼女がにこやかに笑顔を浮かべると、アインホルン寮の男子学生から歓声が沸き起こり、女子学生たちは冷めた表情で彼らを見下していた。

ディアナの隣に座っていたブルーノは、特に声を上げなかったものの、男子だということでその視線に晒され、居心地が悪そうにしていた。


「それでは寮監より、各寮のローブを授与します」


紹介されたばかりの寮監が新入生ひとりひとりに、寮のシンボルカラーと同じローブを授与していく。

受け取ったローブを、ディアナはまじまじと眺めてみた。

魔法糸で織られたものだろうか。意外と艶っとした光沢のあるローブは、アインホルン寮のシンボルカラーの白に染められている。

全体的に生地には意外と厚みがあって、丈夫そうな素材だ。

白と言っても夜空に浮かぶ月のような青みがかった白で、高貴さや聡明さを感じさせる色だった。艶のある表地と違って、裏地は吸い込まれそうな漆黒の生地が使われていて、表面の艶がいっそう引き立っている。

胸元にはアインホルン寮のシンボルである一角獣の刺繍がされ、袖や裾にはアルケミアを示す深緑が縁取られていた。

首元には大きな襟が付いていて、丈が長いため走ったりすれば裾を踏んづけてしまいそう。袖もゆったりとしていて、裾が大きく広がっているデザインだ。

デザインは他の寮も変わらず、グライフ寮は青、フェーニックス寮は赤いローブで、裏地はどこも真っ黒だった。

ディアナはローブに袖を通してみた。

ローブはゆったりしているため、中に服を着込んでいても動きやすそうだ。厚みのある生地だが、着心地も柔らかく軽かった。


「これでキミ達は正式にアルケミアの生徒となった。

このローブはアルケミアの学生であることを示すものだ。アルケミアの学生としての誇りと責任を表す象徴でもある。長期休暇以外は、外出する際にも必ず着用するように。そして、アルケミアの学生として、常に品格を保ち、模範的な行動をとるように心がけること」


ローブの授与が終われば、残りは講師陣の紹介のみとなる。

真新しいローブを身につけた学生達に、講師が一人ずつ紹介されていく。

十数名の講師を一気に紹介されても、よほどのことがない限り覚えられるものではない。


「っ!?」


ディアナは欠伸を噛み殺しながら、講師の名を聞くともなく聞いていたが、最後に呼ばれた見覚えのある講師に、思わず声を上げそうになった。


「どうしましたの?」


「あの先生って……」


ディアナが指差したのは、最後に紹介された老魔法師だった。

薄い灰色のローブのフードを深く被っているため、顔はよくわからなかったが、フードから伸びる白髪と胸元まである白い顎髭は、かつて村で出会ったおじいさんに違いなかった。


「アレクシス様がどうかしたのか?」


珍しく動揺するディアナに、二人は怪訝そうな顔をする。

どうやら二人は、アレクシスを知っているようだ。


「昔、村で会った人。お母さんの先生」


ディアナがそう答えると、今度はクラリッサとブルーノが声を上げそうになる番だった。


「ディアナさん、あなたアレクシス様に会ったことあるんですの!」


「あの方は現役の王宮魔法師でもあり、いまだに最強の魔法師と呼ばれてる凄い方だぞ!」


「有名なの?」


「有名も何も、魔法師を目指す人なら全員が憧れてる方ですわ」


「そんなに凄い人なんだ」


「まさかアレクシス様を知らないのか!?」


ディアナ達の会話が聞こえたのか、彼女の周りでひそひそとささやき声が聞こえてくる。

ディアナは二人や他の学生達が、アレクシスを見て興奮気味なことが信じられなかった。


『あのおじいさんが、そんなに凄い人だったなんて……』


周りの反応から、アレクシスが凄い人だというのがなんとなくわかったが、それでも彼女にとってアレクシスは、ヘイディの先生で優しいおじいさんでしかなかった。

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