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復讐

「クレアちゃん!」


「アルマさん、どうでした?」


「やっぱりまだ来てないみたい。名簿にも名前がなかったわ」


アルマからの報告を聞き、クラリッサの顔が曇った。彼女らが心配していたのは、ディアナとモニカの二人の行方だ。道中で合流した学生達にも聞いたが、誰も二人の姿を見た者はいなかった。

そのためクラリッサは、アルマに頼んで二人を探してもらっていたのだった。


「するとまだ森に……」


「ブルーノもまだ行方がわからないって、エルマーが心配そうにしていたわ」


「学年のツートップが揃って行方不明なんて……。

二人の実力があれば脱出するだけなら問題ないはずですけれど……」


「モニカちゃんもディアナちゃんと一緒ならいいんだけど。もしかして怪我をして動けないとかじゃ……」


誰もが認める実力者である二人がいまだに森を抜けていないということは、何らかのトラブルが起こってる可能性が高い。魔獣に襲われたという可能性もあったが、それを口にするのが怖くて、二人はそのことに触れることができなかった。現在、学生や教師を合わせて十名近くが、まだ行方不明となっていた。

あの巨大な魔獣に遭遇したにしては、被害が思ったより少ないのは僥倖(ぎょうこう)だったが、行方不明になっている学生の家族が悲痛な表情を浮かべ、生還した学生たちに行方を聞いて回っているのを見るのは辛かった。


「アルマさん」


「うん」


二人は頷きあうと、救護所の広場からこっそりと離れていく。

すでにローブの下には、最低限の装備は身に付けていた。


「二人ともどこに行くのかね?」


そんな二人の背中に声が掛かる。


「お父様……」


声をかけてきたのは、ベルンハルトだった。

彼はクラリッサの前に立つと、黙って彼女のローブを開く。


「……!?」


「大概のことには目をつぶるけれど、さすがにこれは看過できないかな」


救援に行くための道具を目にしたベルンハルトは、静かな口調でそう言った。

口調は軽く笑顔も浮かんでいたが、目は笑っていなかった。


「これだけ時間があっても出てこないのです。きっとディアナさんはわたくし達の助けを必要とする状況ですわ」


「森に慣れてるわたし達なら、誰よりも早く動けます。辺境伯様、どうか行かせてください」


二人はベルンハルトに必死で訴えた。

しかし彼は静かに首を振る。


「お父様!?」


「キミ達二人が、大切な友達を助けたいという気持ちはよくわかる。

きっとわたしもキミ達と同じ立場なら同じことを考えただろう」


「でしたら行かせてくださいませ」


「だからこそ、行かせる訳にはいかないんだよ!」


「どうして……」


「それはキミ達もよくわかってるはずだよ。

いいかい、今はここにいるけれど、キミ達もディアナさん達と同じで、二日間森の中を遭難していた。そうだね?」


「はい」


「疲労は確実にキミ達にも蓄積しているはずだよ。そんな状態で捜索に向かえば、二次遭難の危険があるのはわかるよね?」


「……」


確かにクラリッサやアルマも疲労の自覚はあった。

二日間、彼女らが中心となって、三十名もの学生達を率いて無事に脱出まで導いてきた。

無理をして平気そうな顔をしているが、本来であればマーヤと一緒に病院に搬送されていてもおかしくはなかったのだ。

二人の顔色を見たベルンハルトは、もちろんそれを感じていた。

言っても聞きそうになかったため、娘の行動をそれとなく監視していたのだ。


「今、遭難している皆のために捜索隊が動いている。それに姿を現さないが、魔獣の危険だって去っていないんだ。それでもどうしても行くというのなら、わたしは大事な娘と、娘の大切な友達を拘束しなければならなくなる」


「お父様……」


「どうかわたしに、そのような命令を下させないで欲しい」


穏やかな口調ながら、ベルンハルトは決然とした意思を感じさせる表情を二人に向けた。


「……わかりました」


このまま捜索に向かおうとしても、確実に拘束されてしまうだろう。

ベルンハルトは娘に恨まれようとも、娘の安全を優先するつもりなのだ。

それがわかった二人は、頷くしかなかった。






人がほとんど立ち入ることのない森の深部。

ここには、苔むした木が立ち並ぶ原生林が広がり、ひと抱え以上はある巨木が鬱蒼と茂っていた。

深部に生える茸や苔の中には、貴重な調合の材料となるものも多いが、探索士も滅多にはここまで入ってこなかった。

その理由としては、深部まで二日から三日かけて森を踏破しなければならず、その労力と素材の売却代金を天秤にかけると、貴重な素材だとはいえそれほど美味しい依頼ではないからだ。

またこの深部には、昔からオオカミの群れのひとつが縄張りとしていることも大きな理由だ。

オオカミの群れは、一対の(つがい)を中心にした十匹程度の群れだが、ヘラジカなどの大型動物を連携して襲うなど、非常に統率された狩りをおこなう。そのため、ベテランの探索士といえども恐れて近づかなかったのだ。

そのオオカミの群れは、最近代替わりがおこっていた。

長く君臨していたリーダーは、非常に強くまた大きかったが、老いには勝てず、若い個体との争いに破れ群れを追放されていた。

その新しいリーダーを中心に、群れは眠りについていた。月の光が木漏れ日となり、ぼんやりと周囲は明るく光っている。眠っている中でも、オオカミ達は耳や鼻が動いており、常に周囲を警戒していることがわかる。


「……!?」


リーダーが何かに気づいたように顔を上げた。

群れに何かが近づいてきていた。

禍々しい匂いに混じって、ひどく懐かしい匂いがわずかに漂っていた。

すぐに群れの他の個体も鼻をひくつかせながら身体を起こす。


「グルルルル……」


本能的に敵だと察した彼らは、若い血気盛んな個体が鋭い眼光を輝かせ前に出て、全身の毛を逆立てながら闇に向かって威嚇している。

子供はリーダーの後ろで、身を寄せながら恐怖に震えていた。

暗闇にふたつの赤い光が現れ、やがて闇の中から禍々しい赤黒い毛並みに覆われた巨大なオオカミが姿を現した。以前とは変貌していたが、その匂いからかつての群れのリーダーだった老オオカミだとわかった。

新しいリーダーとの戦いに破れ、群れを追放されてからまだそれほど経ってはいない。しかしかつてのリーダーは、以前とは比べ物にならないくらいに大きく、そして禍々しさを纏っていた。

以前でも体つきは現リーダーよりも大きな個体だったが、それでも差はわずかだった。だが今は見上げるような大きさに膨れ上がり、体毛も赤黒く変貌していた。


「ヴゥゥゥゥゥ」


リーダーを中心にして、若い個体が変わり果てた老オオカミを、包囲するように取り囲む。

だが魔獣と化し、肥大化したオオカミとの体格差は大きく、大人と子供以上の差があった。

変貌してしまったかつてのリーダーは、彼らを睥睨するかのように見下ろしていた。

数の有利さがあるにもかかわらず、ギロリと睨むだけで若い個体は怯えを隠せなくなっていた。

さすがに逃げ出しこそしないものの腰が引け、耳を後ろに倒し、尾が下がってしまった。若いリーダーは、彼らを下がらせると自らが前に進み出た。


「ウォォォォォォォン」


自らを奮い立たせるように遠吠えをし、巨大な敵へと飛びかかっていく。


「ガァ!!」


首筋を狙った一撃だったが、多くの獲物を葬ってきた自慢の牙は、硬く変質した赤黒い体毛によって阻まれた。リーダーの動きに合わせて、他の個体も足などに噛みついていくが、結果はどれも同じで文字通り歯が立たなかった。

その間、巨大なオオカミはあえて抵抗せずになすがままになっていたが、彼らがどれほど必死に攻撃を加えても、ぐらつかせることすらできなかった。それでも彼らは牙が通らなくても、諦めることなく何度も挑み続けた。

ほとんど真っ黒に塗り潰されていた意識の中で、わずかに残っていた本来の彼の意識。それが今ひとつの思いに支配されようとしていた。


それは、激しい怒りだ。


相手に対するものではない。かつての自分に対する怒りだった。

「自分はこんな弱い奴らに群れを追い出されたのか」という不甲斐なさ。

その怒りが今、わずかに残っていた彼の意識を黒く蝕んでいく。

それは魔物化へと至る道を閉ざし、完全に魔獣へ堕ちてしまうことを意味していた。

意識が薄れて行くにつれ、それまで抑えることができていた攻撃衝動が、抑えきれなくなってくる。

煩わしそうに身体を震わせる。たったそれだけで、必死で牙を立てていたオオカミ達が振り落とされていく。

たまたま目の前に落下した若い個体を、気まぐれに巨大な前足で踏みつぶした。


――グシャリ


その瞬間、骨と肉が潰れた感触が、これまでに味わったことのない快感を伴って体中を駆け巡った。


「ヴオォォォォォォォォン」


魔獣は大気を震わせながら吼えた。

そこからは正しく蹂躙(じゅうりん)だった。

かつての群れの一員だったオオカミ達を、遊んでいるかのように軽々と葬っていく。

前足の爪が触れるだけで身体が引き裂かれ、強靱な顎は肉体を簡単に真っ二つに両断する。軽く尾を一振りするだけで、小枝を払うようにオオカミが吹き飛んでいった。


「ガルッ……」


次々と葬られていく仲間を、リーダーはなすすべもなく見つめるしかできなかった。

やがて彼の目の前で、彼の幼い子供が、高く空中に跳ね上げられ、パクりと丸呑みにされるのを目にしたとき、彼の心は完全に折れてしまった。

彼は魔獣に背を向けると、群れを捨てて逃げ出したのだった。

今や真っ黒な衝動のまま蹂躙を続ける魔獣は、逃げるリーダーに向かって跳躍する。


「キャン!」


魔獣の着地の衝撃だけで、リーダーは吹き飛ばされ木の根元に叩きつけられた。

その際に背骨が損傷したのか、起き上がることもできず、怯えた目で魔獣を見上げていた。

魔獣はゆっくりと近づくと、かつての息子だった若いリーダーを、バキボキと頭から噛み砕くのだった。

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