表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/115

最終試験三日目

最終試験三日目の朝を迎えた。

恐怖に怯えながら眠れぬ夜を過ごした者も、真っ暗闇の中を夜通し歩き続けた者も、木々の間から差し込む日差しに等しくホッと息を吐いていた。

眠れぬ夜を過ごした者の一人が、モニカだった。

彼女はたった一人で森に逃れた後、木の上で丸くなりながら夜を明かした。何度も眠ろうとしたが目が冴えて眠ることができず、明け方になって疲れからわずかばかり眠ることができた。

モニカは残った水筒の水を使って顔を洗うと、抱きかかえていた鞄から非常食に持ってきていた干し肉と焼きしめたパンを取り出した。

試験前にレオニーから準備しておくよう散々言われていたことではあったが、最初はそれほど真剣に準備していなかった。

だが、ディアナやアルマ達は真面目な顔で、レオニーに言われた日数以上の非常食を準備していた。またクラリッサからも「なにが起こるかわかりませんもの。準備するのは当然ですわ」と、当たり前に準備している姿を見て、マーヤと二人で慌てて準備したものだった。

まさかこのような形で役に立つとは思わず、モニカは苦笑を浮かべた。

カチカチの干し肉を、千切って口に放り込むと、最初は味もなく固い木の皮を噛んでいるような感覚だ。しばらく噛んでいると、唾液に溶けた旨味が溶け出してくる。その旨味が口の中にいっぱいに広がっていくにつれて、億劫だった身体にも力が入るようになってきた。

時間をかけて干し肉二切れとパンを半分食べると、少し迷いながらも節約するために残りを鞄に戻した。


水よ(ヴァッサー)


次に先ほど空になった水筒を取り出して水を補充すると、すぐに口を付けた。

それほど自覚はなかったが、身体は水分を欲していたらしく、気がつけば一気に水を飲み干していた。


――ふぅ


モニカは大きく息を吐いた。

疲れはあるが、お腹がふくれたことで、もう少し頑張れそうな気がしてきた。

空になった水筒にもう一度水を入れて鞄にしまうと、周囲の安全を確認してから木から飛び降りた。


「よし」


コンパスで方角を確認してひとつ気合いを入れると、身体強化魔法で脚力を強化する。


「早く誰か見つけて、合流しないと」


そう言うと身体強化魔法を使って、森の中を風のように駆け抜けていくのだった。

やはり森の中に一人きりでは、心細かったかのだ。

だがこの行動が、彼女を窮地に陥らせることになるとは、このときの彼女は思いも寄らなかった。






一方でアルマとマーヤの二人も、夜明けと共に動き始めていた。


「すっかり寝ちゃったわね」


「ごめんなさい。わたしが起きてなくちゃいけなかったのに」


「起きられなかったわたしも悪かったわ。それに何もなかったんだからいいじゃない、お互い様よ。お陰でずいぶん疲れが取れた気がするわ」


恐縮するマーヤに対し、アルマがそう言ってあっけらかんと笑う。

二人は交代で火の番をすることにしていたが、マーヤが当番のときにそのまま寝てしまい、気付けば朝だったのだ。

起きたときには火もすっかり消えてしまっていたが、運がよかったのか荷物も含めて二人とも無事だった。お陰で昨日まで感じていた疲れも少しはましになっている。

この調子なら、今日は少し距離を稼ぐことができそうだ。

二人は足早に森を進んでいた。

二日目の開始当初は、魔獣の影に怯えて足取りが重かったマーヤも、今はアルマに遅れることなくついて行けるようになっていた。


「ねぇ、何か聞こえない?」


しばらく行くとマーヤがそう言って耳をすませた。

アルマも立ち止まり辺りを見渡しながら耳をすませる。


「聞こえるわね。何かしら?」


距離が離れているためはっきりとは聞こえなかったが、ヒステリックな叫び声がわずかに聞き取れた。

アルマはディアナに倣って、聴力を強化してみた。

途端に耳を押さえ、げんなりとした顔を浮かべてマーヤを振り返り、明らかに嫌そうな顔で呟いた。


「あぁこれアルノルトだ……」


「アルノルトって、……二組の?」


そう言うとマーヤもげんなりとした表情を浮かべた。

クラスが違うため接点も特になかったが、それでも二人はアルノルトのことは知っていた。

彼は男爵家の御曹司で、特に選民思想が強い人物として有名だったからだ。彼は同じ貴族同士だと、おかしなところもなく普通に接していたが、これが平民相手となると豹変し、威張り散らしたり馬鹿にするなど、権力を笠に着るところがあった。

おそらく今回も、平民相手に偉そうに怒鳴り散らしているに違いなかった。


「どうしようか?」


そう言って迷いを見せた二人だったが、アルノルトが怒鳴っているということは、相手は彼女らと同じ平民のはず。

しばらく葛藤を見せた二人だったが、結局はアルノルトの相手を助けるため、仕方なく合流することにするのだった。


「早くしろと言ってるだろう!」


背の低い小太りの少年が、甲高い声で喚いていた。

この場にはこの少年の他に四人。男性が二人に女性が二人、すべて二組の学生達だった。

彼らはこの最終試験でパーティを組んでいたが、アルノルトが独断で集めたメンバーで、彼に従順な者を選んで作ったパーティだった。


「俺たちだって疲れてるんですよ。アルノルト様は朝まで寝ていたじゃありませんか!」


「口答えするな。俺が疲れたと言ってるんだ! お前らは俺の言うことを聞いていればいいんだ!」


先ほどからアルノルトと彼のパーティメンバーは、まったく会話が噛み合っていなかった。

女子学生の二人は、寄り添いながら目に涙を浮かべている。

アルノルトの要求は単純だ。「疲れたから負ぶっていけ」というものだった。

三日目とはいえ、まだ午前中である。

しかも昨夜は、高いびきをかいて寝ていたアルノルトの代わりに、交代で見張りをしていたのは、彼以外の四人だった。

アルノルトはひとり見張りもせず、朝まで眠りについていたのだ。

普段はアルノルトに従順に従う彼らも、疲れもあって限度を超えた命令には異を唱えた。

結局一対四では分の悪いアルノルトが渋々折れたことで、この場は収まった。

しかし間の悪いことに、ようやく動き始めた彼らを魔獣が襲った。

オオカミではなく牙のないネズミの方だったが、彼らは一瞬にしてパニックに陥り一斉に逃げ出した。


「お、おいお前、お前が倒してこい!」


アルノルトは追い抜いていこうとした男子を、そう言うと引き倒して囮にしようとした。


「きゃあ、インゴ!?」


インゴはすぐに起き上がるが、その目の前に魔獣が迫ってきていた。

アルノルト以外の三人は動きを止めたが、咄嗟なことで何もできずに呆然と見守るだけだ。


――キシャアァァァァ


魔獣が飛びかかり、インゴは咄嗟に腕を交差して身を守ろうとした。


岩の礫(シュタインヘン)!」


魔獣がインゴに飛びかかる寸前、アルマの魔法によって魔獣は胴体を貫かれ、そのまま木の幹へと吹っ飛ばされた。


「大丈夫?」


呆然とするインゴの下に、飛び出してきたマーヤが近づいて彼の様子を確認する。どうやら転んだだけで、特にケガなどはしていないようで、ホッと安堵の息を吐く。

少し遅れて、アルマも二人の傍へと駆け寄ってくる。


「ありがとうアルマ、マーヤ。助かったよ」


四人が口々に駆け寄って来て二人に感謝を示す中、アルノルトは皆から遅れて事態を把握したらしく、気付いてからも歩いて近づいてくる。

しかも、助けたのが彼らと同じ平民だと分かると、感謝するどころか居丈高になって命じる。


「さすが一組の者だな、こいつらと違って使えるじゃないか。お前達には俺の護衛を命じる。こいつらと一緒に俺を守る栄誉を……」


――パァン!


アルノルトが言い終わらないうちに、乾いた音が響き渡った。

アルマが彼の頬を張っていたのだ。

皆が唖然とする中、美しいフォロースルーを見せたまま、アルマはアルノルトをキッと睨め付けていた。

叩かれた本人は、何が起こったのか理解できず、頬を抑えながら呆然とアルマを見つめる。

やがて痛みが襲ってきたのだろう。アルノルトはまなじりを吊り上げ、癇に障る甲高い声で怒鳴った。


「お、お前、今俺をぶったのか!? 父上にもぶたれたこともないのに!

俺に手を上げたらどうなるか分かってるのか!?」


周りは内心喝采を叫んでいるが、アルノルトの言う通り、平民が貴族に手を出すのはご法度である。

はらはらと見守る中、アルマは盛大に溜息を吐くと、呆れたような声を上げた。


「いい加減にしなさいよ! あんた馬鹿なのっ!?」


「な、何を……?」


普段のおっとりしているアルマの豹変した姿にアルノルトのみならず、マーヤでさえも目を白黒させて立ち尽くしていた。


「今、この状況わかってるの!

わたし達は森の中でバラバラなの。しかもあの大きな魔獣もどこから襲ってくるか分からないのよ!

こんな状況でよく貴族だの平民だの言ってられるわね。わたし達はここから生きて帰らないといけないのよ!

そんな小さなことにこだわってたら、あんた死ぬわよ!」


「お、俺を脅すのか?」


「あんたを脅しても仕方ないわ。わたしは事実を言ってるの。こんな時のために、あんた達お貴族様がいるんでしょう?

何もせずに喚き散らすしかできないお貴族様なんてただのお荷物よ!

今頃クレアちゃんやブルーノは、頑張って皆を率いて南に向かっているはずだわ。なのにあなたは何してるの!?

こんなことしててちゃんと脱出できるの?」


「……」


アルマの正論にアルノルトは何も言えず黙り込んでしまった。

間違った方向とはいえ、アルノルトは貴族ということに誇りを持っていた。アルマの言葉はハンマーで殴られたように彼を打ちのめしたのだった。

その後、アルマらを含めて七人で移動を開始したが、アルノルトは人が変わったように大人しくなり、アルマらの指示に素直に従うようになっていた。


「クレアちゃん!」


「アルマさん、マーヤさんも。よくぞご無事で!」


アルノルトが大人しくなったことで、劇的に速度の上がった彼らは、午後遅くなって、待望のクラリッサらとの合流を果たすのだった。抱き合いながら再開の喜びを分かち合う彼女達だったが、すぐに表情が曇る。


「ディアナちゃんやモニカちゃんは?」


「こちらにはいませんわ。そちらにも?」


アルマは頷いた。

襲撃時に野営地にはモニカが近くにいなかったため、ディアナが探しに行ったのだ。

モニカ一人だと心配だが、ディアナがいればこれほど心強いことはない。ただ心配なのは、魔獣が現れたのが、モニカのいたトイレが設置されていた付近だということだ。


「きっと二人で一緒にこっちに向かっているよ」


アルマは自分を安心させるようにそう言うと、来た道を振り返る。

しかし彼女の視線の先には、木々に遮られた昏い森が広がっていて、先を見通すことができなかった。






その頃、モニカは木の上にいた。

あまり深く考えず、とりあえず皆と早く合流したくて、まだ慣れていない身体強化魔法を駆使して森の中を疾走した。

しかしそれはその間、魔力を使い続けるということだ。十分もすると魔力不足になって、身体強化魔法どころではなくなってしまった。休憩のために木の上へと登って回復薬を口にしたが、回復薬は体力は回復するが、魔力を回復させるものではない。モニカは木の上ですでに三十分以上は釘付けになっていた。


「これだと歩くのと、そんなに変わらないじゃない?」


十分ごとに魔力を回復させなければならないのなら、一時間歩いた方が距離を稼ぐことができるだろう。

一人で心細いが、こうしてジッとしているよりも、歩いた方が気も紛れそうだ。

モニカは手を一度グッと握った後、パッと開いてみた。

魔力が回復するにはまだ少し掛かりそうだったが、身体には力が入るようになっていた。これなら歩くくらいならできるだろう。


「よしっ!」


努めて元気よく気合いを入れたモニカは、木から下りると南へと歩き始めるのだった。


――キキッ


それからしばらくして、モニカはもう少し回復しておくべきだったと激しく後悔していた。

運の悪いことに、彼女はネズミの魔獣と遭遇してしまった。

モニカは木の幹を背にして、油断なく杖を構えていた。

訓練で討伐したことがあるとはいえ、あのときはディアナやマーヤがサポートしてくれていた。たった一人で立ち向かうには、まだまだ不安の方が大きかった。何より魔法を撃ててもせいぜい一回が限度、その程度の魔力しか彼女には残っていなかった。その後は魔力枯渇によって動けなくなる可能性が高い。

仕留めることができればいいが、躱されれば生きたまま魔獣の餌になってしまう。


「それだけは絶対にイヤ!」


モニカは頭を振ってその想像を振り払うと、残り少ない魔力を杖に込める。

それと同時に魔獣がジグザグに走り、モニカへと迫ってきた。


「くっ、水の散弾(ヴァッサーシュス)!」


もう避けることも難しいと判断したモニカは、威力は小さくても広い範囲を攻撃できる魔法を放った。


――キシャアァァッ!


広範囲の魔法に魔獣は避けることもできず、まともに魔法を食らった。

雨粒のような小さな水滴の一つが、魔獣の左目を潰し、右足をちぎり飛ばした。

しかし、本来は牽制などに使うような魔法で、仕留めるには圧倒的に威力が足りなかった。

だが、モニカは作戦がうまくいったことに、内心ほくそ笑んでいた。


「これで最後よ!」


モニカは杖を上段に振りかぶると、思いっきり振り下ろした。


――バキッ!


大事にしていた杖が折れてしまったが、モニカの渾身の一撃は、見事に魔獣を捉えていた。


「あっ、ダメ……木の上に行かないと……」


モニカは魔獣討伐による喜びよりも、焦ったような声を上げた。

魔力枯渇によって手足が異様に重くなり、急速に意識が薄れてきたからだ。しかし力の抜けた手足では、木を登ることもできない。

焦った気持ちと裏腹にモニカの視界は暗転していく。ついに立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。彼女は木の幹に寄りかかるようにしながら、そのまま意識を失ってしまうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ