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疲労は大敵

道中はディアナが想定してた以上に順調だった。

松葉杖に不慣れだったブルーノもすぐに慣れ、歩くペースが上がったからだ。

ディアナは休憩のたびに周囲の警戒に当たっていたが、戻ってきた際には必ず木の実や芋などの食材を確保してきては、ブルーノに呆れられていた。

それでも休憩時にその芋をひとくち口にすると、あまりの旨さに「もっとないのか」と催促し、逆にディアナに呆れられるなど、道中は平穏に過ぎていった。


「待って」


三日目も午後遅くなり、辺りが薄暗くなりはじめていた頃だ。

突然ディアナが手を上げて制止した。


「どうした?」


魔獣でも出たかとブルーノは身を固くするが、どうやらそうではないようだ。


「あそこ」


ディアナが指差す方を見ると、木の幹に寄りかかるようにして魔法学校の学生が倒れていた。


「モニカ!?」


昨夜キャンプ地で別れたきりとなっていたモニカが、倒れていたのだ。

ディアナが名を呼んで駆けだす。


「モニカ、大丈夫?」


彼女の名を呼ぶが返事はない。

しかし目立った外傷はなく、肩がゆっくり上下しているのを見ると、どうやら眠っているだけと分かり、ディアナはホッと息を吐いた。


「モニカ嬢か?」


「ん、魔獣と戦ったみたい」


追いついてきたブルーノも、モニカが無事だと知り安堵したようだ。

彼女のそばには折れて真っ二つになった杖と、潰れたネズミの死骸が転がっていた。

死んで半日近く経っているのだろうか。周囲に飛び散った血は乾き、ハエが飛び回っていた。

モニカに聞かなければわからないが、おそらく魔獣を倒したものの、そのまま魔力枯渇で気を失ったのだろう。


「モニカ、起きて」


ディアナは魔獣の死骸を焼却すると、モニカの肩を揺らして起こす。


「うん? あ、ディアナちゃんおはよう」


状況がつかめてないのか、目覚めたモニカは、のんびりとそんなことを言った。

だがすぐに状況を思い出し、モニカの目にみるみる涙が溢れてくる。


「ディアナちゃん! 怖がっだよぉ……」


モニカは飛びつくと、安心したように泣きじゃくった。


「ん、よく頑張った」


ディアナは彼女の背を優しく撫でながら、落ち着くのを静かに待つのだった。

その後、ブルーノがいることを知ったモニカは赤面し、慌てて取り乱したことを謝罪した。


「モニカ、動ける?」


「ちょっとまだ無理みたい」


モニカの魔力枯渇は思った以上に深刻で、手足に力が入らないため、今日は動けそうになかった。

そのため、少し早いが今夜はここで野営することになった。


「傷を見せて」


火をおこし野営の準備をすると、ディアナはそう言って、ブルーノの傷を確認する。

一日中移動していたためか、傷の治りは思っていたより遅い。

ディアナは回復薬を含ませたガーゼを取り替えながら、少し考える仕草をする。


「もう一本いっとく?」


念のためにもう一度回復薬を飲ませようとしたが、ブルーノは頑なに拒んだ。


「モニカは回復薬飲んだ?」


「うん、さっき飲んだ。けど身体のだるさはなくならないよ」


モニカは火の傍に座っているが、姿勢を変えることすら億劫そうだった。

魔力枯渇の症状が出れば短くて三日、長くて十日以上の安静が必要になる。魔鳥退治で三人揃って入院したときには、十日ほど入院しなければならなかったくらいだ。

モニカは本来であれば動ける状態ではなく、できれば安静にしなければならない。しかし森の中で遭難中では、そうも言っていられなかった。


「ゴメンね、なにも手伝うことができなくて」


「ん、困ったときはお互いさま。モニカほど美味しくはできないけど食べて」


周囲の警戒に加えて、薪集めや夕食の準備まで、動くことができない二人に代わり、すべてディアナがてきぱきとおこなった。そのためモニカが申し訳なさそうに謝ってきたが、ディアナは気にした素振りを見せず、二人に取り分けた夕食を渡していく。

この日の夕食は、移動中に見つけた芋を煮込んだスープに干し肉。それからデザートに果物まであった。

デザートも森の中で見つけたもので、食べると甘酸っぱさが口の中一杯に広がり、わずかだが疲労を軽減してくれそうな気がした。


「そんなことないよ、美味しいよディアナちゃん」


モニカはお世辞ではなく、心からそう言って笑顔を見せた。

彼女は素材がキチンと揃っていれば、誰にも負けない料理を作る自信はあるが、あり合わせの素材や、採取した素材を使った料理は苦手だった。そもそもディアナのように、森の植物に詳しいわけではないので、同じように採取できない。そのため彼女が動けたとしても、もっと質素な料理になっていただろう。


「みんな無事かしら……」


焚き火の火を見つめながらモニカが呟いた。

遭難してから二日目の夜を迎えていた。

疲れからか三人とも口数が少なく、炎の爆ぜるパチパチという音だけが聞こえていた。

本来なら今頃は最終試験も終わり、発表された結果に一喜一憂していたに違いない。そう考えると今のこの状況は、夢なんじゃないかと思えてくる。


「クレアとアルマがいれば大丈夫」


クラリッサがいれば自然と集団の中心に立つだろうし、アルマがいれば貴族や平民関係なくうまくまとめてくれるだろう。ディアナは二人がいれば何があっても問題ないと、クラリッサとアルマへの変わらぬ信頼をみせた。


「それよりも今は自分達。たぶん森を抜けるのにあと二日、ヘタしたら三日かかる。

魔獣はどうなったかわからないけど、討伐されたと楽観するのは危険」


「そ、そうね」


「幸運にもあたしとモニカの荷物は無事だから、食料の心配はいらない。だからあなた達は脱出することだけを考えて。二人のことはあたしが守るから」


「ええっ、ダメだよディアナちゃん!

そんなこと言って一人で頑張ろうとするんでしょ!」


「まともに動けるのはあたしだけだから。二人は休んでて」


「ダメだ!」


それまで黙っていたブルーノが怒鳴るような声を上げた。

その強い口調に、ディアナもモニカも思わず彼に目を向けた。

自分でも思いがけず出た強い口調に驚いていた様子だったが、ブルーノは気を取り直して再び口を開く。


「お前は昨夜も一睡もしてないじゃないか?」


「少しディアナちゃんの顔色が悪いと思ったらそういうことだったのね。ダメだよディアナちゃん。今のわたし達じゃ役立たずだけど、火の番くらいならできるわ!」


「モニカ嬢の言うとおりだ。こんなこと言うのは癪だが、万一の場合お前だけが頼りなんだ。平気そうにしてるが昨日から張り詰めっぱなしじゃないか。お前こそ休息が必要だ。だから見張りくらいは俺たちに任せてお前は休め!」


今の二人では、魔獣に襲われたりすればひとたまりもない。それに加えて、ディアナがいなければ森を脱出することすら難しいのだ。

昨夜からディアナは、索敵に採取にと、休まず大車輪の働きをしていた。本人は決して口にしないが疲れは溜まっているに違いなかった。


「……わかった、ありがとう。正直言うとキツかった。

でも見張りはあたしもするから三交代にしよう」


ディアナは素直に疲労を認めた。

二人には気付かれていなかったが、時折集中を欠くことも増えてきていたため、内心では焦りがあったのだ。しかし皆が疲れている中、自由に動ける自分が休む訳にはいかないと、交代で見張りをおこなうことを提案した。


「相変わらず頑固ねぇ」


モニカはそう言って笑ったが、ディアナは頑として譲らなかったため、結局三交代で見張りをすることとなった。


「順番はどうする?」


「クジで決めましょうか?」


見張りの順番をクジで決めることになり、モニカが足もとの小石を拾うと素早く数字を書き入れていく。それをお椀に入れると、それぞれひとつずつ取っていった。


「あたしが一番ね」


抽選の結果、見張りの順番はモニカ、ディアナ、ブルーノの順となった。

後片付けが終わると「絶対に起こしてね」と、モニカに念押ししながらディアナが寝袋に横になった。

相当無理をしていたのだろう。横になるとすぐに寝息が聞こえてくる。


「よほど疲れてたのね。一番年下なのに、一番頑張るんだから」


モニカは隣で眠るディアナの寝顔を見ながら微笑んだ。

なりゆきとはいえ、討伐訓練の際に初めて彼女とパーティを組むことになった。まだそれほど長い付き合いではないが、それでも彼女の特異ともいえる能力を近くで見てきた。しかし、誰よりも頼りになり、周りからは天才だの規格外だのと言われているが、ディアナ自身はまだ十一歳の女の子だ。

その華奢な身体に秘めたポテンシャルは計り知れないが、年下の少女が疲労困憊でふらふらになっている中、甘えっぱなしなど年上としてプライドが許さない。


「モニカ嬢」


「わかってるわ」


それはブルーノも同じ気持ちなのだろう。モニカは軽く頷くと、彼は安心した様子を見せて頷いた。

そして毛布を頭から被って、すぐに横になるのだった。

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