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遭難者発見

ここで二日目の夜に時間を少し遡る。

ディアナは魔獣を何とか振り切り、荒い息を吐いていた。

皆から引き離すためとはいえ、彼女は森の中を北へと魔獣を誘導していた。

キャンプ地からはずいぶんと北に外れた森の中だと、ディアナは見当をつけていた。南へ逃れた皆と合流するには、おそらく少し時間が掛かるだろう。

ディアナは鞄から、回復薬を取り出して飲み干した。

魔獣から逃げ回るのに、思いの外魔力を消費し、体力も消耗していた。魔力が枯渇するような心配はまだないが体力も含めて、先のことを考えると回復できるときにしておいた方がいいだろう。


「クレア達に追いつかないと」


ディアナは万が一魔獣がキャンプ地に戻っていた場合を考慮し、南ではなくキャンプ地を東に迂回するようなルートで移動を開始した。

数時間ほど移動しただろうか、一度休もうかと考えていた頃だ。

暗闇の向こうに、チラチラと明かりが見えていた。

場所的には、ちょうどキャンプ地の東の辺りだろうか。

このような深い森の中で野営をする探索士はいないだろう。おそらく最終試験に参加している学生か関係者に違いない。もしかしたら怪我をして、動くことができなくなっているのかも知れない。

ディアナはゆっくりと明かりの方へと近づいていった。近くに小川が流れているらしく、火に近づいていくと水が流れるような音が聞こえていた。


明かりよ(ランペ)


ディアナは相手に警戒されないよう、杖に明かりを灯して近づいていく。

魔法によって辺りが明るく照らされ、周囲の様子が見えるようになった。どうやら目の前の藪の向こうに川が流れていて、火はその向こうで焚かれているようだ。


「!?」


藪をかき分け小川に出ると、向こう岸にブルーノがいた。彼は油断なく杖を構え、焚き火の傍でうずくまっている。

ディアナは脚力を強化して川を飛び越えるとブルーノの傍に立つ。


「怪我をしているの? 回復薬は?」


「魔獣にやられた。荷物はそのときに……」


見れば左足の脛に切り裂かれたような深い裂傷を負っていた。一応止血だけはしてるようだが、回復薬などが入った鞄は、傷を負った際に紛失してしまったのだという。裂傷に加えて、足首や太ももの骨が折れていて動くことができないそうだ。

よくこれだけの怪我をしながら、魔獣から逃げ切れたものだ。ディアナは内心で感心しつつ、鞄から回復薬を取り出すとブルーノに差し出した。


「飲んで」


「……いいのか?」


ブルーノはディアナの顔と回復薬を交互に見ながら、戸惑ったように声を上げた。

最終試験中は、回復薬の貸し借りは禁じられていた。

そのため各自はそれぞれ食料などと一緒に、事前に回復薬を準備しなければならないのだ。


「このままじゃ危ない」


そう言うとディアナは回復薬をブルーノに押しつけるようにして渡す。

さすがにこの怪我では、早めに処置をしないと感染症を引き起こす可能性が高い。

決まりだからと、回復薬を渡さず放っておいたら彼の命が危ないのだ。

それにこのまま処置をしなければ、血のニオイに釣られて魔獣や獣がやってくるかも知れなかった。


「んぐっ……うっ……。くはっ、なんだこれ!?」


ブルーノは受け取った回復薬をひとくち口に含むと、途端に悶絶した。

口の中に入れた瞬間、舌や喉にひりつくような感覚が広がり、まとわりつく苦みが口いっぱいに広がったのだ。それは例えるなら、世の中のえぐみ成分だけを煮詰めて濃縮したかのような、この世のものと思えないほどのえぐみだった。


「それ、あたし専用だから、味はまったく調整してない」


「お前、毎回こんなの飲んでるのか!?」


「ん、慣れれば癖になる」


「嘘だろう!?」


ディアナは何でもない事のないように言うが、とてもではないが癖になるとは思えないひどい味だった。

ブルーノはしばらくボトルを手に逡巡していた。これ以上口を付けるのは危険だと、本能が警鐘を鳴らしていたからだ。しかしディアナから「早く飲んで」と急かされると、覚悟を決めたように鼻をつまみ、無理矢理胃の中へと流し込むのだった。


「傷を見せて」


悶絶するブルーノを尻目に、ディアナは彼のブーツを脱がせる。

ブーツの中に血が溜まっていたようで、脱がせた途端にボトボトと血が零れ落ちた。

それを見たディアナは顔色を変え、鞄からナイフを取り出すとズボンを裾から膝辺りまで問答無用で切り裂いた。


水よ(ヴァッサー)


「ううっ!」


傷に水が染みて、ブルーノが苦悶の声を上げるが、洗い流されて怪我が露わになると、ディアナが思わず顔をしかめる。


「ひどい」


魔獣の爪に引っかけられたのか、膝から脛にかけて大きく切り裂かれていた。下手をすれば、左足を持って行かれていてもおかしくないような傷だ。

ディアナは回復薬をもう一本取り出すと、そのまま傷にぶっかける。


――ジュゥゥゥゥ……


「痛ってぇ、何しやがる!」


「我慢して、歩けなくなってもいいの?」


「んぐっ、じゃあもっと丁寧にしてくれ」


脅しでも何でも、歩けなくなると言われれば、さすがにブルーノも従うほかなかった。

ディアナは鞄からガーゼを取り出して傷に押し当て、その上からさらにもう一本回復薬を開けて丁寧な手つきで湿らせると、包帯を取り出してぐるぐると巻いていく。

ひととおり応急処置を手際よく終わらせたディアナは、周りから薪を拾い集めてきて、焚き火にくべて火を大きくする。

さらに彼女は、鞄から小さな鍋を取り出し、水を入れると干し肉を千切って入れて煮込んでいく。その後様子を見ながら香草や、よくわからない素材を入れて一緒に煮込む。


「おいおい、お前どれだけ荷物持ってきてるんだ?」


まるで魔法の鞄のように、次から次へといろいろな道具や素材を取り出すディアナに、ブルーノは思わず突っ込まずにはいられなくなった。

最終試験前に集合した彼らの中で、彼女達のパーティは明らかに他の学生達より大きな鞄を背負っていた。さらにディアナ達三名はローブの下、腰回りにも鞄に入りきらない道具などがぶら下げられていて、周りから失笑を買っていたのを思い出した。

順調に終われば使わない道具もあっただろうが、今回はそれがブルーノの命を救うことに繫がったのだ。


「ん? 探索士としては普通だけど?」


何でもないことのように答えた彼女は、さらにブルーノにはよくわからないペースト状の何かを入れて一煮立ちさせると火から上げ、木のスプーンと一緒にブルーノに手渡す。


「食べて。とりあえず傷はこのまま一晩様子を見る」


「す、すまない」


あまりにも自然な動作に、思わず受け取ってしまったものの、何が入ってるかわからないスープにブルーノは躊躇する。しかし、見た目は地味なスープだが、思いの外いい香りが鼻孔をくすぐってくる。

空腹だったこともあり、彼は恐る恐るスープを口に運んだ。


「!? ……旨い」


予想外の旨さに、ブルーノは目を丸くした。

空腹に染み渡るような優しい味が、口いっぱいに広がっていく。

ひとくち食べるごとに、疲労が溶けていくような気がした。

気がつけばすべて平らげていた。


「見張りはあたしがするから、あなたは休んで。傷の回復次第だけど、明日はいっぱい移動するから」


食べ終わったブルーノに、そう言って毛布を渡した。

ディアナは火を見つめたまま、マグカップに干し肉を浸しながら(かじ)っていた。

この怪我では起きていても、ブルーノは何の役にも立たないだろう。


「……わかった」


ブルーノは彼女の言葉に甘えて、横になることにした。


「……すまなかったな」


しばらく続いた沈黙を破り、ブルーノが口を開いた。

何のことを謝られてるのかわからないディアナは、小首を傾げている。


「知らなかったとはいえ、応用学年に上がってすぐにお前の家族を侮辱しただろう?

あの後クラリッサ様から、お前の事情を聞いたんだ」


ブルーノが謝ってきたのは、以前に二人が停学になったときのことだった。

知らなかったこととはいえ、彼がディアナの家族を侮辱したことがきっかけで、魔法の応酬となり教室がしばらく使えなくなったのだ。


「いい、お互いに罰を受けて終わったこと。

それにあたしもいきなり水をかけて悪かったと思ってる」


「お前、もっとツンケンした奴かと思ってたが、意外とまともなんだな」


まさかディアナから謝罪の言葉が出ると思わなかったブルーノは、思わず目を丸くしてまじまじと彼女を見つめた。


「それはお互い様。教室でいきなり嵐を起こすような奴に言われたくない」


ディアナは拗ねたようにプイと横を向く。

これまで二人は接する機会は多々あったが、まともに会話するのは今回がほぼ初めてだ。

特にブルーノの方からすれば、クラリッサがなぜディアナと仲良くしているのかずっと不思議に思っていたのだ。

彼はディアナは、彼女に付けた渾名(あだな)のように、もっと感情に乏しいつまんない奴だと思っていた。だが身体の小ささに誤魔化されそうになるが、傷の処置や、手慣れた料理の仕方からは、探索士として相当場数を踏んでいるようだ。


「お前、意外といい奴なんだな」


「だから意外は余計。早く寝て、明日は早いから」


「今日は助かったよ。ありがとう」


急速に睡魔が襲ってきていたブルーノは、そう言うと毛布を被り横を向いた。

すぐに眠りに落ちたブルーノから寝息が聞こえ始める。


「あんたこそ、意外と律儀なんだ」


ボソリと呟いたディアナの言葉は、周りの闇に吸い込まれて彼の耳には届かなかった。






翌朝ブルーノが目覚めるのを待って、ディアナが傷の具合を確認をする。

包帯とガーゼを剥がして傷口を確認すると、ザックリと裂けていた傷口は、肉が盛り上がり再生をはじめていた。それを見たディアナはホッとしたように頷いた。


「これなら歩けなくなることはなさそう」


「そんなにやばかったのか!?」


ボソリと呟いたディアナの言葉に、ブルーノが目を見開いた。


「傷の一部は骨まで届いてた。最悪切るしかなかった」


「切るって……足をか!?」


足を切断する可能性があったことを聞かされて、思わず後ずさっていた。

彼が思っていた以上に、傷は深かったようだ。

そんな彼にディアナは冷静に告げる。


「折れた骨もひっついてるけど、今日はまだ左足は動かさない方がいい」


「そうは言うが今日は移動するんだろ? 固定してたら動けないじゃないか」


こんな所で救助を待っていても、いつになるかわからない。それに今日は朝から移動すると言ったのは、ディアナ自身だ。ブルーノが動けるかどうかわからないのは、始めからわかっていたはずだ。


「ん、だからこれ」


ディアナはそう言うと、一組の松葉杖を手渡した。

松葉杖は左右の形が揃っておらず、見るからに不格好なものだ。


「作ったのか?」


「見張りの間に作ってみた。おかしな所があれば調整するからちょっと試して」


そう言われ早速ブルーノが試しに歩いてみた。

形は不格好だが作りはしっかりしていて、体重をかけても安定感があった。


「少しこっちの方が長く感じる。ほんの少しだが」


左右を入れ替えたりしながらしばらく試していたブルーノは、最後に両方を並べて立て、違和感のある片方を指した。比べてみても差はほとんどないように見える。素材の太さや厚さや重さの違いで、そう感じてしまうのかも知れない。

受け取ったディアナは、最初石突部分を少し削ろうとしたが、しばらく考えると、脇当てに巻いていた布を巻き直すだけに留めた。


「うん、違和感はなくなった。これならいけそうだ」


確認したブルーノは、そう言って笑顔を浮かべた。

同時に意外にも何でもそつなくこなすディアナに感心した。


「何でもできるんだな?」


「そんなことはない。探索士として森に入っていれば嫌でも覚える」


ディアナはナイフの使いかたや包帯の巻き方などは、探索士には必須のスキルなのだと説明した。


「まさかクラリッサ様も同じようにできるのか!?」


「もちろん。あたしよりできる」


辺境伯令嬢として箱入りで育ってきたクラリッサが、ディアナ以上に器用に木を切ったり削ったりする姿が、ブルーノにはどうしても想像できなかった。

ちなみにディアナやアルマは必要に応じて覚えたのに対し、幼い頃から探索士への憧れがあった彼女は、嬉々として覚えていったのは言うまでもない。

その後、簡単に朝食を摂った二人は、装備を整えて出発する。

装備と言っても、荷物を紛失しているブルーノは松葉杖姿のみだ。荷物はすべてディアナが背負っていた。


「背負うくらいならできるぞ」


ブルーノがそう言っても彼女は頑として首を縦に振らず、自分の杖とブルーノの杖を両手に持ち「ゆっくりでいいから」と言って、ブルーノの歩く速さに合わせるように進み始めるのだった。

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